教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

「黄昏」は、「誰そ彼(そこにいるのは誰)」だった。 変わり続ける日本語、1000年の長い旅。

日本語情報学専攻

日本文学研究学域
教授

岡﨑 友子

夕暮れ時を「黄昏(たそがれ)」といいますね。これはもともと「誰そ彼(たそかれ)」で、この「かれ」は、今の日本語の「あれ」に(同じではないのですが、ほぼ)あたる指示詞。平安時代以降、この「か」はだんだんと使われなくなり、現代語では「あ」となっています。

「かれ・あれ」だけではありません。「これ」「それ」「こう」「そう」など他の指示詞にも、それぞれ長い歴史と物語があります。では、それらは古代語ではどのように使われ、時間の流れの中でどのように変化し、現代語のようになったのでしょうか。私はそこに強い興味を抱き、いわゆる「こそあど」とよばれる指示詞の歴史をずっと追いかけてきました。

指示詞の歴史をひも解くと、面白い発見がいくつもあります。たとえば奈良時代に成立した『万葉集』にみられる指示詞は、3つめ系列「か」がほとんどなく、「こ」と「そ」の2系列です。「か」が頻繁に登場するのは平安時代になってから。さらに奈良時代以前には「こ」の1系列しかなかったといわれます。奈良時代になって、それが2つになり、平安時代に「か(あ)」が加わって3系列になったと推測できます。きっとむかしの人びとは、ものを指差す言葉を、近くのもの、遠くのもの、中間にあるものと、それぞれ区別できるようにしていったのでしょう。言葉の世界は、新たな発見に満ちた、わくわくワールドです。

研究にあたっては、国立国語研究所が開発した「日本語歴史コーパス」「現代日本語書き言葉均衡コーパス」と呼ばれる日本語データベースをツールとして使います。コーパスは、奈良時代から現代までのあらゆる文書資料を網羅し、高度な検索・集計も可能です。日本には『万葉集』をはじめ、日本語で書かれた文書資料が多く残されています。私たち研究者は、そうした資料を丹念に分析しながら研究を進めていきますが、資料ひとつひとつから、目視で例を集めていたのでは、時間がいくらあっても足りません。「日本語コーパス」は、そんな研究活動をさらに早く、データは大量に、そして正確におこなう目的で構築された基礎資料のインフラ。開発プロジェクトには私自身も共同研究員の一人として参加し、コーパスを研究にどのように生かすか、主に運用面での調査研究に携わりました。

「日本語歴史コーパス」Webサイト画面

「日本語歴史コーパス」「現代日本語書き言葉均衡コーパス」は、日本語研究を志望する学生や研究者にとって、いわば必須のツール。日本語情報学専攻は、このコーパスを使った日本語の研究教育に特化して2年前にスタートしました。専攻には、国立国語研究所の主任研究員としてコーパス開発に携わった小椋秀樹教授もいらっしゃり、「コーパス入門」をはじめ多彩なプログラムを通じて、コーパスを高度に使いこなすスキルを学ぶことができます。その他、男女の言葉遣いの違いや方言など日本語の豊富なバリエーションをとりあげたり、「こ・そ・あ」で聞き手が感じる距離感の違いを簡単な実験でテストしたり、幅広く、楽しく学べる工夫をしながら授業を行っています。

日本語の資料は奈良時代から1000年あまりの蓄積があります。日本語はたえまなく変化し、現代でもその変化は起こっています。その変化をたどる研究は、まるで霧の中をさまようような難しさがあります。でも多くの文献にあたり、先人たちの知恵と最新技術の力も借りて分析を続けていると、それまで目の前を覆っていた濃い霧が晴れて、変化の道筋がはっきりと見えてくる瞬間があります。その感動が、研究者としての自分を支えるモチベーション。私はそれをみなさんと共有できればと願っています。日本語研究で身に付けた観察力や情報収集力、分析力は、さまざまな仕事の場面で大きな力になり、プライベートでも人生を豊かなものにするでしょう。日本語の世界を、わくわく愉快に、楽しみながら勉強しましょう。

PERSONAL

岡﨑 友子

専門領域:
日本語史(文法史)、コーパス日本語学
オフの横顔:
休みの日は、漫画やアニメなどのサブカルチャーを楽しんでいます。漫画やアニメは、日本の古典をモチーフした作品も多く、読み進める中でその手がかりを見つけ出しては、一人ウキウキしています(笑)。映画も大好きです。見たいものがあれば1人で映画館へ行くことも。また身体を動かすことが好きで、最近はダンスを練習中。子どもと遊ぶ時間も、もちろん大切にしています。