教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

慣れ親しんだ「人生の物語」を再考し、人はなぜ生きるのかに丁寧に向きあう

教育人間学専攻

人間研究学域
教授

鳶野 克己

この世に生まれ、子どもから大人へと成長し、家庭を持ち、病んで、老いて、死んでいく人間の生涯の歩みを、総合的に捉え直すための「教育人間学」を研究しています。人間とは、「物語る」生き物です。「自分はどんな人間なのか」を他人に説明する際、例えば「中学の時に、部活でとても尊敬できる先輩と出会えたのがきっかけで、その部活に打ち込み、大学でも続けました。今の自分があるのは、その先輩のおかげです」というふうに、人は自分の物語を語ります。

お気に入りの京都・出町柳あたり、賀茂川と高野川の合流風景

しかし私は、こうした馴染みの語り口によって、滑り落ちてしまうものがあると考えています。人生を振り返って物語化することは人間の性(さが)ですが、その結果、意図せずに自分という人間の最も深いところにあるものを見落としてしまうのではないか。そんな思いから、「物語るときの、語り方や語彙そのものを見直すこと」を探究しています。この観点から学生に課しているのが、「良い先生とは?」「良い友人とは?」といった問いについて、これまで使わなかった言葉で考えてみることです。こうした問いには正解がないだけに、自分の体験に基づく耳慣れた語り方をしがちです。でも慣れ親しんだ言葉遣いを我慢して、あえて別の言葉を探り、別の仕方で語ってみる。すると、自分という人間の新たな側面に気づけることがあるのです。

また近年は、「笑い」と「かなしみ」という事象にも注目しています。「物語」は人生を魅力的に見せますが、その一方で、特定の見方だけに固着させ、語る私たち自身の生き方を「物語」に縛りつけます。そうした硬直した「物語」を揺るがし、緩めるのが「笑い」です。そして「かなしみ」は、「生きることの語りきれなさ」を語り直し続けようとする力の源泉となる感情です。

「物語」を軸に、人間が生きることの意味を丁寧に考えていく。それが私の研究です。

PERSONAL

鳶野 克己

専門領域:
教育人間学
オフの横顔:
学生時代は芝居に熱中。劇団を作り、脚本を書いて自らも役者として舞台に立った。「ありのまま、が一番難しい。人生とは素を演じるための稽古場。本番は永遠に先」と語る。