2025.01.09 TOPICS

【知の拠点を訪ねて】産官学連携でサスティナブルな社会・環境を創造する 琵琶湖・環境イノベーション研究センター

50種を超える固有種が生息し、近畿地方の「水がめ」として1,400万人の生活を支える琵琶湖。琵琶湖・環境イノベーション研究センターは、琵琶湖から得られた知見をサスティナブルな社会・環境のモデルケースとして発信することを目指して活動を続けている。その歴史と現状、未来について、センター長の久保幹(生命科学部教授)に伺った。

琵琶湖から展望する環境の未来技術

琵琶湖・環境イノベーション研究センターの起源は、1994年4月、びわこ・くさつキャンパス(BKC)開設時にさかのぼる。理工学部はBKC移転をきっかけに、生物工学科、環境システム工学科の増設、情報学科の改組など大きく拡充。さらに学部から独立した研究組織として、受託研究や共同研究の受け皿となる各分野の研究センターが設立された。その中で環境系の研究組織として活動を開始したのが「環境総合研究センター」で、2004年には琵琶湖の環境を研究の主軸に置いた「びわこ環境研究センター」に改組した。

その後、2010年には「琵琶湖Σ研究センター」として再出発する。センター名の「Σ(シグマ)」は、「総和、協調」といった意味を持つ言葉。幅広い専門領域の学内研究者や外部機関などとの連携によって、琵琶湖や環境に関わるより総合的な研究を行うセンターとして特色のある活動を展開した。

こうした基盤のうえに、2020年、琵琶湖・環境イノベーション研究センターが発足した。改組の意図を久保センター長は、次のように説明する。

「琵琶湖や琵琶湖周辺の環境にかかわる研究成果を広く社会に発信・還元するという基本コンセプトは、前身のセンターから継承しています。それに加えて、社会との接点をより広げ、社会実装を加速させるという意味を込め、センター名に『イノベーション』という言葉を冠しました。基礎研究だけでなく応用研究にも重点を置き、産学連携や地域貢献へとリーチを拡大することによって、社会に役立つ活動を行うことが目標です」

さらに、久保センター長は、琵琶湖や琵琶湖周辺を対象とした環境技術研究の意義についても言及する。

「10万年以上の歴史を持つ湖を『古代湖』と言いますが、琵琶湖は約400万年前に誕生したとされる日本で唯一の古代湖です。古代湖では独自の生物進化が起こりやすいため、琵琶湖には数多くの固有種がいます。また、琵琶湖疏水、淀川水系の多くの都市に水を供給する、水がめとしての役割も注目すべきものです。

一方で、琵琶湖は今、さまざまな問題を抱えています。高度経済成長期以降、都市化による環境汚染が進行。リンなどが蓄積したことによる富栄養化や農地からの化学肥料流入などによる栄養塩バランスの変化、外来水生生物・外来魚の増加による固有種の減少などが顕在化し、地球温暖化の影響も顕著になっています。琵琶湖周辺ではシカやイノシシなどの獣害、森林の荒廃、さらには琵琶湖と人々の暮らしの関わりが希薄になっているといった問題も指摘されています。

古代から現在まで続く長い歴史、水資源や漁業・観光産業など人や社会との濃厚な関わり、自然環境の保護など多様な問題が存在し、しかもそれらが複合的に関わり合っているのが琵琶湖の現状です。こうした問題に向き合う本研究センターの環境技術研究は、湖沼、水域、流域環境全般の保全や改善だけでなく、サスティナブルな社会・環境のモデルケースとして広く国内外に展開できる意義の大きなものだと考えています」

他にない琵琶湖の特色を踏まえた環境技術研究の意義を語る久保幹センター長

環境負荷の低い水質浄化技術の開発

研究内容は水質、土壌、大気の3つの環境要素を中心に、観測ネットワークシステムも加えた幅広い領域にわたる。いくつかの研究内容を具体的に見ていこう。

本センターの一員である熊谷道夫(総合科学技術研究機構客員教授)の研究テーマは「琵琶湖の全循環の解析と環境保全」である。全循環とは、湖面近くの酸素豊富な冷たい水と湖底の酸素が少なく温かい水とが入れ替わる現象で、生態系を保つうえで重要な役割を果たす。しかし、1980年代後半から、地球温暖化の影響で全循環が十分に起こらなくなってきており、アユやビワマスの減少や湖底の生物の減少など環境の悪化が進んでいるという。熊谷は、こうした環境調査を継続的に実施するほか、「Wave Pump」と呼ばれる波を動力源にしたクリーンな水中ポンプで、冬の冷たい表層水が湖底へ流入する自然の仕組みを援ける技術を開発した。

ユニークなのは、琵琶湖の現状把握のための自動計測や全循環サポートシステムの開発を小学校から高校生の子どもたちとともに取り組む計画を立て、クラウドファンディングを募ったことだ。琵琶湖の環境問題について人々の関心を高める狙いもあったこのプロジェクトは、目標額100万円の4倍以上の支援を得て大成功を収めた。

「クリーンエネルギーで琵琶湖の危機を救う!琵琶湖の深呼吸「全循環」の復活を目指して」と題してクラウドファンディングを募集。集まった資金で調査研究活動を進めている。

琵琶湖のような都市化が進む水域の環境保全に役立つ研究も行われている。副センター長・惣田訓(理工学部環境都市工学科教授)は、微生物や植物を用いた生物学的廃水処理、中でも有機物、窒素、金属類の除去を専門に研究している。生物学的廃水処理は、速度は緩やかだが、薬品や電力の消費が少ないために低コストで環境負荷が低く、コントロールがしやすいというメリットがある。石油天然ガス・金属資源開発機構と協働した人工湿地による鉱山廃水の処理技術研究、和歌山県工業技術センターとの水生ミミズを活用した都市下水の余剰汚泥除去研究など数々の成果を蓄積。近年は、ベトナムやインドの大学と交流し、現地の水環境問題のための適正技術を追究している。

湿地における微生物や植物の働きを活用し、人工湿地をつくってマンガンを含んだ廃水を除去するシステムを研究する。除去するものに応じて、湿地の機能をデザインする。

産官学の有機的な連携でイノベーションを起こす

一方、久保センター長が取り組むのは、微生物を用いたバイオマス資源循環の研究である。土壌中に生息する微生物の数を測定する技術を開発。さらに、土中の微生物量のほか、窒素やリンの循環活性、土壌中のバイオマス量などの解析により、農耕地土壌の肥沃度を診断する新技術「SOFIX(Soil Fertility Index:土壌肥沃度指標)」の開発に成功した。

こうした技術を活用して、琵琶湖の水質と湖底土中の微生物との関係を調査。ヘドロが堆積し水質の汚染が進んでいる琵琶湖南湖では、北湖に比べ湖底土中の微生物が100分の1程度しかないことを明らかにした。

近年は大学ベンチャーを設立し、滋賀県の有機農業における持続可能な地域循環システムの実現をめざした産学共同の実証実験に参画している。SOFIX分析技術を用いた土壌分析や施肥設計から、農産物の生産・販売・消費に至るまでを一連の事業ととらえ、地域資源の循環モデル確立に取り組んでいる。さらに、土壌を改善する有機肥料「SOFIXパウダー」も開発した。農産物の栄養価や食味、収量、日持ちが向上するとともに、肥料成分が河川や湖に流出するのをかなり抑制するという。

化学肥料と比べ20パーセント程度の収量増加が見込める、高度化有機肥料「SOFIXパウダー」。緑が鮮やかになったり、日持ちや栄養価が向上する効果もある。

久保センター長は、産学連携研究のねらいを次のように話す。
「琵琶湖周辺の農耕地から化学肥料や農薬が琵琶湖に流入することが水質汚染の原因の一つになっていますし、琵琶湖の水質改善には農地の土壌環境をよくすることが非常に重要です。そのためには、われわれの研究・開発した技術を世の中に伝え実際に多くの人に使っていただかなければいけない。イノベーションを起こすためにも、産業界と積極的に連携していきたいと思っています」

「琵琶湖」「環境」の研究機関として存在感を高める

こうした積極的な産学連携は、本センターの特徴でもある。理工学部環境都市工学科、ロボティクス学科、機械工学科、電子情報工学科、生命科学部生物工学科、創薬科学科、情報理工学部情報理工学科など多彩なメンバーが集まり、センター内はもちろん学外の企業・自治体などの共同研究も活発だという。

「多彩なメンバーが集まっており、さまざまなバックグラウンドを持つ研究者が議論を交わすことで今までにない発想が生まれる」と久保センター長は本センターの強みを語る。研究者同士の交流機会も定期的に設けており、中でもメインイベントとなるのが研究交流会である。各研究室が口頭やポスター発表を行い、他分野の研究を知り刺激を受けるよい機会となっている。また、学部生や大学院生の研究発表も実施し教育の場としても機能しているという。

2年に1回は立命館大学生物資源研究センターと合同で、国内外の研究者を招いたシンポジウムを開催している。一般も含めて100人程度の参加者があり、琵琶湖や環境問題への関心の高さがうかがえる。

生物資源研究センターと立命館グローバル・イノベーション研究機構「気候変動に対応する生命圏科学の基礎創生」プロジェクトとの合同で開催したシンポジウム【地球資源×グリーンイノベーション】

これから、センターとしてどのようなことに力を入れていくのだろうか。最後に、久保センター長に尋ねた。

「琵琶湖に関すること、環境に関することなら、まずはこのセンターに問い合わせてみようと思ってもらえるよう、存在感を高めていくことが目標です。現在でも全国の自治体や企業などからの相談が寄せられ、お話を聞いてテーマと合致する研究者を紹介していますが、そうした機会をもっと広げていければと思っています。
そのためにも、本センターらしい研究活動を国内外へ発信していく必要があります。研究活動の充実のために、メンバー間の連携をさらに活性化させたいし、チャレンジングな試みを支援する環境も整えていきたい。センター全体で共通の研究テーマに取り組むことも検討中です」

すでに待ったなしのところまで来ている環境問題に対して、本センターが世界に対してどのような発信を行い、イノベーションを巻き起こすのか。今後の活動が大いに楽しみである。

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