立命館大学生命科学部の前田大光教授と羽毛田洋平講師らの研究チームは、大阪大学大学院工学研究科藤内謙光教授らの研究チーム、京都大学福井謙一記念研究センター佐藤徹教授らの研究チーム、(株)MOLFEX、高輝度光科学研究センターと共同で、りん光1発光特性を示すπ電子系2PtII錯体を新たに合成し、適切なイオンペア3との共結晶化による集合体構造の制御によって、固体状態の常温りん光強度を向上することに成功しました。 本研究成果は、2023年12月5日(現地時間)に、英国王立化学会誌「Chemical Science」に掲載されました。

【本研究のポイント】

  • アニオン応答性π電子系PtII錯体を合成し、りん光波長を長波長化
  • 固体状態の常温りん光性イオンペア集合体を形成
  • りん光性イオンペア集合体4の構造をX線結晶構造解析によって解明
  • りん光発光のメカニズムを理論計算から解明

研究成果の概要

 近年、多彩な電子・光物性を示すπ電子系を用いた固体発光性材料の開発が幅広く進んでいます。発光性π電子系は固体状態では互いに積層し、消光することが固体発光性材料創製において深刻な問題となります。研究チームはアニオン会合能を有するπ電子系PtII錯体を新たに合成し、導入したπ電子系配位子の種類に依存したりん光波長の変化を明らかにしました。π電子系PtII錯体は固体状態では積層構造を形成するため消光しますが、π電子系PtII錯体–アニオン会合体と対カチオンからなる固体状態のイオンペア集合体ではりん光強度が増大することを見出しました。固体状態ではπ電子系PtII錯体–アニオン会合体と対カチオンが交互に配列した組織構造を形成し、PtII錯体の積層が回避されることからりん光強度が増大することを、X 線構造解析および理論計算を用いた集合体の発光物性の評価から明らかにしました。本研究はイオンペア集合体を用いた固体常温りん光のはじめての例であり、π電子系を用いた発光性材料創製に応用できる方法として期待されます。本研究は科学研究費補助金および立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)5 などの支援によって実施されました。

研究の背景

 π電子系はその構造や電子状態に応じ魅力的な光物性を溶液状態で示します。しかし、固体状態において、溶液状態で見られるような光物性を発現することは容易ではなく、溶液状態とは異なる光物性を示したり、しばしば消光することが一般的に知られています(図1左下)。このため、π電子系を用いた固体発光性材料の創製において、固体状態で発光強度をいかに向上させるか、という点が課題の一つとなります。これまで、発光性π電子系へのかさ高い置換基導入によって、π電子系の積層を回避する試みがおもに行われてきましたが、組織構造を形成しにくいことから、発光物性の制御が困難となるケースがありました。すなわち、規則的なπ電子系の組織構造からなる発光性材料の形成を実現する方法の提案が望まれていました。

図1発光性π電子系(上)と固体状態における消光(左下)およびイオンペア集合化による
    発光増大(右下)の概念図 図1 発光性π電子系(上)と固体状態における消光(左下)およびイオンペア集合化による 発光増大(右下)の概念図

研究の内容

 本研究では、アニオン会合能を有するπ電子系PtII錯体1a の誘導体として1b-e(図2a)を新たに合成しました。π電子系PtII錯体は溶液状態でりん光を発現し、PtII に導入するπ電子系の種類に依存した発光波長を示すことを見出しました。PtII錯体はアニオンと会合体を形成し(図2b)、アニオン会合前後の発光強度の変化は小さいことが分かりました。一方、固体状態のPtII錯体は発光をほとんど示しませんが、これは平面状PtII錯体が互いに重なることで発光が抑制されるためであり、結晶構造解析や発光物性の理論的評価から示唆されました(図3a左)。すなわち、固体状態での積層構造を回避することができれば、溶液状態のような発光強度を示すことが考えられます(図1右下)。

図2(a)アニオン応答性Pt錯体1a-e;(b)アニオン会合における構造変化 図2(a)アニオン応答性PtII錯体1a-e;(b)アニオン会合における構造変化

PtII錯体がアニオンと会合体を形成することをふまえ、PtII錯体とかさ高いカチオンを対とするアニオンのイオンペアを共存した溶液から再沈殿によって結晶が得られ、この結晶が発光することを見出しました(図3a右上)。結晶の発光寿命測定からりん光であることが強く示唆されました。さらに、結晶のX 線構造 解析から、PtII錯体はアニオンと会合し、互いに水素結合6 による鎖状集合体を形成し、かさ高い対カチオンがアニオンの近傍に配置することで、鎖状集合体とカチオンが互いにサンドイッチ型に積み重なった構造(電荷積層型集合体7)をとることが明らかになりました(図3a右下)。すなわち、カチオンがPtII錯体に対し近接配置することでPtII錯体の積層が回避された構造をとり、溶液状態に近い発光物性を示すことが分かりました。また、発光波長はPtIIに導入したπ電子系配位子の種類に依存し、発光色は黄緑〜赤色に変化しました(図3b)。

図3(a)PtII 錯体1a(左)およびPtII 錯体イオンペア1a·Cl--TBA+(TBA+ = テトラブチルアン
    モニウム)(マゼンタ:アニオン会合体, シアン:カチオン)(右)の結晶の写真と結晶構造;
    (b)PtII 錯体イオンペア1c–e·Cl–-TBA+の結晶の写真 図3(a)PtII 錯体1a(左)およびPtII 錯体イオンペア1a·Cl-TBA+(TBA+ = テトラブチルアンモニウム)(マゼンタ:アニオン会合体, シアン:カチオン)(右)の結晶の写真と結晶構造;(b)PtII 錯体イオンペア1c–e·Cl-TBA+の結晶の写真

社会的な意義

 発光強度の増大を目的とした分子修飾では複雑な合成がしばしば必要となりますが、本研究で見出した方法では、発光性PtII錯体とアニオンおよび対カチオンの溶液を用い、簡便な再沈殿によって大量・迅速に発光性PtII錯体イオンペアを創製できます。アニオン会合体とカチオンの規則的な配列構造からなるイオンペア集合体を利用して発光挙動を変化する方法であり、π電子系からなる発光性材料の創製手法として、今後さらなる光機能性材料の展開につながることが期待されます。

論文情報

  • 論文名: Enhanced solid-state phosphorescence of organoplatinum π-systems by ion-pairing assembly
  • 著者: Yohei Haketa(立命館大学生命科学部), Kaifu Komatsu(立命館大学生命科学部), Hiroi Sei(大阪大学大学院工学研究科), Hiroki Imoba(大阪大学大学院工学研究科), Wataru Ota(株式会社MOLFEX), Tohru Sato(京都大学大学院工学研究科、京都大学福井謙一記念研究センター), Yu Murakami(立命館大学生命科学部), Hiroki Tanaka(立命館大学生命科学部), Nobuhiro Yasuda(公益財団法人高輝度光科学研究センター), Norimitsu Tohnai(大阪大学大学院工学研究科), and Hiromitsu Maeda(立命館大学生命科学部)
  • 発表雑誌: Chemical Science
  • 掲載日: 2023 年12 月5 日(現地時間)
  • DOI: DOI: 10.1039/d3sc04564a
  • 掲載URL: https://doi.org/10.1039/d3sc04564a

用語説明

  1. りん光:励起状態にある三重項状態(電子スピン量子数の合計が1 となる電子状態)からの発光。一般的に長い発光寿命を示す。
  2. π電子系:二重結合などを有する分子。分子構造によっては可視光を吸収し、色素となる。
  3. イオンペア:アニオンとカチオンの対からなる化学種。
  4. イオンペア集合体:アニオンとカチオンが規則的に配列した構造からなる機能性集合体。
  5. 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):立命館大学の中核研究組織として、2008年4月に設立された分野横断型の研究組織。
  6. 水素結合:水素原子が窒素原子やハロゲンなどの孤立電子対とつくる非共有結合性相互作用。
  7. 電荷積層型集合体:アニオンとカチオンが交互に積層配列した構造を基本とした集合化形態

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