スタンフォードへの挑戦! 立命館大学生がアメリカで挑んだプロジェクト〜UC Davis 留学プログラム 2024 レポート〜
アメリカ・カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)での語学研修とリサーチプロジェクトを組み合わせた実践型留学プログラム「UCDサイエンス&テクノロジー留学プログラム」が、今年も実施された。異なる専門分野の学生たちが1か月間の滞在を通して、現地での調査・インタビューを重ねながら、それぞれの関心に基づいた研究テーマに取り組んだ。さらに、プログラムの集大成として、スタンフォード大学にて英語によるプレゼンテーションを実施。起業家や研究者らを前に、自らの調査成果を堂々と発表する姿は、学生たちの確かな成長を物語っていた。
UC Davis留学プログラム―スタンフォードでの成果発表を目指して
「UCDサイエンス&テクノロジー留学プログラム」は、学生の主体性とグローバルな視野を育むことを目的として、立命館大学の生命科学部・薬学部・スポーツ健康科学部・総合心理学部で実施されているカリフォルニア州立大学デービス校(UC Davis)への短期留学プログラムだ。このプログラムでは、普段は異なる専門分野を学ぶ学生たちが約4週間、アメリカでしか実施できないプロジェクトに自ら挑戦する。現地では、シリコンバレーで活躍する日本人起業家やUC Davisの研究者がアドバイザーとして参加し、学生の活動をサポートする。
2025年2月に行われたプログラムでは、学生たちは現地で英語学習を進める一方、自ら設定したテーマで調査やインタビューを実施。最終的にはスタンフォード大学での英語プレゼンテーションという目標を掲げ、その達成に向けて取り組んだ。引率した生命科学部の山下美朋教授は、今回の取り組みについて次のように語る。
「このプログラムでは、英語力の向上だけでなく、現地での試行錯誤や交流を通じて、学生が人として大きく成長することを期待しています。特にスタンフォード大学での発表は、社会で通用するプレゼンテーション能力や論理的思考力を育てる絶好の機会となっています」
山下教授の言葉通り、学生たちはこの留学を通じて、自らの視野や可能性を大きく広げることとなった。
現地での挑戦―田原さんが体験した「プロジェクト変更」という壁
UC Davis留学プログラムでは、学生たちは渡米前から各自のリサーチテーマを構想し、現地での調査活動に備える。だが、計画通りに進むとは限らない。今回、その不確実性と真っ向から向き合い、柔軟に道を切り拓いた学生がいる。生命科学部2回生の田原菜々子さんだ。
田原さんは当初、日本と米国における保険システムの違いによる人々の医療の受け方の様子を比較するプロジェクトを計画していた。しかし、現地に到着してすぐ、アメリカでは保険がその人の所得と直結するものであることが判明し、その調査を断念せざるを得なかったため、当初の調査設計を根本から見直さざるを得なくなった。
「正直、最初は焦りもありました。でも、せっかく現地に来ているのだから、この場所でしかできないことをやろうと切り替えました」と田原さんは振り返る。
彼女が新たに選んだテーマは、カリフォルニア州の地域コミュニティにおけるフードバンク活動の浸透と行動変容。地域イベントや市民グループの活動に着目し、自ら積極的に取材先へアプローチしていった。急な方向転換にも関わらず、田原さんは現地での聞き取りや資料収集を通じて実証的なデータを積み重ね、スタンフォード大学での発表に結実させた。
一方、小澤真さん(生命科学部)は、UC Davisと立命館大学における大学生の「朝食習慣」の違いに着目。取材を通じて、米国では金銭的・時間的制約から朝食を摂らない学生が多い実態を明らかにした。立命館大学の「100円朝食」制度などと比較しながら、食習慣の支援が学習意欲や生活リズムにもたらす影響を考察した。
また、猪口綸さん(総合心理学部)は、日米における女性起業家へのインタビューを通じ、女性リーダー像とその形成背景を分析。リーダーシップ専攻の視点から、ジェンダーと文化的背景を横断的に捉える研究に取り組んだ。
田原さんのように現地での「壁」にぶつかる経験は、プログラムの中でも貴重な学びの機会だ。山下美朋教授は「限られた期間でテーマを再構築し、アプローチまで変えるのは並大抵のことではありません。田原さんは自ら切り開いていく力を見せてくれました」と語る。
調査結果は、プログラム終盤に実施されたポスター発表に集約された。田原さんは情報の取捨選択や論理構成に苦心しつつ、現地アドバイザーの助言を受けながら仕上げていった。「たった7分間の発表に、どの情報を入れるか。限られた時間だからこそ、伝え方が問われた」と語る。
“計画通りにいかない”という現実にどう向き合い、自ら動いて形をつくるか――田原さんの経験は、プロジェクト型留学の醍醐味そのものを体現していた。
シリコンバレーでの交流―猪口さんが掴んだ異文化理解と視野の広がり
「最初は本当に不安だらけでした。でも、ひとつずつ扉を開いていくうちに、自分の世界が広がっていく実感がありました」。総合心理学部3回生の猪口綸さんは、今回のUC Davisプログラムで、シリコンバレーの起業家や研究者たちとの交流から大きな刺激を受けた。
猪口さんが取り組んだプロジェクトのテーマは「女性起業家へのインタビューを通した女性リーダーシップ像の発見と日米比較」。あらかじめ立てた研究デザインをもとに、現地で8名の女性起業家にインタビューを実施した。その対象は雑貨店経営者からIT系のコンサルタントまで多岐にわたる。取材相手の多くは、山下美朋教授や現地アドバイザーである永田氏、村田氏、鶴下氏らのネットワークを通じて紹介された。「つながりがつながりを生んで、気がつけば多くの方に会うことができていました。現地のネットワークの厚みと広がりを感じました」と猪口さんは語る。
なかでも強く印象に残ったのは、雑貨店を経営する起業家の言葉だった。「“苦労なんてないよ。やりたくてやっているだけだから”と言われた時、そのまっすぐな想いに心を打たれました」。仕事に夢中になれることの幸福と、自分の興味・関心が起業と自然に結びついていく姿に、将来の働き方へのヒントを見出したという。
当初はアポイントメントの取り方すら分からなかった猪口さんだが、リサーチの過程で自身の英語力や交渉力に自信をつけていった。「起業家や研究者の方と対等に話せるようになるにはどうしたらよいか。現地での経験を通して、自ら動き、考え、表現する力が身についた気がします」。
また、日常生活でも地元の人々との関わりが学びに繋がった。ホストファミリーから紹介された地域のインターナショナルハウスやクイズイベントに参加し、英語を「楽しく学ぶ」場が日常にあることを実感。「教室の外にも学びの場は広がっていて、自分から動けばそれがどんどんつながっていくんだと感じました」と語る。
山下教授も、「猪口さんの成長はとても印象的でした。起業家の方々からの評価も高く、現地での対話が研究を深めるきっかけとなったことが、プレゼンテーションの完成度にも表れていました」と手応えを語る。
異文化の中で得た「共感」と「視座の拡張」。猪口さんの体験は、まさにシリコンバレーという場だからこそ生まれた、学びと気づきに満ちた1ヶ月だった。
スタンフォードでの発表―小澤さんが感じた国際的な手応えと未来への自信
「バスの中でも、ずっと原稿を読み続けていました。スマホの画面を見つめながら、抑揚の練習を何度も繰り返しました」。生命科学部3回生の小澤真さんは、スタンフォード大学での最終プレゼンテーションをそう振り返る。
UC Davisでの1ヶ月のプロジェクト学習の集大成として、学生たちはスタンフォード大学にて、自身の研究成果を発表する機会を得た。小澤さんが選ばれたのは「ベストプレゼンター」の一人。立命館大学とUC Davisの学生の朝食習慣の比較を通して、より良い学生生活の提案を行った。
「当初は“アメリカと日本の食文化の違い”を調べようと思っていました。でも現地での聞き取りを進めるうちに、宗教や地域性によって差が大きいことが分かってきて、焦点を『大学間』に絞りました」。小澤さんは、UC Davisと立命館のBKC(びわこ・くさつキャンパス)に通う大学生を対象に、朝食の摂取実態を調査した。
調査を通して見えてきたのは、UC Davisの学生には「朝食を食べない」人が多いという現実だった。その背景には、授業開始時間の早さや、キャンパスの広さ、そして朝食にかかるコストの高さがあった。一方、立命館では、安価な学内朝食サービスが提供されており、朝食を取る習慣が比較的保たれている。小澤さんはこうした違いに着目し、「UC Davisでも安価で栄養バランスの良い朝食提供が実現できれば、学生の生活改善につながるのではないか」と提案を行った。
「立命館の『100円朝食』をモデルに、現地でもサステナブルでアクセスしやすい朝食制度を設けてはどうか」。この提案に対し、聴講していた起業家や教育関係者からは「UC Davisのバイキング形式の良さを生かしつつ、コストを抑える工夫があればさらに実現可能性が高まる」といった建設的なフィードバックが寄せられた。
プレゼンの場には、領事館関係者やJETROの職員、スタンフォードの研究者たちも列席し、緊張感のある空間が広がっていた。「これまでの人生で一番緊張した時間でした。でも、限られた時間で最大限の準備をして臨んだことで、確かな手応えを感じることができました」。発表を終えた小澤さんは、心地よい達成感と、未来に向けた自信を口にした。
山下教授は「ベストプレゼンターに選ばれた学生たちは、最後の数日間、昼食を取るのも惜しんで準備に集中していました。その姿勢が、確かな成長に結びついていた」と振り返る。
「これまでは、日本でずっと働くことだけを考えていました。でも、今回の経験を通して、海外でのキャリアも視野に入れたいと思うようになりました」。留学前には見えていなかった未来が、今、小澤さんの目の前に広がっている。
山下教授は、今回のプログラムを通して学生たちが見せた成長を、感慨深く語る。
「彼らのプレゼンテーションを見て、本当に驚かされました。スタンフォード大学という特別な場で、あれほど堂々と、内容のある発表ができるとは、正直ここまでになるとは思っていませんでした。学生たちの本気が、あの短い期間で成果として結実したのだと思います」。
教授がこのプログラムに初めて関わったのは2017年度。当初は“プロジェクト学習”とは名ばかりで、日本とアメリカのスーパーの違いを写真に収めただけ、という発表もあったという。「このままではもったいない」と感じた山下教授は、現地の起業家や研究者との接点づくり、学生の研究テーマに合わせた支援体制の整備などを地道に進めてきた。
転機となったのは、2023年度から導入された教職員による現場での草の根(グラスルーツ)的で実践的な取り組みを後押し「R2030 推進のためのグラスルーツ実践⽀援制度」による支援と、起業家ネットワークの拡充だった。UC Davisでの学びを、スタンフォード大学での発表へとつなぐ構想が動き出し、今回ついに実現に至った。「事前講義からスタンフォードでの発表まで、学生の変化を見守る中で、このプログラムがようやく一つの到達点を迎えたという実感があります」。
一方で、「持続可能な仕組みにしていくことが次の課題」とも語る。「私個人の縁で広がったネットワークに依存するのではなく、誰が引率しても、誰がアドバイザリーになっても継続できる、サステナブルな体制を構築したい」。そのためには、大学としての戦略的なサポートや制度設計が必要だと考えている。
「このプログラムの本質は、“新しい世界に自分の足で踏み込む”という体験にあります。異文化の中で、対話し、考え、発表する。そうした経験を通じて、学生たちは確実に強く、たくましくなっています。この成長を次代につなげていくことが、私たち教員の使命だと思っています」。
小澤さん、猪口さん、田原さん——3人の学生の挑戦と成果は、確かな学びの形として、次なる挑戦者たちへとバトンをつなごうとしている。
※本文中の回生はプログラム参加当時のものです