2023.03.20 TOPICS

未来の生活必需品のミッシングピースを探る。立命館大学シンポジウム「五感統合とnew essential」を開催

 2月21日に立命館大学は、オンラインシンポジウム「五感統合とnew essential ―分子・認知・工学の融合が導く未来のウェルビーイング―」を開催しました。本イベントは、RARA(Ritsumeikan Advanced Research Academy/立命館先進研究アカデミー)の中核研究者である人間の多感覚情報統合や食行動を探求する和田有史先生(本学食マネジメント学部教授)や、人間拡張を研究する持丸正明先生(国立研究開発法人産業技術総合研究所・人間拡張研究センターセンター長)など、7名の先端研究者が登壇し、五感統合とその拡張について講演とディスカッションを行いました。

シンポジウムに登壇した東原先生、小早川先生、和田先生、稲見先生、鳴海先生、持丸先生、石川先生(左から)
シンポジウムに登壇した東原先生、小早川先生、和田先生、稲見先生、鳴海先生、持丸先生、石川先生(左から)

多様な研究者をつなぎ、未来を切り開く先進的な学術・研究領域を創生する

 立命館大学は、2021年度に次世代研究大学として未来社会に貢献する研究を牽引する拠点としてRARAを設立しました。ここでは、所属する中核研究者(RARAフェロー)同士の融合や、他大学・他研究機関との連携を通じて、新たな研究分野・学際領域の創造を目指しています。今回のオンラインシンポジウムも、その一環として開催されました。

 開会の挨拶ではRARAアソシエイトフェローである和田先生が、「分子・認知・工学の名だたる先生方にお集まりいただき、未来の生活必需品(new essential)のミッシングピースとは何だろうというテーマで、面白い話をしようと企画しました」と、本イベントの趣旨を説明。近年、情報工学の著しい発展により、メタバースなどの仮想空間や身体・認知能力の拡張などが「未来の生活必需品」となりうることが現実味を帯びています。しかしその普及を妨げているミッシングピースがあると和田先生は指摘します。

 「例えばコロナ禍を経て、zoomなどの遠隔通信技術は既に生活必需品のようになっています。しかし、zoomミーティングは定着しても、zoom飲み会は定着しなかったように、そこに何かの物足りなさ(ミッシングピース)があることを私たちは感じています。そこを探り・埋めていく技術や知見を我々は創りたいのです」

 また和田先生は、そのピースのひとつが「五感統合」ではないかと提言。本日の登壇者たちもこの考えに賛同するメンバーであり、生命科学や認知脳科学、人間工学の分野から複合的にアプローチすることで、未来のウェルビーイングを導くピースを創り出していきたいと締め括りました。

「ヒトも環世界に生きている」と、シンポジウムの骨子を語る和田先生
「ヒトも環世界に生きている」と、シンポジウムの骨子を語る和田先生

五感を意識的に編集することで、心にリアルを創らせる

 シンポジウム前半には、3名の研究者がステージへ。まず登壇したのは、東原和成先生(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)です。「嗅覚と環世界」というタイトルで、嗅覚研究に携わる東原先生の知見を紹介。これまで嗅覚は、五感の中で視覚や聴覚に比べて劣等感覚と見なされてきました。しかし近年解明が進んだことで、396種類もの嗅覚受容体が数十万種類以上の香り物質の情報を脳に伝達している高度な嗅覚メカニズムを有していること、だからこそ匂い情報の制御が困難であり、嗅覚の活用の妨げになっていることを説明しました。一方で、母子の絆を高める赤ちゃんの匂いや、植物が匂いを使って情報伝達をしている事例を挙げ、生物は潜在的に嗅覚での対話を活用していることを紹介。これからの技術開発により、嗅覚を効果的に活用する未来はありうることだと話しました。

東原先生の嗅覚の研究は、農学領域における新しい応用の可能性を開くものとして期待されている
東原先生の嗅覚の研究は、農学領域における新しい応用の可能性を開くものとして期待されている

 続いて登壇した小早川達先生(国立研究開発法人産業技術総合研究所上級主任研究員)は、「五感の中の味嗅覚 ―ヒトにとっての”自然な感じ”とは―」というテーマで講演しました。認知脳科学者の知見から、自然世界に適応しながら遺伝により緩やかに進化してきた動物とは異なり、ヒトは社会・住環境・文化などを学習しながら脳による適応で、遺伝に比べ圧倒的に短い時間で環境に対応し生存権を獲得しながら進化してきた種であることを紹介。それゆえヒトは視覚・聴覚をメインにしながらも、味覚・嗅覚・触覚を含む五感を脳で統合しながら、さまざまなことを認知していると説明します。これら脳による認知の仕組みを踏まえ、多様な感覚をバランスよく使うことがウェルビーイングに繋がるだろうと、小早川先生は考えを述べました。

小早川先生は、経験と文化によって味覚や嗅覚が変化していくと述べた
小早川先生は、経験と文化によって味覚や嗅覚が変化していくと述べた

 シンポジウム前半を締めくくるのは和田先生です。「食行動に関わる顕在意識と潜在意識」をテーマに、「イメージを他人と共有できるのか」という問いかけから講演ははじまりました。食の心理学者である和田先生が所有する多彩な実験データとともに、美味しいそうという判断には潜在的な学習が影響しているが、これは食に関わらずさまざまな行動においても同様であり「心がリアルを創っている」と解説。「我々が先端技術に対して感じる『何か物足りない』という感覚は、心にリアルを創らせることで解決できるのではないか。僕はそこに夢を見ていて、本日登壇されたような研究者の方々たちと技術を繋ぐ取り組みをしています」と想いを吐露しました。

 また、今世紀に入り「多感覚知覚」、つまり人間は複数の感覚を統合して知覚を作り上げていることが、重要なキーワードとして語られるようになっていると解説。VR技術による五感操作で食べ物への印象が変化する実験例などを示し、多感覚知覚を活用した新たな食味体験の創出や、食品への印象操作が可能なことを伝えました。また食品会社との共同研究で、植物性食品に対するマイナスイメージを変える試みをしていることを紹介し、フードテックと心理学のコラボレーションにより新しい食の世界が開かれる未来を会場に予感させました。

さまざまなデータとともに、「多感覚知覚」について説明する和田先生
さまざまなデータとともに、「多感覚知覚」について説明する和田先生

科学技術で拡張した身体に、五感を統合させるのがこれからの課題

 シンポジウム後半には、身体の自在化、心の自在化、人間拡張、フードテックを研究テーマとする4名が登壇しました。

 まず、人間の身体をシステム的に理解・設計する研究に取り組む稲見昌彦先生(東京大学先端科学技術研究センター教授)が、「身体の自在化からこころの自在化へ」をテーマに話しました。なお、テーマにある「自在化」とは、機械やコンピュータを駆使することで、人がやりたい作業をより思い通りに行えることを意味します。講演ではNHKの番組でも取り上げられたVR空間でけん玉を練習する実験動画などを交えながら、VR空間で学習の速度を加速できることや、ロボット義肢による身体拡張の事例などを紹介。近い未来、身体のDX化により身体とこころを自在化してネットワーク網を行き来し、場所や年齢・身体性能に捉われない生き方ができるようになると稲見先生は語ります。その上で、DX化した身体にどのように身体とこころのつながりを再定義してリンクさせていくかが課題になると指摘しました。

さまざまなデータとともに、「多感覚知覚」について説明する和田先生
「自在化」と関わる、これまで取り組んだ研究について解説する稲見先生

 続く鳴海拓志先生(東京大学大学院情報理工学系研究科准教授)は、「五感統合の編集による感覚と自己のデザイン」をテーマに、心の自在化に関わる自身の研究について講演しました。VRとは現実そのものの再現ではなく、リアリティのエッセンスを再現する技術だと定義し、人間は五感を再編集することでVR内の現実を変えていけることを、研究室で海老天1本を食べるときにプロジェクションマッピングで天ぷら屋を再現するだけで味や香りの感じ方が変わる実験などとともに紹介しました。さらに鳴海先生は、VRでアバターを使い分けることで、自分の中の多面的な人格を引き出して活用して生きる新しい生き方が生まれるだろうと予測。五感体験をデザインすることが、自分自身をデザインすることに繋がる、そんな未来の到来を予感させる内容でした。

鳴海先生は「五感体験をデザインすることが、自分自身をデザインすることに繋がる」と未来を示唆した
鳴海先生は「五感体験をデザインすることが、自分自身をデザインすることに繋がる」と未来を示唆した

 また石川 伸一先生(宮城大学食産業学群教授)は、「フードテックの現状と五感拡張への期待」というテーマで話題を提供しました。植物性代替肉や人工培養肉、3Dフードプリンタ、ロボティスクなどのテクノロジーの最前線を紹介したうえで、ただし人間がそれを「美味しい」と捉えるには壁があると指摘。さらに五感統合によって個々の美味しさの感じ方を拡張することで、その問題を解決するだけでなく、新たな価値を創造できないかと提言し、登壇者たちによるディスカッションへと繋げました。ディスカッションでは、メタバース空間での五感の活用について話が展開。さまざまな意見やアイデアの応酬が続きました。

フードテックの現状を紹介する石川先生
フードテックの現状を紹介する石川先生

五感拡張でバーチャルエコノミー圏に参入。世界で戦える日本をめざす

 シンポジウムを締め括る形で登壇し、閉会の挨拶も務めたのが、RARAフェローである持丸正明先生(国立研究開発法人産業技術総合研究所・人間拡張研究センターセンター長)です。

 人間工学の研究者である持丸先生は、まず健康支援、介護支援、業務支援サービスへの応用に取り組んだ自身の研究事例を紹介。さらに内閣府が推進する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の関係者でもあることから、本日研究者たちから紹介された「五感拡張で遠隔・バーチャル技術のミッシングピースを埋めよう」という取り組みが、国を挙げてのバーチャルエコノミー事業につながっていることに触れました。

バーチャルエコノミー拡大に向けた取り組みを紹介する持丸先生
バーチャルエコノミー拡大に向けた取り組みを紹介する持丸先生

 バーチャルエコノミーとは、バーチャル空間を活用して人の身体性・社会性能力を拡張し、その価値をリアル空間に還元することによって産み出される新しい経済圏のことです。持丸先生はユニバース(現実空間)とメタバース(仮想空間)を繋ぐ第3の空間を「インターバース」と表現し、日本がバーチャルエコノミー先進国のアメリカ、ドイツに次ぐ地位を獲得するには、インターバースを実現する五感のセンシングや再現技術、クロスモーダル(感覚間相互作用)な技術が必要であることを強く訴え、シンポジウム参加者や視聴者への協力を呼びかけました。

 立命館大学では、今回のシンポジウムのような取り組みを通じて、多様なトップ研究者たちが分野を横断し研究を融合させていくことで、未踏領域の研究を開拓していきたいと考えています。これからの取り組みにどうぞご期待ください。

今回のシンポジウムは、守隨佑果さんによるグラフィックレコーディングで、講演内容やディスカッション内容がリアルタイムにまとめられました
今回のシンポジウムは、守隨佑果さんによるグラフィックレコーディングで、講演内容やディスカッション内容がリアルタイムにまとめられました

NEXT

2023.03.16 TOPICS

【+Rな人】"陸上競技は自分が最も輝ける場所" 大学での競技生活を糧に新たなステージへ 壹岐あいこさん(スポーツ健康科学部4回生)

ページトップへ