教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

歴史を通してこの世界について考える

ヨーロッパ・イスラーム史専攻

国際文化学域
教授

馬場 多聞

アラビア半島の南西部に位置するイエメンと呼ばれる地域とインド洋周縁部の歴史について、研究を続けています。

イエメンは、かつては古代南アラビア諸王国が特産品である乳香の輸出などで栄え、地中海周縁部の人々から「幸福のアラビア」と呼ばれていました。しかしその後の歴史のなかでは大きく活躍することもなく、世界史の教科書にもなかなか登場しません。そのため、西アジアのなかでもエジプトやシリア、イラク、イラン、トルコなどと比べると、知名度が低いと言わざるを得ません。

ところが、歴史書を紐解いてみると、イエメンが結構重要な立ち位置を占めていたことがわかります。イエメンは紅海とインド洋をつなぐ結節点となっているため、西はモロッコから東は中国に至る地域から積み出された様々な商品がこの地を行き交うこととなりました。東からやって来たもののなかではコショウをはじめとした香辛料が有名ですが、これらはイエメンを経由してエジプトへ至った後イタリア商人へ高額で売却されました。このコショウをもっと安く手に入れたいという思いが、「大航海時代」のきっかけでした。また15世紀以降になると、紅海の沿岸部に位置するモカがコーヒーの積出港として栄えました。「モカコーヒー」という単語をきいたことがある人も多いと思いますが、これはこの港の名前に由来します。

コーヒーの輸出港として栄えたモカから見た紅海。紅くない。

私の関心は、イエメンを舞台にして展開した人や物の移動や活躍を見ていくことで、往時の世界を考え直すところにあります。たとえば、対岸の北東アフリカからは、象牙や金といった特産物に加えて、普通の人や奴隷、果ては去勢された人まで運び出されていました。彼らは、イエメンの人と結婚してイスラームに関する高名な学者を輩出する家系をつくったり、支配権力の中枢に至って絶大な力を得たり、イエメンのインフラを整えたりと、実に様々な役割を担うこととなりました。さらにはそうした血統や影響は、大なり小なり、現在のイエメン社会にも影響を及ぼしている可能性があります。こうした人々は、私たちの世界史の教科書に載るほどに有名な人物というわけではありません。しかし、それぞれが与えられた制約のなかで遮二無二生きていき、その結果社会が変容していったというところに、面白みを覚えています。

こうして改めて見てみると、王朝の政治・軍事や有名な人の歴史にはそれほど興味を惹かれず、むしろ、そうでもない人や物に関心を持つ傾向があるようです。そのひとつの理由として、学生時代の読書の経験に思い至りました。自身の専門に関する研究書や論文を読むことは当然として、関心が赴くままにいろいろな本に手を出していました。たとえば、服部英雄先生の『河原ノ者・非人・秀吉』では、被差別民が一種の職能集団として社会にとって必須の存在として生きていたこと、そして豊臣秀吉もまたそうした出自を持っていた可能性があることが、描かれています。また鶴見良行先生の『ナマコの眼』は、アジアや太平洋地域で食べられているナマコに着目した本です。人がナマコとどのように向き合ってきたのか、ナマコが社会においてどのような役割を担っていたのか、著者は考えていき、「主流」からは見落とされることとなった人々の歴史を描きます。私が対象とする舞台は中世のイエメンとインド洋周縁部ですが、これまでに光をあてられることが少なかった現象を通してこの世界を見てみたいという点で、以上に挙げた文献と共通しているように思います。

大学では、どのような学部・学域・専攻に入ることとなっても、いろいろな新しいことに挑戦すると同時に、読書の幅を広げてみてください。そうすることで、私たちがこれまで生きてきたこの世界はどういうふうに形作られてきたのか、これから生きていくこの世界を私たちはどのように見ていくのかといった点について、さらに深く考えることができるようになります。

加えて、本を読むだけに終わらず、実際に世界を旅してみてください。最上部の画像は、イエメンではなく、シリアのドゥラ・エウロポス遺跡とユーフラテス川を訪れた時のものです。ヘレニズム期からローマ期にかけて用いられた都市の遺跡であることについては本を通して知っていましたが、現地を訪れてみると(ついでにユーフラテス川の水を飲んでみると)、世界や歴史が自分とつながったような、不思議な感覚を覚えたものです。こうした経験が、人生を面白くするように思うのです。

PERSONAL

馬場 多聞

専門領域:
西アジア史ほか
オフの横顔:
東南アジアの農業や食について考えています。写真は東南アジアの農場で飛んでいるところです。