【挑戦の向こう側】「総合立同戦」30年ぶり復活の立役者~体育会本部委員長・笠井深智さん(法学部4回生)~
立命館大学と同志社大学が、体育会の各クラブによる直接対決をポイントで競う総合定期戦「総合立同戦」。前回の開催は1995年だったが、2025年、30年ぶりに学生たちの手で復活した。体育会本部委員長として、歴史ある総合立同戦再開の企画の旗振り役を務めたのが笠井さんだ。この大仕事を成し遂げた笠井さんに、激動の1年間を振り返り、自身を突き動かした原動力について語ってもらった。
125周年、体育会本部としてできること
笠井さんが委員長を務める体育会本部は、約60ある体育会所属団体を統括する組織。各部に配分される予算の監査を行うほか、練習施設への要望など、部活動から寄せられるさまざまな声を集約し、大学と連携して改善していく。特に学生部スポーツ強化オフィスと協力しながら、各団体がより活動しやすい環境を整えることが重要な役割だ。
空手道部(新生)で活動する笠井さんが体育会本部に所属したのは、先輩からローテーションで順番がまわってきたことがきっかけだという。2回生までは先輩に言われたことをこなすだけだった笠井さんに転機が訪れたのは3回生のこと。運営側として深く関わる中で委員長をはじめ次の代の役割を考えるようになり、少しずつ自覚が芽生えてきた中、「立命館創始155年・学園創立125周年」という大きな節目を迎えたことだ。
「125周年という記念すべき機会に『体育会として何ができるのか』を前任の委員長と話し合ったときに “総合立同戦ができたらいいね”というアイデアが生まれました。代が変わってから委員長という役目とその構想を引き継ぎ、“このまま誰も動かなければ実現しない。自分がやらなければ体育会のためにならない”と強く感じ、動き出す決意をしました」。
駆け抜けた怒涛の1年間
総合立同戦の企画から実行までは、想像以上に長く複雑な道のりだった。委員長に就任した2025年の2〜3月は、実際に動き出すにはギリギリのタイミングであったため、まずは開催が決まった段階で「開会式」「閉会式」を行うことと、2025年1月1日〜12月31日を対象期間とすることを明確に定めた。そのため、各クラブの試合日程を対象期間内に落とし込む作業が最大の難関となった。公式戦の有無や、関関同立戦の結果を反映させる団体など、競技ごとに事情が異なるため、各部の主務や役員、同志社大学側とも連携して調整を重ねる必要があり、最初の30団体ほどのスケジュールを固めるだけで約3カ月もの時間を費やした。
また同時並行で、試合結果を確認できるウェブサイトの新規制作にも着手。本来は夏前の公開を目指していたが、夏休み明けにずれ込んだ。また、UNIVAS(一般社団法人大学スポーツ協会)と協力したPR活動も進め、硬式野球の秋季立同戦前の9月末〜10月頭は特に多忙を極めた。
さらに、大学側とOB・OG組織「立命館スポーツフェロー」の協力も欠かせなかったが、初回の企画書は「甘い」と指摘され、跳ね返されたこともあった。それでも式の実施日を決めていた以上、準備を止めるわけにはいかず、息つく暇もなかった1年だったという。
「体育会のため」という一心で
笠井さんはこの1年間の心境をこう振り返る。「自分を突き動かしていたのは『結局、自分がやらなければならない役割を背負う運命にある』と感じてきたことでした。望む・望まないにかかわらず責任が自分に回ってくるなら、全力でやるしかありません。これまでずっと、その感覚で行動してきました。自分でもその理由ははっきりしないものの、根底には“体育会のためになるから”という思いがありました。体育会には本気で頑張っている人がたくさんいる。その存在や努力を、もっと多くの人に知ってほしい。応援されるには、選手の競技や活動を身近に感じてもらうことが重要だと強く感じてきたからです。知ってもらい、応援してもらうことが、選手にとってどれだけ力になるか。その思いが、自分が動かなければという気持ちにつながり続けていました」。
また、「125周年という大きな節目で大学の名前を背負って進める以上、適当なことはできない。多くの方々が協力してくれているからこそ中途半端にはできない」という強い責任感もあったという。学生・職員・地域の方々に「立命館大学体育会」をしっかり見てもらえる機会を逃す手はない。その気持ちが大きな原動力になったのだと話す。
磨かれた「やり遂げる力」
そんな体育会を盛り上げたいという強い思いから、笠井さんは総合立同戦の企画のほかにも、新しい取り組みを行った。まずは、注目される大きな大会前に開く「壮行会」を、大学側ではなく学生が主体の体育会本部として初めて実施。また、Instagramで「各部訪問」ストーリーズを投稿し、さまざまな部活動を紹介する企画も立ち上げた。どちらも、体育会に関わっていない学生や大学内の人たちに体育会の魅力をどう伝え、応援してもらうかという点も意識してのことだった。外へ向けた発信と、内部のつながりづくりの両面を強化してきた1年だったという。
笠井さんはこう話す。「完璧にできたとは思っておらず『今ならもっと良い方法があった』と感じる点も多くあります。それでも、多くの壁を乗り越えながら形にしてきた経験は、大きな財産になっています」。
特に、委員長としての活動を通して、先回りしてスケジュールを読んだり、リスクを考えたりして動くことができるようになったところが成長した部分だという。また、空手道部(新生)で培った“努力を継続する力”が総合立同戦の長期的で大変な準備をやり切ることにもつながったと実感しているそうだ。
「責任感の強さはもちろん、努力し続けることがますます自分の強みとなりました」と笑顔を見せる笠井さんは、2026年の2月の体育会歓送会をもって、その役目を後輩に譲り渡す。「後輩たちには立同戦を通じて多くの人に立命館大学体育会を応援してもらえる仕組みをさらに発展させてほしいと考えています。立同戦は大学スポーツの魅力を広く知ってもらう絶好の機会。だからこそ、自分たちから積極的に発信し、見てもらえる工夫や良い体験を提供していく。その枠組みを、後輩たちにもしっかり引き継ぎたいです」。笠井さんが基盤を作り上げた総合立同戦。きっと次回も多くの人々に感動と勇気を与えるに違いない。



