教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

人間が生まれながらに備えている「ことば」の知識を探る

国際英語専攻

国際コミュニケーション学域
准教授

杉村 美奈

例えば、「湯豆腐」という複合名詞を読んでみましょう。

「湯豆腐」は、それぞれ単独の名詞の時は、「湯(ゆ)」、「豆腐(とうふ)」と発音しますが、二つが組み合わさると、「湯豆腐(ゆどうふ)」と、二つ目の名詞の頭が濁音になります。一方で、「花束(はなたば)」のように、「花(はな)」と「束(たば)」という二つの名詞が組み合わさっても、濁音にならない複合名詞もあります。
※ この音韻現象を「連濁」と言います。窪薗晴夫(著)『日本語の音声』(岩波書店)に連濁についての詳しい記述が載っています。

また日本語では、「太郎はリンゴを昨日食べた」というように、通常は動詞が文末にくるため、「太郎は食べた昨日リンゴを」とは言いません。

私たちは、こうした母語に対する無意識の知識を有しています。また、子どもは言語の仕組みや文法を意識的に教わったわけではないのに、いつの間にか第一言語を獲得し、長い複雑な文でも話したり、理解することができるようになります。生まれてからわずか数年という驚くべきスピードで、人はどうやって言語に関する複雑な知識体系を身につけるのでしょうか。

アメリカの言語学者チョムスキーは、「人間は生まれながらにして、言語に関する知識を持っている」と考え、「生成文法」という理論を提唱しました。言語脳科学者の酒井邦嘉氏によれば「鳥が空を飛べるように」、あるいは、スティーブン・ピンカーの言葉を借りれば「クモが本能で巣を作る」のと同じように、すべての人は言語の知識を生得的に備えているというのです。私はこの「生成文法」理論に基づいて、言語の仕組みや文法体系を研究しています。

世界には6千とも7千ともいわれる言語があると言われますが、私たちはそれらのどの言語も母語として獲得する環境に置かれれば獲得できる訳ですから、それらの多様な言語に共通する普遍的な原理があるはずです。その人間に備わっている言語の知識体系を明らかにすることが、生成文法の目標の一つです。

現在、注目しているのが、「が」格といわれる格助詞です。日本語の格助詞は不思議で、例えば「太郎はリンゴを食べられる」と同じ意味で、「太郎はリンゴが食べられる」と言うこともできます。その一方で、「太郎はリンゴが食べた」とは言いません。

格助詞の「が」と「を」を置き換えてもよい場合には、いくつかの条件があります。先行研究では、述語が「状態」や「~できる」といった「能力」、あるいは「好き・嫌い」などの「感情」、「~したい」などの「願望」を表すような時、目的語につける格助詞に「が」格が使えると説明されています。
※ 久野暲(著)『日本文法研究』(大修館書店)に「が」格目的語についての詳しい記述が載っています。

このような前提のもと、文をさらに複雑にしていくと、いったいどのような場合に、「が」格と「を」格を置き換えることができるのか。その言語事実はすでに先行研究で説明されている理論にあてはまるのか、それとも別の規則原理が隠されているのか。さまざまな例文を検討し、理論的な説明を見出そうとしています。

日常的に話す言葉はもちろん、メールのテキスト、本に書かれた文章、街に掲げられた広告のコピーなど、私たちの周りには、ありとあらゆる言語があふれています。しかし無意識に獲得した言語知識だけに、そこにある規則原理にはなかなか気づくことができません。だからこそ、日常の中で目にした言葉に「なぜ、こうなるんだろう」という疑問や気づきを見つけた時は、探求心が湧いてワクワクします。

例えば、「2025年度ゼミ説明会」というチラシが2024年度に掲示されていたとします。この状況に沿って考えれば、「2025年度に開講されるゼミの説明会」という主旨の告知になりますが、読み方によっては「2025年度に行われる説明会」と解釈することもできます。こうした小さな気づきから、他の言語に共通する理論を見出せるかもしれない。それが研究のおもしろいところです。

専門知識を深めるだけでは、新しい視点で研究することはできません。私は理論言語学を専門にしていますが、例えば、音楽も好きです。そうした関係のない知識と知識の結びつきから、研究に役立つ気づきを得られることも少なくありません。表面的にはまったく異なって見える事柄が、ある瞬間にリンクした時には胸が躍るような興奮を覚えます。

皆さんも、さまざまなことに興味を持ち、自分がワクワクを感じている時の感覚に耳を澄ましてほしい。そうすればきっと、人生はいっそう豊かなものになると思います。

PERSONAL

杉村 美奈

専門領域:
理論言語学
オフの横顔:
4歳からクラシックピアノを習っていました。約8年前に再開してからは、時間ができるとピアノに向かい、ショパンやベートーヴェンなどを弾いています。クラシックコンサートに行くこともあります。最近、鑑賞したコンサートで、シューマン作曲のピアノ五重奏曲を聴いて、やっぱりいいなと感動しました。音楽を聴くだけでなく、楽典などの音楽理論をひも解くのも好きです。楽曲の構造や仕組みを分析していると、時間を忘れます。