交通が変われば、
まちも劇的に変化する
東南アジア諸国で都市の交通手段として広く使われているオートバイ。都市部の交差点では、自動車を飲み込むようにおびただしい数のオートバイが轟音を上げながら突き進んでいく。近年自動車の普及も進んでおり、安全面でも移動の効率性という点からも問題は深刻だ。加えて、大気汚染による環境悪化も看過できない。こうした無秩序に見える東南アジアの交通流を制御し、安全で効率的な交通環境を実現することはできるか? その難問に挑んでいるのが、塩見康博だ。
東南アジアの交通混雑、多発する事故の原因の一つは、四輪車中心の交通流を想定して設計された先進国の道路整備施策をそのまま導入したことにある。「二輪車が多いという特性を考慮していない交通システムが、機能不全を起こしている。それを解消するためには、まず二輪車の特性を考慮した交通動態を適切に予測する手法を確立する必要があります」そう言って塩見は、二輪車と四輪車が混在した交通流の中で両者の挙動を捉える興味深いモデルを紹介してくれた。
「車両は逐次的に、左旋回、右旋回、直進方向に15の離散空間選択肢から移動先を選択していると仮定し、ある瞬間から0.5秒後の各車両の移動先を推定するシミュレーションモデルを構築。このモデルから、四輪車は周辺の二輪車を特に気にせずマイペースに走行していく一方、二輪車は四輪車をうまく避けながら走行するという非対称的な特性がわかってきました。これによって、混雑した状況でも何とか二輪車・四輪車が流れていく様子が、おぼろげながら見えてきました」
四輪車と二輪車を機械的に識別した上で、交通状態をリアルタイムで把握することも、東南アジアの交通状況を改善するためには重要な課題だ。道路上に設置されるセンサの整備が不十分なため、そもそも交通状態を把握することはできないが、先進諸国で導入されているようなセンサでも大量に混入する二輪車を識別することは難しい。そこで塩見は、新しいツールを用いた方法を考え出した。四輪車、および二輪車のドライバー・ライダーが持つスマートフォンでGPSや加速度データを収集し、それで車種を判別しようというのだ。
インドネシアのマカッサル市で、スマートフォンを搭載した四輪車とオートバイを走らせ、車両ごとに複数回の周遊データを得た。スマートフォンの保持状況によってはエンジンの振動の影響を受けるため、その差異を取り除くべく四輪車はアタッチメントでダッシュボードにスマートフォンを固定するのに対し、二輪車については、「アタッチメントでハンドルバーに固定」「ズボンのポケットに入れる」「ネックストラップで首からさげる」「テープで胸部に貼り付ける」という4種類の方法を検証した。
アタッチメントを使用した二輪車は、エンジンの振動がハンドルバーで増幅されて記録され、特徴的な変動幅の合成加速度を示すため、容易に判別できる。しかしそれ以外の二輪車と四輪車との違いは、合成加速度では明確に識別できなかった。そこで塩見は、合成加速度のパワースペクトル密度に着目。低周波成分の違いから四輪車および二輪車(アタッチメント)と、他の二輪車とを区別し、全パターンの二輪車と四輪車とを高精度で判別することに成功した。
「スマートフォンという容易に手に入るツールで取得可能なデータから高精度に車種を判別することができるようになれば、車種別の交通モニタリングの可能性は相当高まります」と、語る。
さらに塩見は、同じくスマートフォンに内蔵されているBluetoothセンサを用いて、交通状態を把握する方法も見出している。インドネシアで、Bluetoothの受信機を交差点に設置。受信機が周囲のスマートフォンやカーナビから検知したMACアドレスを5秒ごとにカウントすることで、交通流のおおよその速度や、周囲にどのくらいの交通量があったのかをある程度時系列に計測できる。受信機を置くだけで容易に道路の混雑状況を判別できるというわけだ。
「これらの研究成果を組み合わせて市街地の交通状況を把握し、『この道はバイクが多いので避けて通ろう』と自動車を誘導したり、『ここで渋滞が発生しているから経路を分散させよう』などとまち全体で交通をマネジメントすることが可能になります」と塩見。先進国によるお仕着せの交通システムはもはや限界に達している。国や地域特性に合った交通システムを構築していく上で、塩見の研究の重要性は極めて大きい。「交通が変われば、まちも劇的に変化します。交通を通じてより豊かで持続可能な社会の創出に貢献できる。その可能性の大きさが、研究の醍醐味です」