地域社会が抱えるさまざまな課題の解決は、大学に期待される最も大きな役割となっている。立命館大学では、1999年4月という早い時期に、地域を軸とする新たな研究領域・方法の開拓、より良い地域社会の形成に貢献する「地域科学」の構築と実践を目的とした研究機関である地域情報研究センターを衣笠キャンパスに開設した。その後、大阪茨木キャンパス(OIC)への移転を契機に研究所へ昇格するとともに、研究対象をアジア各国の地域課題へと拡大した。以降、地域情報研究所は総合的な現代地域科学の確立をめざした研究活動を続けている。グローバル化がますます進行する現代社会の中、本研究所が果たすべき役割やビジョンについて、所長の森裕之(政策科学部教授)に伺った。

地域、国家、世界を見据えて社会問題を取り扱う

本研究所が掲げる地域科学とはどのような学問なのだろうか。森所長は以下のように説明する。

「アメリカではRegional Scienceとして1950年代以降に体系化された学際的な学問です。たとえば、道路を整備したらそこを中心に経済や社会が発展するなど、地域で起こる現象は多面的で、互いが影響し合う複合的なものでもあります。このような地域をより深く理解するため、経済学、行政学、地理学、都市計画学、社会学、心理学などを学際的、総合的に探究するのが地域科学です」

また、地域科学は、地域の経済成長、都市開発、人口動態、環境保護、交通計画、コミュニティなど、地域社会の持続可能な発展に関わるテーマを扱うことが多い。本研究所でも、地域社会のニーズに基づいて、より良い地域社会づくりをめざした研究テーマを設定し、学外の各機関と連携・共同で研究を行っている。

「地域や都市は自立していながらも、より広域な地域や国家、世界の動向の影響を受けています。地域とはそうしたさまざまな広がりが重なり合ったものだと捉えることで、社会の変化をよりリアルに理解できると考えています。また、ローカルな地域での実践が、国の制度改革へと発展する道筋が社会進歩の正攻法です。そうした研究を展開し、世の中で起こるさまざまな社会問題を解決するための理論的・実践的な視座を提供することが本研究所の使命です」と、森所長は語る。

たとえば、本研究所の初代所長である村山皓名誉教授は、京都市選挙管理委員会の依頼による『京都市民の政治意識調査』のメンバーとして活動し、調査結果に基づいた研究を行ってきた。これらは選挙の実施や啓発事業の基礎資料となると同時に、民主政治への市民参加について多くの知見を提供している。

当初は衣笠キャンパス内に設置されたことから、舞鶴市、八幡市、亀岡市など京都府内の自治体を中心に、他府県との連携実績を積み重ねてきた。森所長は本研究所が担ってきた役割を「地域連携を軸とした研究活動と産学官連携を通して、政府、自治体、企業、市民などとのネットワークを拡大・高度化させてきた」と話す。

「世の中で起こるさまざまな社会問題を解決するための理論的・実践的な視座を提供することが本研究所の使命」だと語る森所長

2015年4月、本研究所のメンバーの多くが所属する政策科学部のOIC移転に合わせ、本研究所もOICへ移転した。設立16年目のことで、同時に研究センターから現在の研究所への昇格も果たした。森所長はその経緯を以下のように話す。

「それまでの研究実績が認められたことはもちろんですが、OICのキャンパスコンセプトである『都市共創』『地域・社会連携』『アジアのゲートウェイ』は本研究所の研究領域・対象と重なります。その推進母体として、本研究所の果たす役割の重要性が高まったことが背景にあります」

移転によって本研究所の活動領域は、より広がりのあるものになった。社会・地域連携の範囲が大阪府にも拡大するとともに、『アジアのゲートウェイ』を体現すべく、研究対象をアジア地域の諸課題へと広げている。政策科学部・政策科学研究科にアジアからの留学生が増加すると同時にアジアとの研究交流が盛んになり、以前にも増してグローバルな研究環境が整ったこともその一因となっている。

国際的な連携で考えるアジアの未来

本研究所では、3つの重点研究プロジェクトを進めている。それぞれがいくつかのユニットで構成されており、研究所全体として非常に多面的な研究が進められている。

第1の重点研究プロジェクトは「アジア・フューチャー・プロジェクト」で、OICのコンセプトの一つ「アジアのゲートウェイ」の発展をめざした活動の一環としてスタートした。アジアの各所で顕在化しつつある資源獲得・開発競争、日本の「内なる国際化」、東アジア地域のサステナビリティ、再生可能資源に関する地域循環モデル、高度人材育成、公共政策としてのリスク教育など、政治学や環境学など多彩な視点からアジアの将来を展望している。

たとえば、アジアの資源獲得・開発競争の研究ユニットでは、特にエネルギー資源、水資源、水産資源をめぐる国家間の競争と協力の循環を事例として取り上げている。政策科学部、経営学部、総合心理学部、国際関係学部のほか、APUや他大学、さらには海外大学を含めた学際的な共同研究を実施しているのも特長である。東北財経大学(中国)、国民大学・世宗研究所(韓国)、モンゴル戦略問題研究所・モンゴル国立大学(モンゴル)、サハリン大学(ロシア)、中央アジア各国を包含するOSCE Research Networkなどとの国際連携を深め、海外の学会などで成果発表を積極的に行っている。

また、日本の「内なる国際化」の研究ユニットでは、アジアや欧米の進んだ社会制度の分析を通して、今後の日本が構築すべき共生社会に必要な仕組みを考察している。たとえば、高齢者ケアをめぐるグローバル化の問題をアジアにおける家庭内のケアのアウトソーシング化の動向から考えたり、北欧福祉国家のユニバーサル・サービスの不安定化と世界的なポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりという2つの現象の議論からポピュリズムを抑える福祉政策のあり方を探るなど、それぞれユニークな視点の研究が行われている。

2024年11月、ノルウェー、ドイツから研究者招いた国際シンポジウム「北欧福祉モデルは2020年代において大きな揺らぎの時期に直面しているのか? 北欧と日本対話」を開催。高齢化、経済的圧力、ポピュリズムの台頭など福祉国家の直面する課題について認識を深め、解決策について興味深い議論が交わされた。

地域の人々とともに北摂を再発見する

第2の重点研究プロジェクトは「北摂地域における社会文化資源の再発見と発信に関する学際的研究」である。OICの地元である大阪府・北摂地域を対象に、地域特有のソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の取り組みにおける支援者支援・制度、社会文化的・歴史的資源の整理・再発見、社会文化的・歴史的資源のデジタルコンテンツによる発信などを研究テーマとしている。

このうち支援者支援と制度の研究では、地域の少年・加害者更生保護の専門家・実務家との協働を行っている。大阪府全域の出所者支援に取り組む一般社団法人「よりそいネット大阪」との連携や事業への参加、支援者団体との協賛によって加害者の背景や治療手段について学生が学ぶセミナー開催などを進めている。

また、社会文化的・歴史的資源のデジタル化では、カナダ・アルバータ大学kule高等研究所などとの国際共同研究に取り組んでいる。茨木市などと連携して研究成果を地域に発信・還元する活動にも力を入れ、防災に関するVR展示、仮想空間/メタバース体験イベントなどを実施している。

産官学による防災をテーマとした共創を推進。2024年5月の「いばらき×立命館DAY 2024」では、茨木市や防災製品メーカー、防災食メーカーなどと協力し、OIC近隣住民とともに体験しながら防災知識を学ぶ「防災ミッションラリー」を開催した。

人口減少社会の都市政策を考える

第3の重点研究プロジェクトは「人口転換期におけるアジアの都市政策研究プロジェクト」である。アジアの都市において急速に進む都市化と少子高齢化による縮小化を焦点に、都市政策の分析を行っている。立命館アジア・日本研究所と緊密に連携し、海外大学との研究ネットワークを構築・充実させていることが特色である。本学とノースウェスタン大学との協力協定における初の英文学術書として、本プロジェクトの研究成果をまとめた著作を発刊したほか、世界の研究者を招いた国際シンポジウムも定期的に開催している。

都市のジェントリフィケーション(富裕化政策)、超高齢社会の新しい地域ガバナンスなどのテーマで都市政策の研究を進める中、2024年度からは新たな国際連携研究として、世界各都市における循環経済システムの調査研究を開始した。その一環として、日本では北九州市と京都市において共同調査を実施した。

また、新しい都市のあり方にとって重要なコミュニティの再生を目的に、デジタル地域通貨の実践的な研究も進んでいる。OICと茨木市が連携した社会実験として、2023年11月から「いばくるコイン」というデジタル通貨がリリース、現在も発展中である。さらに、大学コンソーシアム京都との連携で、「京カレッジ市民教養講座」の中の「京都市政策情報講座」を開講し、京都市の都市政策情報を市民に共有している。

「いばくるコイン」の発行や通貨流通のための仕組みづくりを研究。コミュニティ通貨の、地域連携や地域の人々の間のつながりを活性化させる機能に期待した取り組みだ。

研究成果の社会実装や発信を重視

本研究所の研究活動の概要を見ると、地域科学の「学際性」とともに、「国際性」と「実践性」という特色が浮かび上がってくる。森所長は、中でも実践性や社会実装の重視について、次のように語る。

「本研究所の研究活動は社会科学をベースにしており、研究手法としても、フィールド調査のような社会とつながりながら課題を発見し考察する実践的な方法を重視しています。集団やコミュニティの中に入って研究する参与観察のような手法を用いる研究者も数多くいます。具体的な社会課題と対峙するスタンスが特徴の一つといえるかもしれません。

これからの人口減少社会では、企業や産業の誘致や若者層の取り込みといった政策が通用しにくい世の中になっていくでしょう。地域をどう運営していくのかみんなが主体的に考え、足腰の強い地域経済や社会をつくる取り組みが求められていきます。本研究所は持てるリソースを投入して、そうした取り組みに寄与する存在でありたい。経済、政治、社会、環境などさまざまな知見を集め、ソーシャル・イノベーション(社会変革)を起こしていきたいと考えています」

研究のための研究ではなく、問題解決に役立つことを目標に実証研究や政策提言につながる研究を実践しているのである。それだけに研究活動の発信にも心を砕き、論文や著作はもちろんシンポジウムも頻繁に開催している。紀要を年に1回刊行するほか、適時に発行できるディスカッション・ペーパーの発行も始めた。また、社会的に注目度の高いテーマではメディアを通じた積極的な発信にも力を入れている。

2024年度からはホームページ上で「京都市民の政治意識調査の資料」を公開した。これは、京都市の都市政策の基礎となる市民の政治意識を歴史的に分析する上で貴重な資料である。また、地域文化情報のデジタル化、オープンデータ化によって、一般の人々が検索・学習ができるプラットフォームの提供もめざしている。

次の世代を幸せにする地域科学の実践

若手研究者の育成については、「次世代の研究を支える研究者を育てる」ことに注力する。フィールドでの研究など実践的な取り組みを重視し、自治体やNPOと連携して政策の現場に入り調査や分析を行うなど、知見を育みながら実践する機会を与えている。また、国内外で開かれる学会での研究発表、海外現地調査などへの参加を奨励し、国際レベルの研究者との人的ネットワークを構築できる環境も用意している。

「人材育成については優秀な研究者を大切に育てるという考え方で、密なディスカッションや対話ができる研究環境を用意しています。『地域情報研究所の研究室で活発な議論をすることで、研究の質を上げていくことができた』『新たな観点から研究対象を考えるきっかけとなり、のちの研究活動のベースになった』など、地域情報研究所から巣立っていった若手研究者も少なくありません。少し厳しい目で研究に深く立ち入って議論するなど、じっくりと育てていく伴走型の育成をめざしていきたいです」と森所長は話す。

若手研究者の発表の機会や、同世代や先輩研究者、ベテラン研究者と常に議論できる場づくりなど、研究者育成環境の整備にも余念がない。

最後に、森所長に本研究所のビジョンについて伺った。

「よく自助、共助、公助と言いますが、これらはどれかがあったら何とかなるというものではなくて、全部必要なものです。一人で生きていくお金があっても、他者とのつながりなしに幸せといえるでしょうか。また、コミュニティ内のつながりで生きている人々の生活も、公的な制度がなければ成り立ちません。本研究所は、自助=個人、共助=コミュニティ、公助=行政のすべてをトータルに見ていくと同時に、それぞれの分野の専門的な知見を蓄積できる懐の深さを持ち、地域に暮らす人々の幸せのために貢献することをめざしていきたいと思います」

財政危機や地域経済の衰退、インフラや空き家の問題、独居や貧困、不登校など、私たちの暮らす地域の課題は山積みである。世界の研究機関や研究者、地域政策の実践者たちと連携しながら課題の解決を図る地に足のついた研究活動で、地域の未来を確実に変えていく、本研究所の今後に大いに期待がかかる。

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