卒業生からのメッセージ

文学部での学びが社会でどのように活かされているかを、卒業生からのメッセージを通じて紹介します。

2023

その他

自由な環境、人との出会いで見つけた小説を書き続ける未来。

人文総合科学インスティテュート 2003年卒業

小説家

小さい頃から本が好きで、高校時代は『伊勢物語』全段を自分で現代語訳するほど古典文学に傾倒しました。そんな私が小説を書きはじめた出発点は大学生活にあったといってもいいかもしれません。

入学して嬉しかったのは、初めて本について話せる友達ができたことです。物語の登場人物について語り合い、気づけば数時間が過ぎていたこともありました。当時流行していた村上春樹の作品についてよく話しました。小説の一節を読んで、「何だ、この文章は」と衝撃を受けたことは今も忘れられません。

私が専攻した人文総合科学インスティテュート「人間と表現」領域(現・文化芸術専攻)はとても自由な雰囲気で、好きなことに打ち込める環境がありました。音楽や映画など表現活動に熱中している学生も多く、彼らに刺激を受けて私も美学の授業を受講したり、絵を描いたり、自分を表現する方法を模索していました。小説を書いたのは、映画を撮っているという友人から「ストーリーを考えてほしい」と頼まれたことがきっかけでした。試しにやってみたら、一晩で書き上げることができました。
「あ、書ける」。そんな感覚をつかんだのは、その時です。千早 茜(ちはや あかね)さん

卒業後は作品の糧になる経験を積もうと、美術館や病院などさまざまなところで働きました。そこで毎日メモを取り、温めたネタが財産になっています。29歳の時、「人生で1回だけ」と決めて応募した作品が、幸運にも「第21回小説すばる新人賞」を受賞し、小説家としてデビューしました。

ずっと一人で書き続けてきた私が職業作家になって一番変わったのは、「誰かと一緒に本を作る」幸せを感じられたことです。もちろん物語を書くのは私一人。執筆は孤独なものです。けれど作品を読んで的確に意見してくれる編集者や私の作風を理解し、本の装丁や表紙を作ってくれるデザイナーなど、たくさんの人が私の創り上げた小説世界を一冊の本にして読者に届けてくれます。そんな仕事の喜びを知ったのは、プロになったからこそでした。「第168回直木三十五賞」を受賞した『しろがねの葉』も、鉱山マニアの校閲者が小説の舞台となった石見銀山に関する資料を山のように貸してくれるなど、多くの出会いに恵まれて、世に送り出すことができました。

本作では、初めて時代小説、それも一人の一生を描き切ることに挑戦しました。いつか三代記も書いてみたいです。声をあげたくてもあげられずに苦しい思いをしている人々の声は常にひろいたいと思って書いています。書きたいことがありすぎて、「私の一生ではとても足りない」と思うほどです。直木賞受賞は、「続ける」ための通過点。「ここから、歴代受賞者に匹敵するような作品を毎回出し続けていく」。そう気持ちを新たにしています。

※この原稿は千早茜さんへのインタビュー取材の内容を本学で再構成したものです。

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