教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

400年前の「明末清初」の時代にタイムスリップ。 庶民の日常から現代中国のルーツを探る。

東洋史学専攻

東アジア研究学域
教授

井上 充幸


中国は、長い歴史の中で何度も王朝交代を経験しました。参考書で、「隋・唐・宋・元・明・清」と覚えた人も多いでしょう。私が研究しているのは、そんな中国の歴代王朝の中でも比較的新しい時代。日本でいえば、江戸時代が始まった頃にあたる「明末清初」の時代、すなわち明から清への移行期です。

この時代、一般庶民や役所に勤めるお役人たちは、王朝交代によって世の中が大きく変わる中、知恵を振り絞って強くたくましく、しなやかに毎日を生きていました。中国史といえば、みなさんはヒーローが縦横無尽に活躍する英雄物語を想像するかもしれませんが、私が視線を向けるのは、むしろどこにでもいるごくごくふつうの人びとです。その頃に書かれた日記や身辺雑記、公文書などを読むと、当時を生きた人びとがどのような日常を過ごし、どんな考えや価値観で生活していたかが手にとるように分かります。

例えば「明末清朝」の時代の中国では、古美術品のコレクションがブームとなり、驚くほど多くの作品が取り引きされました。ところが、本物の数には限りがあるので、市場には必然的に多くのフェイク(模造)の作品が紛れ込み、鑑定のプロでも見分けがつかないほど精巧なものまでが登場。そのため、これまたたくさんの鑑定マニュアル本が出版されるものの、その一方で、マニュアル本の著者が専門業者と裏で手を結んでフェイク制作をプロデュースしたあげく、「本物そっくりの高品質なフェイクを作ってみんなのニーズに応えてあげるのは、むしろ良いことじゃないの?」などとうそぶく始末。中国におけるコピー商品をめぐる問題は、実はすでに400年前から起こっていた根深いものだったのです。

明の時代に流行したマニュアル本の一つ、曹昭『格古要論』の目次と巻上の冒頭部分。

このように過去の文献を掘り起こし、当時の人びとの日常を探っていくと、令和の時代を生きる日本人でも共感できるところが多くあることに気付きますし、今の中国の人びとの考えや価値観と似通った部分を発見することも少なくありません。事実、中国人の生活習慣や習わしの源流をたどると、まさに400年前の「明末清初」の時代にたどり着くケースが多いのです。

「明末清初」の時代。それは現代中国の文化や思考形態、行動様式がかたち作られたルーツともいえる時代。400年前にタイムスリップして当時の人びとの生きざまに触れることは、現代中国を理解することでもあるのです。

私たちは、とかくお隣の中国を固定化されたイメージや印象でとらえてしまいがちです。 少し歴史に詳しい人なら、奈良時代の遣唐使や正倉院の宝物を思い浮かべるでしょう。 でもそれから1300年以上が過ぎ、中国は大きな変化を遂げています。国境や言葉の壁を越えて、人やモノや情報が自由に行き交うグローバル時代。 ますます存在感を増す中国の歴史をたどり、自分自身の手で情報を集め、本当の中国はどんな姿なのかを考えることは、これから社会で活躍する上で大切なヒントをみなさんにもたらすでしょう。

学生生活の4年間ほど、自由な時間をふんだんに使える時期はありません。

かけがえのない4年間。一緒に中国を巡る「旅」に出かけましょう。

PERSONAL

井上 充幸

専門領域:
地域研究, 史学一般, 東洋史
オフの横顔:
論文作成に行き詰まった時は、研究とは何の関係もない本、特に昔のミステリーをぼんやりと読んでいます。また音楽が好きで、高校時代はブラスバンドでチューバを吹いていました。今は楽器を触ることはありませんが、クラシックを中心に好きな曲を一人でこっそり楽しんでいます。