地域の“自治”は、空き家の修繕から生まれる 市民と建築家、学生らが紡ぐ“つくり続けるコミュニティ”の実態
立命館大学産業社会学部の富永京子准教授は、飛騨高山のサマースクール「高山建築学校」におけ る共同生活の調査を通じ、空き家を修理・改修する過程で生まれる住民の自律性(自治)の実態を明らかにしました。本研究成果は2025年11月20日に、学術雑誌“Space and Culture”に掲載されました。
本件のポイント
- 日本では数少ない空き家を活用したコミュニティにおいて「自治」概念を分析する研究。ミーティングやコミュニケーションによる意思決定ではなく、建築や空き家の復旧といった「空間を形成する」過程から、市民の自治の取り組みを分析する点にオリジナリティがある。
- 大規模な改修だけではなく、キッチン機能を分散させる、空間の仕切りを布で行うといった微細な改修でも、コミュニティの共同性や人々の自治への参加意識へと影響することを明らかにした。
- 近年、日本で見られる、まちづくり・まちおこしにおける「空き家活用」を通じた市民コミュニティの形成にも流用可能な知見を示している。
研究の内容
世界各地で、空き家を活用した市民のコミュニティに関する研究が進められています。これらは地域のコミュニティ形成や活性化に寄与するのみならず、地域に生きる人々の社会関係や共同性を高める場として注目されていますが、この中でも特に興味深いのが、空き家を「修理・改修」するというプロセスです。人々は空き家やコミュニティ「修理」を通じて、自分たちに合った住まいやコミュニティを調整し、「自治」を実践していると考えることもできるでしょう。本研究では、飛騨高山で開催されたサマースクール「高山建築学校」において、建築家・学生・市民が古民家で共同生活を送りながらものづくりを行うようすを参与観察し、空間形成をめぐる自治の実態を分析しました。
研究の成果
これまで国際的に空き家を活用したコミュニティの研究は数多く行われてきましたが、空き家の「修理」や「復旧」に関するプロセスが人々の社会的関係に与える影響については十分に明らかにされていませんでした。本研究では、飛騨高山で開催されたサマースクール「高山建築学校」を調査し、住まいとなる古民家が参加者のニーズに応じてさまざまに修理・活用される様子を分析しました。参加者たちは、ニーズに応じ家具や建築の修理を繰り返し試みながら、心理的安全性を確保し、多様な人々が安心して暮らせる空間づくりを模索していました。この結果、地域コミュニティの自治は、関わる人々による継続的な空間形成のプロセスを通じて、継続的に作り変えられていることが明らかになりました。
社会的な意義
本研究は、空き家を活用したまちづくり・まちおこし、また日本社会において明確に減退している「自治」概念を考えなおすための重要な示唆を提供するものです。町内会や自治会、あるいは PTA など、大きな負担や知識を要すると考えられがちな「自治」が、実は日常の小さな営みやそれを通じた他者との助け合いから生まれることを明らかにしました。この知見により、「自治」を特別なものではなく、身近な行動から捉え直すことが期待されます。
研究者のコメント
「まちづくり」や「地域おこし」といった言葉が盛んに聞かれますが、そう聞くと、身構えてしまうのが多くの日本に住む人々の実情ではないでしょうか。例えば地域の人と関係を作り、空き家や施設を改築し維持し、人々が集まる場を作るということは誰にでもできるわけではないように見えます。
しかし、実際には「空間をつくる」「コミュニティを作る」ということはそれほど難しいことではありません。事実、調査対象となった「高山建築学校」では、布のカーテンをかける、そこら辺にある箱を台にしてキッチンっぽく使う、という工夫が行われていました。こうした小さな工夫は、建築に関する専門知識がなくても誰にでもできることです。
誰もが空間やコミュニティの使い方に関する意思決定に関われるということは自己有効感を高め、自治への参加意識を育むことにつながります。本研究は、「誰もが参加できる自治」として、小さなレベルの「つくる」「なおす」過程が、誰もが参加できる自治の基盤であることを示しました。
この示唆は、社会運動研究者としての私にとって極めて大きかったと考えています。「自治」は知識も技能も資源も必要だと感じるでしょう。人を集めるにはリーダーシップが必要で、行政に陳情するには知識や交渉力が必要で、何より時間もかかります。だからこそ、町内会や自治会、PTA といった自治に基づく集団は「負担が重い」という理由から忌避されるのです。
しかし、この論文を書き終えた現在、市民としての私は、本来の自治はそれほどむずかしく、大変なものでないのではないか、とも考えています。自転車やベビーカーが通りやすいように家の前の落ち葉を掃く、公共のトイレに生理用ナプキンを置いておく、ゴミ捨て場に日本語がわからない人向けに外国語でも注意書きを書いておくといった、そうした「小さな」営為からすでに私たちの自治は始まっているのです。
論文情報
- 論文名:“Evolving Autonomy Through Repair: Trial-and-Error Spatial Practices in a Japanese Squatted Space”
- 著者:Kyoko Tominaga
- 発表雑誌:Space and Culture
- 掲載日:2025年11月20日(木)
- URL:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/12063312251386610



