教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

他者を思いやる心を育むコンテンプラティヴ教育。 争いやいじめのない世の中をつくるための挑戦。

教育人間学専攻

人間研究学域
准教授

加納 友子

世界中で人種差別や民族対立の争いが起き、日本でもいじめや虐待のニュースが毎日のように報じられています。人びとの心が荒廃する時代を乗り越えるために、「心の教育」が叫ばれていますが、対処療法では根本的な解決はできません。そこでアメリカやヨーロッパでは、これまでとまったく異なる考え方の教育法が、いま大きな広がりを見せています。私が研究に取り組んでいる「コンテンプラティヴ教育」です。

すべての人には、他者をいたわり、慈しむ心が備わっていると考えます。コンテンプラティヴ教育は、そんな人が本来持つ「善性」に、瞑想やヨガといった「身心変容技法」を用いてアクセスし、自分自身をいつも外から客観的に眺める意識を養うことで自我(エゴ)を克服、他者を人として自然に思いやる心を育む教育をいいます。欧米では20年ほど前から注目され、高等教育にも導入。ヨガやマインドフルネスの世界的ブームを受けて広く社会に浸透し始めていますが、日本では「contemplative」の定着した日本語訳がないほど新しい領域。カリキュラムと卒業研究の一部に体系的に取り入れているのは、全国でも立命館大学文学部だけです。またこれは海外の学会で注目されはじめ、2018年には世界的な組織「マインド&ライフ研究所」の国際研究会で、本学の大学院生が専攻の教育成果を発表。2019年、米国マサチューセッツ大学で開催された学術会議でも本学の取り組みが紹介され、注目を集めました。

コンテンプラティヴ教育は、それを学ぶ学生自身の意識も大きく変えていきます。授業や実習、ゼミでの学習を通じて人を尊重する意識が育ち、互いを支えあうようにコミュニティが生まれ、白か黒か、善か悪かの二元論を超えて、より包括的な視点から物事をとらえる視野の広さと柔軟性を身に付けて成長するのです。共同性が心理的退行と誤解されたこともありましたが、学生同士の関係性は共依存的ではなく相互依存的です。パートナーやグループの協働が、ひとりでは把捉できない人間の真実へと導いてくれることを学生は体験的に学んでおり、そのかけがえのなさを理解しています。

また実習の授業では、ヨガやボディーワークを使ったコンテンプラティヴ教育の実践方法も学びます。ヨガで最も重要なポーズの一つといわれるシャバアーサナ(仰向けに体を横たえ、マインドフルに全身の力を抜いていく)を行い、深く静かに自分自身と向き合えば、きっとみなさんは今まで知らなかった別の自分のあり様に気付くでしょう。そのような気づきがコンテンプラティヴ教育で特に重要なことなのです。

実習授業の風景

今の世の中をつくっているのは、地球上に暮らす私たち人間の心です。争いごとがたえず、いじめや虐待がなくならないのは、エゴイズムや善か悪かの二元論の世界に人びとの心が閉じ込められているからです。コンテンプラティヴ教育を通じて、自他を俯瞰する視点とマインドフルな意識を養うことは、物事をあるがままに受け止め、他者を尊重する心を育てます。それがやがては戦争や紛争のない次のステージへと進む道を開くと、私は信じています。

多様性の時代に己の信念を持ちつつも、しなやかに生きていくために、教育者をめざす方だけでなく、多くのみなさんにコンテンプラティヴ教育に関心を持ってほしいと思っています。

PERSONAL

加納 友子

専門領域:
コンテンプラティヴ教育、教育人間学
オフの横顔:
小学生の頃はバードウォッチングが趣味。中学時代は天文部で、星や月を見て胸をときめかせていました。今も鳥や星を見るのは大好きです。