教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

唐宋時代のポップス「詞」から当時の人の思いを知る

中国文学・思想専攻

東アジア研究学域
教授

萩原 正樹

私が研究しているのは、中国の唐宋時代に盛んに作られ、歌われた「詞」です。皆さんは小学校のときから、「詩」を国語の授業で読んだり書いてきたと思います。基本的に「詩」は朗読するものであるのに対し、作詞作曲というように「詞」は音楽に乗せて「歌う」ものです。西暦618年〜907年まで続いた唐の時代、シルクロードを通じた交易が盛んとなり、唐の都には青い目をした西洋の人々がたくさんいました。やがて彼らが持ち込んできた音楽に合わせて中国の詩人たちの「詩」が歌われるようになり、歌謡として大流行したのです。

当時歌われた詞は、いまで言うところの「ポップス」でした。堅苦しい内容は少なく、ラブソングもあればセンチメンタルな気持ちを歌ったものもあり、酒場での宴会を盛り上げました。宋の時代になると知識人が作った詞を専門の歌手が歌うようになり、お金持ちたちは歌妓を家において客人をもてなしました。メロディに乗せて歌いやすくするため、詞はそれまでの「五言絶句」などの伝統的な中国の詩型から離れて独自に発展し、さまざまな工夫がこらされていきました。詞に歌われた内容を読んでいると、当時の人々の暮らしぶりや考えていたことが目に浮かんできます。国も時代もまったく違う現代の私たちでも、彼らの思いに共感することができ、そこにこの研究の面白みを感じています。

笛を吹く女性(韓煕載「夜宴図」)

中国の昔の詞を研究しているというと、「それが何の役に立つの?」と言う人がいます。私の答えは「役に立たなくて何が悪いの?」です。役に立つものしかこの世に必要がない、という考え方ほど、人間の心を荒廃させ貧しくするものはありません。それはかつてのナチズムが辿った歴史を見ても明らかです。「役に立つ」よりも「面白い」を優先しても良いと私は思います。昔の人がこんな美しい世界を想像していたのかとか、こんな気持ちで涙を流していたんだと文字を通して知ることは、非常に「面白い」ことであり、また私たち自身の想像力も高めてくれます。古人であれ同時代人であれ、人の喜びや悲しみなどさまざまな感情を想像できることは、とても大事なことだと思っています。

東アジア研究学域の特徴は、中国と韓国をはじめとした東アジアの漢字文化圏の研究者が多数いることです。終戦後、日本はアメリカ文化の影響を大きく受けるようになり現代はその傾向がますます強まっていますが、私たちの文化の根本は、漢字文化圏のもとで育まれました。この学域で皆さんが学ぶことは、同時に私たちが住む日本という国をさらに深く理解することにも、必ずつながっていくはずです。

PERSONAL

萩原 正樹

専門領域:
唐宋時代の「詞」の研究
オフの横顔:
昔から映画を見るのが好きでした。立命館大学文学部の学生だったときに見た、ソ連の共産党革命を描いた『レッズ』という映画などは、今でも心に残っています。寅さんシリーズもほぼ毎回見にいっていました。