特別企画

2022

11.06

文学部校友会懇親会

  • 講演会
  • クロストーク

【芥川賞作家の原点】
文学部での学びと繋がり

高瀬 隼子(筆名)さん 哲学専攻 2011年卒業

高瀬 隼子(筆名)さん 高瀬 隼子(筆名)さん

第167回
芥川賞受賞

講演会

  • 高瀬 隼子氏(哲学専攻)

    高瀬 隼子氏(哲学専攻)

「小説家を目指し、立命文芸創作同好会で小説を書いていました」

私は哲学専攻で谷 徹先生のゼミでご指導いただき、2011年に卒業しました。小学生の頃から小説家になりたくて、大学時代は立命文芸創作同好会というサークルに所属し、小説を書いていました。初めて新人賞に投稿したのは、2回生の時です。大学の図書館のプリンターで作品を印刷し、東門近くにある郵便局で投函しました。結果は落選。それから約10年間投稿を続け、2019年、「すばる文学賞」(集英社)を受賞し、デビューすることができました。
受賞するまでは毎年一作、原稿用紙100~200枚の作品を書いては応募し、落選して落ち込んで、また書くという繰り返しでした。せっかく書いても、落選したら誰にも読んでもらえません。それを読んでくれたのが、立命文芸創作同好会のメンバーたちです。卒業後もサークル活動を続け、皆で同人誌を作っていたので、落選した作品はそこに掲載していました。
大学時代の文芸創作同好会は、メンバー12、13人の小さいサークルで、毎週1回、図書館に集まり、合評会というかたちで活動していました。事前に各々が書いた作品を読み、合評の場で論じ合います。プロの作品と比較して「あなたはここが書けていない」などと本気でダメ出ししてもらえたのが良かったです。どの作品も本当にすごくて、皆の背中を追いかけながら小説を書いた4年間でした。真面目に議論した後、東門を出たところにある弁慶食堂やハイライト食堂でご飯を食べたことも、思い出に残っています。
文学部に入学して良かったのは、本好きの友達がたくさんできたことです。高校までは本について誰かと話す機会がなかったので、読んだことのない小説を教えてもらったり、読んだ本の感想を語り合うのが楽しかったですね。
私はいつも図書館で本を借りては、学食や哲学専攻の共同研究室のソファーで読んでいました。当時図書館の入口を入ったところに歴代の各文学賞受賞作を並べた開架棚があって、それを読破しようと端から順に読んだことを思い出します。学生時代に受賞作の歴史を追えたことも、今では良かったなと思っています。

「10年後20年後も生き残っていく作家になりたい」

デビューした今も会社員として働いていて、生活はあまり変わっていません。執筆するのは、平日の夜や土日。平日は家に帰るとすぐに寝てしまうので、仕事帰りに喫茶店に寄って1、2時間書いてから帰宅するようにしています。毎日1行は書かないと落ち着かなくて、終電になるような忙しい日も必ずノートパソコンを開き、何かしら書くようにしています。
そして今年7月、『おいしいごはんが食べられますように』という作品で、芥川賞を受賞しました。
本作は、下書きの期間も含めると、完成までに6、7ヵ月かかりました。私はいつもプロットを組み立てず、とりあえず書き始めて改稿を重ねるスタイルです。今回は原稿用紙約200枚を書き上げるまでに、1000枚ほど書きました。最初に書いたおよそ500枚は、ほとんど削除してしまい、完成作品には残っていません。書き始めた当初は登場人物の動きが硬く、「もうちょっと頑張って動いて」と思いながら書いているうちに、次第に名前が生まれ、こんな会社に勤めて、こんな趣味趣向や考え方を持っていると私自身がわかってきたところから人物が良い感じに動き出します。そこからさらに500枚ほど書いたものを改稿し、完成作になりました。
それまでは芥川賞なんて、別世界の話のように感じていました。発表の日も「いや、(受賞は)ないので」なんて言いながら待っていたので、受賞はすごく嬉しかったです。何より嬉しかったのは、作品が読者の方々に届く機会が増えることでした。とはいえここからがスタートです。ここで消えずに10年後20年後も書き続け、生き残っていく作家を目指したいと思っています。
受賞して3ヵ月余り、ありがたいことにエッセイや小説を依頼される機会が増え、以前より少しだけ忙しくなりました。学生時代は自分が原稿を依頼されようになるなんて想像もしなかったので、「締め切りがあるって幸せだな」と思いながら日々を過ごしています。これからも頑張っていきますので、ぜひ校友の皆様にも応援していただけたらと思っています。

※写真撮影時のみマスクを外しております。

おいしいごはんが食べられますように
書籍のご紹介
単行本

おいしいごはんが食べられますように/高瀬 隼子 (著)

第167回芥川賞受賞!
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。
職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。

クロストーク

  • 高瀬 隼子氏(哲学専攻)

    高瀬 隼子氏(哲学専攻)

  • 谷徹名誉教授(哲学・倫理学専攻)

    谷徹名誉教授(哲学・倫理学専攻)

  • 瀧本和成教授(日本文学専攻)

    瀧本和成教授(日本文学専攻)

「過去から現在、そして未来へ、
言葉を送り届ける」

今日は「高瀬隼子さんから高瀬隼子さんへ」というテーマでお話ししたいと思います。私はゼミの指導教授だったので、高瀬さんの卒業論文も指導しました。その中に書かれていた言葉をいくつかご紹介します。つまり過去の高瀬さんが書いた言葉を現在の高瀬さんに送り届けようという試みです。高瀬さんの卒業論文は、ライプニッツ哲学について書かれたもので、今回の受賞作『おいしいごはんが食べられますように』とは、何一つ関係ないように思います。ところが論文には、例えばこんな一節があります。
「・・・世界は嫌なことで溢れている。・・・友達と楽しく過ごして美味しいご飯を食べて暖かい部屋で眠る、そんな幸せがあっても次の瞬間電話で「別れよう」と恋人に言われたら、それまでの幸せなんて吹き飛んでしまう・・・」
まるで今回の受賞作を予言しているようだと思いませんか? ご本人もおそらく覚えていないでしょう?

高瀬覚えていませんでした。「おいしいご飯」と書いていたんですね。びっくりしています。

覚えていなくても、過去の自分と現在の自分にはつながりがあるんですね。人間は、時間と共に別の者になってしまうのではなく、胸に抱いた問題を無意識のままに育てながら、成長していくのだと思います。高瀬さんだけでなく我々も、過去、そして現在の自分から未来の自分へと、言葉を送り届ける運動をしているのではないでしょうか。
文学部は、言語、言葉、文の可能性を追求している学部です。先ほど高瀬さんは「生き残っていく作家になりたい」とおっしゃいましたが、高瀬さんの「書く語」にも、ご自身の言語と共に生き抜こうとする「覚悟」を感じます。表現形式は違いますが、私たち研究者も論文という「書く語」を通して言語活動をしています。人間にとって言語活動は不可欠なものであり、どんな人も言語に対する覚悟が必要だと思っています。高瀬さんはどんなに「むかつく」社会であってもたくましく生きていく力を持っている。その力と「書く語(覚悟)」を持って、未来の自分自身に送った「美味しいご飯を食べる」という課題に取り組んだことが、受賞につながったのだろうと思います。

高瀬自分が論じられるというのは不思議なものです。谷先生に取り上げていただいたところを自分が書いた記憶はないけれど、今読むと確かに自分の文章だなと思います。過去の自分から今の自分に、谷先生が送り届けてくださったのだなと思いました。

瀧本私も高瀬さんの受賞作を読んで、この作品には三つの優れた特長があると思いました。一つは、複数の人物の視点で描くことで物語を立体化していること。二つ目には、「食」を通じて人間関係や、その人の考え方や価値観さえも描き出していることです。日本文学の歴史の中で、「食」を中心に据えて描いた小説はほとんどありません。その点でも新しい造形がなされていると思いました。三つ目には、言語表現が多義的であることです。小説のラストシーンに「わたし、毎日、おいしいごはん作りますね」という台詞が出てきます。この言葉は、一つには女性の芦川さんが男性主人公の二谷さんとの「結婚を受諾」したという意味であり、二つ目には芦川さんから二谷さんへの婉曲的な「愛情表現」でもあります。そして三つ目には、「食」によって相手を束縛し、支配しようとする芦川さんの「たくらみ」「怖さ」も込められています。これこそ本作一番の読みどころかもしれません。こうした三つの特長を備えているからこそ、本作はすばらしい作品になり得ていると思いました。今後、高瀬さんがどのような作品を書いていくのか、ますます楽しみです。

※写真撮影時のみマスクを外しております。

PROFILE
  • 高瀬 隼子氏(哲学専攻)
    高瀬 隼子氏(哲学専攻)

    高瀬 隼子氏(哲学専攻)

    2011年に文学部哲学専攻を卒業後、会社員として勤務しながら執筆した小説『犬のかたちをしているもの』で「第43回すばる文学賞」を受賞、文芸誌『すばる』に掲載されデビュー(単行本は集英社、2020年2月刊)。『水たまりで息をする』(集英社、2021年7月刊)が「第165回芥川龍之介賞候補作」に選出された。近著である『おいしいごはんが食べられますように』(講談社、2022年3月刊)が「第167回芥川賞候補作」に2年連続でのノミネート、さらには受賞となり、栄えある芥川賞作家となった。

  • 谷徹名誉教授(人間研究学域  哲学・倫理学専攻)
    谷徹名誉教授
    (人間研究学域 哲学・倫理学専攻)

    谷徹名誉教授(人間研究学域 哲学・倫理学専攻)

    文学部哲学・倫理学専攻に所属し、「現象学」を中心にして、ヨーロッパの現代哲学を専門領域とする。著書『これが現象学だ』(講談社、2002年11月刊)は増刷を重ね、日本の現象学研究をリードしている。現象学を間文化現象学へと発展をさせ、本学に間文化現象学研究センターを創設した。その後10年間、所長としてセンターを世界的な研究拠点へと成長させた。2020年4月にはこれら学内外での顕著な功績が評価され名誉教授の称号が授与された。高瀬隼子氏の在学中の指導教員。

  • 瀧本和成教授(日本文学研究学域 日本文学専攻)
    瀧本和成教授
    (日本文学研究学域 日本文学専攻)

    瀧本和成教授(日本文学研究学域 日本文学専攻)

    文学部日本文学専攻に所属し、日本近現代文芸(文学・芸術)を専門領域とする。森鷗外を中心に、夏目漱石や芥川龍之介などに代表される明治から大正期にかけての文学者のみならず、大江健三郎や村上春樹といった現代文学まで幅広く研究対象とする文学(史)研究者であり教養人である。文学作品に留まらず漫画やアニメなどのサブカルチャーや映像作品にも深い造詣を有する。近年では教養教育センターの主催するウェビナー講座「SERIESリベラルアーツ:自由に生きるための知性とはなにか」でも複数回の講演を務めている。