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  • ISSUE 20:
  • 再生

空き家を再利用した「小商い」に見る持続的な社会運動

個人の日常生活と深く関わる社会運動

富永 京子産業社会学部 准教授

    sdgs11|

規模やインパクトの大きさが重視される従来の社会運動とは一線を画すものとして、空き家や空き店舗を再利用し、商売を営みながら地域の人たちと関わるという社会運動の新たなかたちが登場している。富永京子はそうした社会運動の当事者の言葉をていねいに聞き取り、都市や人間のライフコースを見据えた持続的な社会運動について研究している。

個人の「日常」に浸透している社会運動を浮き彫りに

まちの中で使われていない空き家や空き店舗を再利用して商売を営みながら地域の人たちと関わり、持続的なコミュニティを形成していく。都市の若い自営業者たちのそうした活動に、社会運動研究から光を当てようとする研究者がいる。

富永京子は、2008年に開催された「北海道洞爺湖G8サミット」に対する抗議活動に参加した人々を対象に調査し、社会運動研究に「日常」や「ライフスタイル」という視点を提示することで、社会運動研究に大きなインパクトを与えたことで知られる。

当時、サミット開催地の洞爺湖周辺にはおよそ5,000人が集まり、キャンプをしながらデモやシンポジウムなどさまざまな抗議活動を展開していた。富永は多くの参加者たちに膨大なインタビュー調査を実施。その中で浮き彫りにしたのが、集団で行われる組織的な社会運動よりもむしろ個人の「日常」の中に浸透している社会運動だった。「キャンプでは、障がい者や子どもに配慮したルールがつくられたり、女性や性的マイノリティのプライバシーを尊重する空間が確保されたり、ヴィーガンやハラール料理が提供されるなど、多様性を尊重するさまざまな取り組みがなされていました。また環境への配慮から『マイボトル』や『マイ箸』を持参する人たちも少なくありませんでした。つまりデモや抗議活動だけでなく、彼らにとっては日々の暮らしそのものが社会運動だったといえます」と富永は説明する。

若者たちが社会運動に参加する動機や目的は多様に細分化(サブ化)され、社会運動がいわばサブカルチャーになっているという富永の指摘は斬新で、大きな反響を呼んだ。「個人の日常生活やライフスタイルが社会運動に深く関わっているという視点を得られたことは、私にとっても大きな収穫でした」

小規模な運動が全国にあればいい
新たな社会運動のかたちを捉える

現在院生らと取り組む研究では、「暮らしの中にある社会運動」に加えて、対象者の社会的・政治的理念が空間やコミュニティの形成にどのように反映されているのかに注目する。

研究対象として選んだのは、京都市、東京都、兵庫県などのコミュニティだ。こうしたエリアに空き家を活用したカフェや自然食料品店、書店、ゲストハウスといった店舗が集積している。これらの店舗で参与観察と聞き取り調査といった質的研究を行うという。

富永にとって新たな試みは、国際比較を通じ、これらの取り組みをグローバルに位置づけて捉えようとするところにある。「1970年代以降のヨーロッパを中心に『スクウォッティング』という活動が見られるようになります。空き家を合法的に再利用し、行政や地域住民と連携してコミュニティ・センターや貧困層向けの住宅を運営したり、炊き出しや語学教室を実施するなどの社会貢献活動が行われました」。日本でスクウォッティングは認められていないものの、2000年代以降、東京の高円寺などで社会運動経験をもつ人びとが空き家や空き店舗にリノベーションを施し、ゲストハウスやリサイクルショップ、カフェを運営したり、住居として活用する事例が見られるようになったという。「理念を同じくする若い世代が集まって『小商い』で経済的に自立しつつ、地域で『子ども食堂』の運営を担ったり、交流拠点となったり、地域貢献を果たしながらコミュニティを形成しています」

とりわけこれらの取り組みが小規模である点が「おもしろい」と富永は言う。「彼らからよく聞くのが『大きくしない。内輪に留める。ただこの試みが全国各地に少しずつ広がればいい』という言葉です。従来の社会運動やその研究においては、規模や政治的・社会的なインパクトの大きさに価値が置かれる傾向がありました。今回調査する若い自営業者たちが、それとは異なる考え・価値観を持っているところが興味深いと感じています」

当然、持続的に経営していくためには、理念に沿って活動することが難しい局面もあるだろう。「インタビューを通して、同業者や地域住民、行政との関係、現在の業務に自身の社会的・政治的理念がどのような形で反映されているか、彼らの行動一つひとつの意味づけをていねいに聞き取るつもりです。それを通じて、都市や人間のライフコースを見据えた持続的な労働の場や、社会的に重要な場としてあり続けるための方策を探索したいと考えています」

本研究プロジェクトの推進にあたって富永は、トヨタ財団、大林財団をはじめ複数の民間の競争的資金を獲得している。資金調達を通じて、多様なステークホルダーの考えに触れることが重要だと考えているからだ。「日本はヨーロッパに比べて社会運動に非寛容で、参加率も著しく低いといわれています。しかし今回多くの民間助成を得たことで、社会運動の意義や多面性が理解されているのだとも思えてきました」富永らの研究成果が産業界、ひいては社会にどのような示唆を与えてくれるか、大きな期待の表れでもある。

富永 京子TOMINAGA Kyoko

産業社会学部 准教授
研究テーマ

グローバル・サミットと国際市民活動の循環的相互影響:WTO閣僚会議とG8を事例に、政治に対する冷笑と無関心の戦後史- 若者文化におけるメディア・コミュニ ケーションの視点から、社会運動をめぐる「離脱/燃え尽き」の問題 ―私生活における政治的・非政治的領域の葛藤を中心に、組織間ネットワーク構築機会としてのサミット・プロテスト ―NGOの産業構造分析

専門分野

社会学