教員コラム
文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。
文学や芸術についての学問は、「実学重視」と言われる今の時代に、「役に立たない」という批判を浴びがちです。しかし世界のあらゆる国で文学や芸術が、何千年にもわたって残っているということは、それが人間が生きる上で必要な営みであるからでしょう。私は今から約100年前、1900年前後の日本近代文学の研究が専門ですが、そのような古い時代の文学も「現代」につなげることで、大きな意味を持つことがあります。
その具体的な例としてご紹介したいのが、文豪森鷗外の妻であり、自らも小説を書いていた「森志げ」という女性の研究です。森志げは鷗外と結婚してから、その生涯で23本の小説を執筆しています。文芸雑誌「スバル」に掲載されたその作品の中に、「産」という自らの出産を極めてリアルに描いた短編がありますが、これは今読んでも「女性が子どもを生むということは、どういうことなのか」を考えさせられる、非常に優れた作品です。しかし、作品が発表された当時は、女性が「出産」というテーマを書くことに対して忌避感があったのでしょう。新聞の書評欄で批判されました。森志げの作品は、森鷗外の研究者の間でも、これまでほとんど研究されておらず、忘れられた作家だったのです。
私は森鷗外を研究する中で、森志げの作品に出会い、強い衝撃を受けました。彼女の作品を現代に問い直すことで、日本の女性文学の位置づけが変わるかもしれない、そう思ったのです。森志げのように、文学史で評価されていない作家は、他にも沢山います。そうした優れた作家、作品を掘り起こすことは、我々日本人が近代化のなかで「喪失したもの」を、再発見することにつながります。それは現代を生きる我々自身に批判をつきつけ、反省を促すことにもなるでしょう。それこそが、古典文学を研究する意味であり、「宝探し」のような楽しみでもあると私は考えています。
PERSONAL
瀧本 和成
- 専門領域:
- 日本近代文学
- オフの横顔:
- 映像•演劇•絵画•音楽鑑賞(とくにAndrei Arsenyevich Tarkovsky,Stanly Kubrick,Paul Gauguin,Gustav Mahler等の作品が好き)。実家の蔵には1万本以上のVHS等に録画した作品があり、時々上映会を行っています。 Café•Alcohol•鮨が好きです。ビール大手メーカーから依頼があり、「村上春樹作品でビールナイト♪」と題して講演をしたこともあります。