立命館大学生命科学部の前田大光教授と同大学大学院生命科学研究科博士課程後期課程の丸山優斗らの研究チームは、物質・材料研究機構、理化学研究所と共同で、親水性基の導入位置を精密に調節したπ電子系※1イオンペア※2を合成しました。その結果、水共存下で規則配列構造からなる2次元シート構造を形成し、親水性基をもたないπ側面部の疎水効果※3を利用した配列制御が可能であることを解明しました。研究論文は、国際学術誌“Small”(Wiley-VCH)に、2025年11月25日(現地時間)付で掲載されました。

本件のポイント

研究成果の概要

 π電子系は、溶媒など外部環境応じて多様な集合体を形成し、半導体特性や強誘電性などの機能性材料開発において重要な役割を担います。今回、研究チームは両親媒性π電子系を用い、無溶媒条件で電荷積層型カラムの異方的集合化を実現しました。さらに、水共存下ではリオトロピック液晶材料を創製し、濃度や温度に応じて2次元シート構造の集合化形態を制御できることを確認しました。加えて、磁場による巨視的な配向制御にも成功しました。特筆すべきは、両親媒性iπ-iπ相互作用と側方疎水効果が相乗的にはたらくことで、電荷積層型カラムが異方的に配列した単層シート構造を直接観察できた点です。この成果は、周辺置換基の導入形態を制御し、側方疎水効果を誘起することで、多方向配列制御された集合体の創製や機能性材料の開発につながることを示しています。

研究の背景

 親水性基を側鎖に導入した両親媒性π電子系は、水溶液中でπ–π相互作用および疎水効果によって自己集合し、さらに特定の相互作用部位を有する場合には多様な形状の超分子集合体を形成します(図1a)。さらに、π電子系に電荷を有する荷電π電子系は、その間にはたらくiπ-iπ相互作用を利用した規則配列が可能です(図1b)。最近、研究チームは両親媒性π電子系イオンペアが水共存下で両親媒性iπ-iπ相互作用によって自己集合し、電荷積層型リオトロピック液晶を形成することに成功しました。この過程で、荷電π電子系の電荷は水和に使われず、疎水効果を利用して効果的に積層に寄与することを解明しました。しかし、親水性基によってカラムが空間的に隔てられるため、電荷積層型カラムの異方的な配列制御はこれまで困難でした。

図1 図1(a)両親媒性π電子系の自己集合化;(b)荷電π電子系の集合化形態

研究の内容

 研究チームは、水共存下で電荷積層型カラムの近接配列を達成するため、親水性基であるトリエチレングリコール(TEG)鎖の導入位置を調節したポルフィリンAuIII錯体(π電子系カチオン)を合成しました(図2)。さらに、親水性基を部分的に欠落させることで、側方疎水効果を利用した配列制御の可能性を追求しました。

図2 図2(a)両親媒性π電子系イオンペア;(b)親水性基の導入形態による集合化制御

 π電子系アニオンとのイオンペアがサーモトロピック液晶※12を形成することを、偏光顕微鏡観察※9および示差走査熱量測定※10、放射光X線回折測定※11により確認しました。この結果、両親媒性iπ-iπ相互作用を駆動力として形成された電荷積層型カラムが、側方疎水効果によって2次元シート状に配列することを明らかにしました。さらに、水の添加量の増加にともない側鎖の水和によりシート構造間の秩序性が低下し、リオトロピック液晶の発現が示唆されました(図3)。この過程でも電荷積層型配置とカラムの近接配置は維持されており、親水性基の導入形態を制御することで、多方向配列制御されたイオンペア集合体を構築できることが明らかとなりました。また、幅広い濃度において、親水性側鎖の脱水が進み、高秩序な組織構造が形成されることを確認しました。さらに、親水性側鎖長の調整によって柱状/シート状集合体の作り分けが可能であり、両親媒性荷電π電子系において親水性/疎水性部の相対比が側方疎水効果に寄与することも見出しました。
 加えて、両親媒性π電子系イオンペアの希釈メタノール溶液を磁場印加中で乾固させることで、シート構造の巨視的配向の制御に成功しました(図4a)。さらに、希釈水溶液を乾燥して作成した試料の走査透過電子顕微鏡で観察※13し、リオトロピック液晶の構成要素である単層シート構造を直接確認しました(図4b)。これらの結果から、両親媒性iπ-iπ相互作用および側方疎水効果が、イオンペア集合化における異方的組織化に効果的であることが示されました。

図3 図3 水和による集合化形態の制御

図4 図4(a)磁場によるイオンペア集合体の配向制御;(b)走査透過電子顕微鏡により観察された単層シート構造

社会的な意義

 本研究では、両親媒性荷電π電子系の周辺置換基の導入形態を制御することによって、両親媒性iπ-iπ相互作用に加え、側方疎水効果を誘起し、電荷積層型に規則配列した2次元シート構造の構築が可能であるという重要な分子設計指針を提示しました。この成果は、荷電π電子系の多方向制御された配列構造に由来する電子機能性の発現を促し、周辺修飾や対アニオン選択の自由度を生かした環境調和型機能性材料の創製へとつながることが期待されます。

論文情報

  • 論文名:Multidirectionally Controlled Arrangement via Ion-Pairing Assembly of Amphiphilic Charged π-Electronic Systems
  • 著者:Yuto Maruyama, Biplab Manna, Koji Harano, Hayato Kanai, Yasuhiro Ishida,Hiromitsu Maeda
  • 発表雑誌:Small
  • 掲載日:2025年11月25日(火)(現地時間)
  • DOI:10.1002/smll.202511729
  • URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smll.202511729

用語説明

  • ※1 π電子系
    二重結合などを有する分子。光の吸収や電子の授受など構造に応じて多様な性質を示す。
  • ※2 イオンペア
    カチオンとアニオンの電荷を互いに補償した形でペアを形成すること。ここではカチオンとアニオンの組み合わせを意味する。
  • ※3 疎水効果
    水溶液中で、疎水性部分が水と接触するのを避けるために、分子集合体を形成しようとする効果。
  • ※4 両親媒性
    1つの分子が親水性(親水的な部分)と疎水性(疎水的な部分)の2つの異なる性質をもつ特性のこと。
  • ※5 両親媒性iπ-iπ相互作用
    荷電π電子系間において、主として分散力と静電力が寄与するiπ-iπ相互作用と疎水効果が相乗的にはたらく相互作用。
  • ※6 側方疎水効果
    π電子系の側面における疎水効果。
  • ※7 リオトロピック液晶
    溶媒共存下で形成される多成分系液晶。
  • ※8 電荷積層型
    π電子系イオンペアにおいて静電引力により異種電荷種が交互に並んだ配置をとっている集合体の積層形態。
  • ※9 偏光顕微鏡観察
    物質に直接偏光を入射した際の偏光状態の変化を明暗や色彩として観察し、分子の配向を評価する手法。
  • ※10 示差走査熱量測定
    温度変化にともなう物質の吸熱・発熱を検知し、相転移現象を評価する測定。
  • ※11 X線回折測定
    結晶や液晶などの組織構造中の分子配列をX 線が回折するパターンから解析する測定。
  • ※12 サーモトロピック液晶
    物質が温度変化で形成する液晶。
  • ※13 走査透過電子顕微鏡観察
    電子線を試料に透過させ、その内部構造を高い分解能で観察する手法。細い電子プローブを走査して測定するため、原子スケールの空間分解能が得られる。

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