ポイント

  • 極狭な通路の突破:細菌が、約1マイクロメートル四⽅という、細菌1匹がぎりぎり通れるような極めて狭い通路をドリル運動により効率的に⾃⼒で通過できることを発⾒。
  • ドリル運動:細菌は⾃らの「べん⽑」を細胞表⾯に巻き付けて、トンネル掘削機のように回転させる独特の泳ぎ⽅(ドリル運動)で狭い空間を推進し、⽅向性のある移動を実現。
  • 微⼩流体デバイスの構築:宿主昆⾍(ホソヘリカメムシ)の腸内にある狭い共⽣器官通路を模倣し、約1マイクロメートル四⽅のチャンネルを持つ微⼩流体デバイスを開発。このデバイス内で共⽣細菌の狭⼩空間での運動を再現し、⾼速蛍光顕微鏡で可視化。
  • ドリル運動の検証とモデル化:実験と並⾏して物理モデルによる数値シミュレーションを⾏い、ドリル運動が狭い空間で推進⼒を⾼める物理的理由を解明。また、遺伝⼦操作によってべん⽑の根元にある「フック」の柔軟性を変化させ、この柔軟性がドリル運動と感染能⼒に不可⽋であることを証明。

図1 図:細菌がドリル運動で狭⼩空間を突破するイラスト(左)。極狭通路を通過する共⽣細菌。ドリル運動と通常の運動の⽐較(右上)。物理シミュレーションの結果(右下)。本リリース論⽂ Yoshioka,et al.Nat Commun(2026)を参照。

動画

狭⼩空間を運動する細菌

狭⼩空間のドリル運

概要

 電気通信⼤学⼤学院情報理⼯学研究科基盤理⼯学専攻(以下、「電通⼤」)中根⼤介准教授・同研究科機械知能システム学専攻の菅哲朗教授、⽴命館⼤学(以下、「⽴命⼤」)和⽥浩史教授、産業総合技術研究所(以下、「産総研」)古林真⾐⼦主任研究員・菊池義智研究チーム⻑らの研究グループは、細菌が⾃らのべん⽑(※1)を細胞に巻き付けて回転させることで、“トンネル掘削機”のように幅1マイクロメートル程度の極めて狭い通路を突破できることを発⾒しました(図左)。研究チームは昆⾍の腸内にある共⽣(※2)細菌の通り道を再現した微⼩流体デバイス(※3)を構築し、極狭通路では細菌がドリル運動(※4)をする頻度が⼤幅に増加することを発⾒しました。またシミュレーションや遺伝⼦操作実験により、このドリル運動が狭⼩空間で推進⼒を⽣む仕組みと、べん⽑の基部の柔軟性がドリル運動に重要な役割を果たすことを突き⽌めました。本研究成果は、細菌が狭い環境を乗り越える新たな運動戦略を⽰したものであり、国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

背景

 ⾃然界の微⽣物が暮らす環境には、⼟壌中の細孔や動植物体内の管腔など、微⼩で閉ざされた“極狭通路”が数多く存在します。動物と微⽣物の共⽣の中には、宿主が狭窄部と呼ばれる極めて細い通路を作り、共⽣に適した細菌だけを奥の器官へ通過させる例があります。例えば、農業害⾍であるホソヘリカメムシの消化管には直径約1マイクロメートルの細い管状の構造が存在し、環境中の特定の共⽣細菌のみがそこを通り抜けて腸内の共⽣器官へ到達します(産総研プレスリリース2015年9⽉1⽇)しかし、そのような極狭通路をどのようにして細菌が通過するのか、そのメカニズムは不明でした。

 近年、このホソヘリカメムシの共⽣細菌(Caballeronia insecticola)において、通常の運動「べん⽑を後⽅にたなびかせて泳ぐ」様式に加え、「べん⽑を前⽅で⾃分の体に巻き付けて泳ぐ」様式が報告されました(学習院⼤学・産総研共同プレスリリース2017年12⽉25⽇)しかし、このようなべん⽑巻き付き運動が狭い空間でどのような利点をもたらすのか、その⽣態学的意義は⼗分には検証されていませんでした。

⼿法

 研究グループは、微⼩流体デバイスと呼ばれる微細加⼯技術を⽤いたモデル装置を製作しました。この装置は⾼さ・幅とも約1マイクロメートル程度(1ミリメートルの1/1,000の⼤きさ)の極狭通路を有し、カメムシの腸内にある狭窄部を再現しています。このデバイス内で共⽣細菌が移動するとき、べん⽑繊維を蛍光標識して可視化し、蛍光顕微鏡で撮影しました。また、この巻き付き泳法の物理的原理を探るため、細菌を狭い筒状空間内で泳がせる物理シミュレーションを実施しました。さらに、遺伝⼦操作により細菌のべん⽑フック(※5)を改変する実験も⾏いました。具体的には、ドリル運動細菌(C.insecticola)と⾮ドリル運動細菌(近縁のBurkholderia anthina)との間でべん⽑フックと呼ばれる部分の遺伝⼦を交換した変異株を作製し、フックの柔軟性が運動に及ぼす影響と、昆⾍への感染効率への影響を評価しました。電通⼤が光学顕微鏡観察とデバイス作製、⽴命⼤・東北⼤が物理モデル(※6)の構築、産総研・秋⽥県⽴⼤が遺伝⼦解析を担当しました。

成果

 微⼩流体デバイス内で観察した結果、共⽣細菌は極狭通路でべん⽑を⾼頻度で巻き付け、巻き付いたべん⽑を回転させることでスムーズに前進する様⼦が捉えられました(図右上)。⼀⽅、通常の広い空間では同じ細菌でもべん⽑を巻き付ける頻度は低く、べん⽑を後⽅になびかせて泳ぐ頻度が⾼くなっていました。つまり、空間の狭さそのものが細菌のドリル運動を誘発することが⽰されました。微⼩流体デバイス内では、共⽣細菌の約65%が巻き付き状態で泳ぐのに対し、開放的な標準チャンバー内ではその割合が15%程度と⼤きな差がみられました。さらに別種の細菌についても調べたところ、狭い環境下でドリル運動を⾏う種(例えばPandoraea属の⼀部)では移動速度がほとんど低下しないのに対し、ドリル運動ができない種では狭い空間に⼊ると著しく遊泳速度が低下することが明らかになりました。

 物理シミュレーションの結果、狭い空間ではべん⽑を伸ばしたままでは周囲の液体をうまく後⽅へ押し出せないことが⽰されました(図右下)。⼀⽅、べん⽑を細胞に巻き付けた状態では、液体を掻き出しながら前進する流れが発⽣していました。これは、狭い隙間では壁との摩擦で流体が停滞しやすく、通常のべん⽑運動ではほとんど推進⼒を⽣み出せないのに対し、ドリル運動では巻き付けたべん⽑は壁との隙間をねじ込むように流体を動かして推進⼒に変えているためです。実際に、ドリル運動は極狭通路では速度低下がほとんど⾒られず、広い空間での通常遊泳と同程度の速度で前進できることが確認されました。

 遺伝⼦改変実験では、ドリル運動細菌(C.insecticola)の柔らかいフックを、⾮ドリル細菌(B.anthina)の少し硬いフックへと交換したところ、極狭通路でべん⽑を巻き付けられなくなり、移動距離はほぼゼロに低下しました。逆に⾮ドリル運動細菌の少し硬いフックを、ドリル細菌由来の柔らかいフックへと交換すると、チャンネル内で部分的にではあるものの巻き付き泳法が現れ、移動距離も増加しました。このようなフックの硬さがドリル運動に重要であることは、物理シミュレーションでも再現できました。さらに、フックを硬くしたドリル運動細菌は、宿主カメムシへの感染競争⼒(共⽣器官へ定着する能⼒)が⼤幅に低下することも判明しました。これらの結果から、べん⽑フックの柔軟性が巻き付き運動の鍵であり、狭⼩空間での移動効率、ひいては宿主への感染成功率が左右されることが実証されました。

今後の期待

 本研究では、ドリル運動は細菌が極狭通路を突破するために進化させた巧みな移動戦略であることを⽰しました。この知⾒により、これまで不明だった微⼩空間における細菌の⾏動原理や、宿主-共⽣菌間の相互作⽤のメカニズムが解明に近づくことが期待されます。特に、本研究で対象とした昆⾍共⽣菌だけでなく、病原細菌であるカンピロバクターやヘリコバクター、緑膿菌などでもドリル運動が報告されており、粘液層や腸陰窩のような粘性が⾼く狭い領域で宿主体内へ侵⼊・定着する普遍的な戦略である可能性があります。したがって、この運動を阻害あるいは促進することで、害⾍防除や病原菌感染の制御につながる応⽤も考えられます。また、微⽣物が持つ巧みな運動様式は、マイクロマシンやナノロボット開発などへの着想を与える可能性もあり、⽣物模倣技術の観点からも注⽬されます。今後、本研究で開発した微⼩流体デバイスを応⽤して⼟壌や⽣体内など様々な狭⼩環境での微⽣物の振る舞いを調べることで、環境中の細菌⽣態や共⽣システムの解明が⼀層進むことが期待されます。

論文情報

  • 掲載誌:Nature Communications
  • タイトル:Bacteria break through one-micrometer-square passages by flagellar wrapping
  • 著者:Aoba Yoshioka, Yoshiki Y. Shimada, Toshihiro Omori, Naoki A. Uemura, Kazutaka Takeshita,Kota Ishigami, Hiroyuki Morimura, Maiko Furubayashi, Tetsuo Kan, Hirofumi Wada, Yoshitomo Kikuchi, Daisuke Nakane
  • 論文URL:https://doi.org/10.1038/s41467-025-67507-9
  • DOI:10.1038/s41467-025-67507-9
  • 公表⽇:2026年1⽉20⽇

外部資⾦情報

 本研究は、JSPS科学研究費補助⾦学術変⾰領域研究(B)微⽣物が動く意味(22H05066,22H05067,22H05068)、JST創発的研究⽀援事業(JPMJFR2411)の⽀援を受けたものです。

用語説明

  • ※1:べん⽑(鞭⽑)
    細菌の細胞から伸びるらせん繊維状の運動器官。根本のモーターが繊維を回転させることで推進⼒を⽣み出す。
  • ※2:共⽣
    異なる種類の⽣物同⼠が密接な関係を結んで⽣活すること。本研究ではカメムシと細菌の共⽣関係に注⽬している。
  • ※3:微⼩流体デバイス
    マイクロメートルサイズの微細な流路(チャンネル)を持つ実験デバイス。微⼩空間での液体の流れや微⽣物1 匹の挙動を制御・観察できる。
  • ※4:ドリル運動
    細菌は⾃らの「べん⽑」を細胞表⾯に巻き付けてドリルのように回転させる独特の泳ぎ⽅(ドリル運動)で狭い空間を推進し、⽅向性のある移動を実現する。
  • ※5:フック
    細菌べん⽑の基部にある短く柔らかい構造。モーターとべん⽑繊維を繋ぎ、回転⼒を繊維に伝達させる役割を担う。
  • ※6:物理モデル
    本研究では狭い空間内での液体の流れや、べん⽑繊維の柔らかさを変化させた際の細菌の運動を計算機上で再現するために⽤いたモデル。

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