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  • ISSUE 22:
  • 観光/ツーリズム

社会のあり方を揺るがす「ツーリズム・モビリティーズ」

「移動」の時代に変わる「観光」

遠藤 英樹文学部 教授

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人、モノ、資本、情報などあらゆるものが移動する時代にあって、「観光」のあり方も大きく変わりつつある。遠藤英樹は「ツーリズム・モビリティーズ」に注目し、モバイルな社会の中で、観光が社会や文化のあり方を揺るがす様相を捉えようとしている。

「移動」によって拡大する「観光」のあり方

現代社会は、「モバイル」で特徴づけられるといわれる。「グローバリゼーションやモバイルテクノロジーの発展は、人、モノ、資本、情報、観念、技術など、あらゆるものが絶えず『移動』し続ける世界を現出させました」と語る遠藤英樹。その中で、「観光もまた、モビリティの重要な一形態になっている」とする「ツーリズム・モビリティーズ」に注目している。

「移動」を前提とした社会は、「観光」の意味やあり方を大きく変えようとしている。「観光客」「地域住民」といった区別さえ明確ではなくなりつつあるという。「観光で沖縄を訪れたと想像してみてください。現地住民の中には、かつて観光で沖縄を訪れ、その暮らしや文化に惹かれて移住した人が少なくありません。また、まちの民謡酒場では、こうした移住者が観光客に沖縄の民謡を聴かせていることもあります」と遠藤。そこからは、「その地に長く暮らしている」ことを前提とした「地域住民」の定義や、従来の「観光客」のイメージでは捉えられない姿が見えてくる。

「『モビリティ』によって観光は、社会や文化のあり方を深部から揺るがせる社会現象になっています」と続けた遠藤。その一つとして観光とポピュラーカルチャーとの関わりに着目している。

「最近面白いと思っているのが、『センイル(誕生日)広告』です。K-POPアイドルの誕生日にファンたちがお金を出し合って、祝福や応援の広告を出す、いわゆる『推し活』の一つです」。センイル広告は、主に大都市の屋外広告看板や電光掲示板、街頭ビジョンなどに掲載される。遠藤が注目するのは、ファンたちが広告を掲載するだけでなく、それを見るために、遠く離れた掲載地にまで足を運ぶことだ。「そうした移動が、結果的に観光や観光地を創り出している。つまり『移動』によって、それまで観光とみなされていなかったものが観光に含まれ、観光の概念がどんどん拡大しているのです」と言う。

もう一つの例に「アニメ聖地巡礼」が挙げられる。アニメの舞台となった場所や劇中の音楽にゆかりのある場所をファンたちが訪れるというものだ。従来は舞台となっている地域から発信し、観光客を誘発するものが多かったが、観光客が聖地となる場所を誘発する場合もあるという。「アイドルグループのメンバーと同じ名前を持つ神社がファンの間で注目され、聖地になるという現象が起きています。ファンたちの情動が移動を生み、新たな聖地、観光地が創られるというわけです」

その他に遠藤は、観光の新たなあり方の一つとして「ダークツーリズム」についても研究している。「ダークツーリズム」とは、戦争やテロ、社会的差別、政治的弾圧、公害、事故など人為的にもたらされる「死や苦しみ」と結びついた場所を訪問する行為を指す。「元来『観光』という言葉は、その字のごとく『光』のようにすばらしいところ、ポジティブなところを見せるものだとされてきました。それに対してダークツーリズムは、その場所のネガティブな側面、『闇』を見せるものです」。その意味で、これも観光の概念を揺るがす一つと見ることができるという。

「こうした事例から、モバイルな現代社会の中で、観光がさまざまな社会現象を取り込み、文化や社会のあり方を変えると同時に、観光も、そのあり方を変えていっていることが浮き彫りになってきます」

観光地と観光客が創り出す「歓待を贈与する」ネットワーク

「観光」の定義が変わっていく中で、「今まで以上に重要になる」と遠藤が指摘するものがある。それが「歓待を贈与する」意義だ。「観光地では、地域住民が観光客をもてなすのが当たり前だと考えられています。しかし観光客が楽しければ、あるいはお金を払えば、地域の暮らしや文化を乱しても構わないというわけではありません」と言う。「地域住民が観光客をもてなすもの」だという従来の観光の意義が強調される中で、近年の「オーバーツーリズム」といった問題も生まれてきたと見る。

求められているのは、観光客の「歓待(ホスピタリティ)」の姿勢だという。「地域住民が観光客を歓待し、もてなす一方で、観光客も地域の暮らしや文化、自然に関心を向け、その地域を大切にすることが求められます。それは観光客から地域に向けた『歓待(ホスピタリティ)の贈与』だといえます」。地域の文化や自然を大切にし、それを育むことで観光産業が活性化し、地域が豊かになる。そうすれば地域住民はより厚く観光客をもてなすことができる。「こうした『歓待の贈与のネットワーク』を創出していくことが重要です」と遠藤。先に述べた「ダークツーリズム」も、地域の人々の悲しみに思いを馳せ、悼み、祈るものでもあるという点で、観光客が地域の人に寄り添う、地域社会に向ける一つのホスピタリティといえる。

見知らぬ土地に行くと、自分とは異なる文化や価値観、生き方に接することになる。つまり観光は、自分と異なる他者の存在を理解し、共に生きていく大切さを学ぶ絶好の機会なのだと遠藤は言う。「移動によって拡大していく新しい観光のあり方が、これからの共生社会を切り拓く重要な軸になるのではないかと考えています」

遠藤 英樹ENDO Hideki

文学部 教授
研究テーマ

1. ツーリズム・モビリティーズの研究
2. デジタルテクノロジーと観光の結びつきに関する研究
3. ポピュラーカルチャー研究の「観光論的転回」
4. 人文・社会科学における「観光論的転回」
5. 観光を基軸とした地域の研究

専門分野

観光社会学、現代文化論、社会学理論