教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

小説は表の顔、娯楽作品は裏の顔。 読み解く中で見えてくるイギリスの素顔。

英米文学専攻

国際文化学域
教授

金山 亮太

ヴィクトリア女王が統治した19世紀のイギリスは、産業革命による経済発展が頂点に達し、「黄金時代」を迎えました。経済だけではありません。文壇においてもディケンズ、ハーディ、ブロンテ姉妹、G・エリオットなど数々の文豪が登場し、名作を次々と発表しました。「小説の世紀」とも呼ばれています。

そんなヴィクトリア朝時代の文学が、私の専門分野です。文豪たちの小説はもちろん、一般庶民の間で絶大な人気を誇った大衆演劇やセンセーショナル・ノベル、メロドラマなどの娯楽作品にも関心を寄せ、20年以上にわたって研究を続けてきました。たとえば代表的な大衆演劇であるサヴォイ・オペラは、壮麗な音楽をバックに役者たちがドタバタを演じる軽喜劇です。またセンセーショナル・ノベルは当時流行したミステリー/ホラー小説で、単語も構文も比較的に簡単なので一般庶民でも楽しむことができ、最後は正義が勝つという勧善懲悪のシンプルな物語が多くの人の支持を集めました。

こうした娯楽作品に私が関心を持ったのは、そこに一般庶民の価値観や欲望、時代の空気がむき出しの状態で現れているからです。複雑なプロットを駆使した重厚な小説は、本を買うお金と時間にゆとりのある中~上流階級の娯楽。それに対して多くの一般大衆は、単純明快でありながら権威を批判し、階級社会に反発するきわどいジョークを織り交ぜた娯楽作品を心から楽しみ、時には笑い、時には泣いて、日常のストレスを発散させていました。文豪たちの小説がイギリスの“表の顔”なら、娯楽作品はいわば“裏の顔”。そのどちらにも目を向けることで、当時のイギリスの本当の“素顔”を知ることができると私は考えています。

またヴィクトリア朝時代の文学研究を通じて、私は、現代社会で起きているさまざまな出来事の根本にあるものを理解するヒントをいくつも得ることができました。作品に込められたメッセージを正しく読み取るために、それが書かれた時代の社会状況や庶民の暮らし、人びとの価値観などにも研究範囲を広げるうちに見えてきたものがあります。たとえばサヴォイ・オペラに代表される大衆演劇が日本の時代劇のように古き良き時代へのノスタルジーをかき立てる「心の故郷」であり、イングランドらしい精神や文化(イングリッシュネス)の発想の起源となったこと、アングロ・サクソン系のイングランド人とケルト系住民(スコットランド人・ウェールズ人・アイルランド人)の軋轢が大英帝国という国のなりたちと深く関係していることなど、文学研究の範囲を越えて政治経済、文化、民族、宗教に視野を広げることができたのです。新たな発見が次々と芋づる式に見つかる楽しさと面白さ。それこそが英文学研究の醍醐味といえるでしょう。

そんなヴィクトリア朝時代のイギリス文学の真髄をより多くの人に知ってもらいたいから、授業では英語で書かれた原作で文豪たちの名作に挑戦します。図書館に行けば、簡単に翻訳本が手に入るかもしれません。でも日本語というフィルターを通して読むといちばん面白いところを読み飛ばしてしまい、イギリス文学の真髄に触れることができません。辞書を引きながら原文を読むことで、日本語訳では伝えきれないニュアンスや行間にある空気を読み解き、時代背景まで理解してはじめて「なるほど」と納得がいく理解ができるようになります。

大学に入ったら、人から与えられたものではなく、「これをやろう」と自分で決めて挑戦するものをひとつ見つけてください。それを4年間やり続ければ自信を手に入れることができるし、その自信が社会に出る時、大きな力になるはずです。私のおすすめは、どんなテーマでもいいから、とにかくたくさん本を読むこと。19世紀のイギリス文学は、きっと絶好の題材となるでしょう。

PERSONAL

金山 亮太

専門領域:
ヴィクトリア朝英文学研究
オフの横顔:
学生時代はミュージカルのサークルに在籍し、歌を歌ったり、楽器を弾いたりしていました。歌は、今でも大好き。以前は発声練習も兼ねてカラオケに通ったり、コンサートを良く見に行きましたが、コロナで今はそれもできないのが残念。できた時間に、自宅にあふれる蔵書を断捨離しようと計画中。