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  • ISSUE 25:
  • AIと○○

AI時代に求められる逆転発想による創造的な思考

未知の事態に生きる価値工学・リスクマネジメント

澤口 学テクノロジー・マネジメント研究科 教授

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AIが急速に浸透する中、企業はこれまでの経験則では太刀打ちできない事態に直面しながら持続的に成長していくことが求められる。澤口学は、逆転的な発想で「不便」の可能性に着目し、「価値工学における不便益の可能性」を提唱。また同様に逆転発想によるリスクマネジメントについても研究している。

IEからQC、さらにVE(価値工学)へ

AIがあらゆる産業分野に急速に浸透し、ビジネスも、人の働き方も、大きく変えつつある。「AI時代には、企業は今まで経験したことのない未知の事態に直面しながら、経営やリスクをマネジメントし、価値を創造していくことが求められています。20世紀以降、科学技術(固有技術)とともに、企業の成長に不可欠なものとして発展してきた管理技術においても、それは同様です」と、澤口学は語る。

最近の研究で澤口は、管理技術の一つ「価値工学:VE(Value Engineering)」において、「AIからBI(Benefit of inconvenient:不便益)への可能性」というユニークなアイデアを提起し、学術界に留まらず、実業界にもインパクトを与えている。

管理技術とは、固有技術を支え、業務を効率的・効果的に遂行するための技術を指す。澤口によると、20世紀以降、工業製品の大量生産が可能になる中で、必要とされるようになってきたという。「1911年、アメリカで『科学的管理法』が提唱され、製造現場の作業を標準化して工程を管理・改善する技術として『IE(Industrial Engineering)』が誕生しました。これが、管理技術の始まりです」。その後、統計的な手法を使って製品工程の品質管理を行う「QC(Quality Control)」が提案される。これが、製造現場の「品質管理」に大きく貢献することになった。

「日本では、1920年代に富国強兵・殖産興業政策のもとで、企業でもIE理論が導入され始め、第二次世界大戦後にIE・QCが本格的に導入されていきました。高度経済成長期には、IE・QCの普及によって低コスト・大量生産でも高品質の維持が可能になり、日本の製造業の発展に大きく貢献しました」

一方「VE」は、1947年にアメリカで誕生した管理技術で、日本語では「価値工学」と表現される。「VEは、ゼネラル・エレクトリック社で、調達費削減の手法として開発されました。製品やサービスが本来備えるべき『機能』を分析して明確にし、その機能を低下させることなくコストを低減し、価値創造を目指す設計技術です」と澤口は説明する。日本では1970年代のオイルショック後、変動相場制に移行し、円高ドル安基調になる中で、最初は主にコストダウンに有効な管理技術として知られるようになったという。製品の機能は低下させず、デザイン思考でコストパフォーマンスの高いものを設計しようというVEの手法は、当時は特にコスト削減に苦労していた輸出系の製造業、自動車や家電、精密機械などのメーカーを中心に導入されていった。

「不便」がもたらす価値に注目し、「不便益機能」を提案

VEが対象とする「機能」には、「使用機能」と意匠性や美観といった「魅力機能」の2種類がある。1980年代以降、VEは単なるコストダウンの手段ではなく、高付加価値の製品の企画・開発といった、より製造の上流段階にも適用されるようになっていく中で、「魅力機能」も重視されるようになっていった。「しかし魅力機能は、いわば『加算型』です。1991年のバブル経済崩壊後、一見便利そうにみえる商品が、実際は品質・機能・デザインが過剰になり、結果的に使い勝手が悪くなっているという例が数多くみられるようになりました」

こうした加算型のアプローチに限界を見た澤口は、使用機能や魅力機能とは異なる第3の機能の可能性を考え始めた。そこで着目したのが、「不便益」という考え方だ。「『不便益』とは端的に言えば、逆転の発想で、ユーザーにあえて物理的・心理的な手間をかけさせ、積極的に不便にすることによって、ユーザーの満足感(益)を高めるという考え方です」と言う。ここから澤口は、VEにおいて、第1の機能(使用機能)、第2の機能(魅力機能)に次ぐ第3の機能として、新たに「不便益機能」を提案した。「多機能化や高機能化を追求するだけでなく、心の安らぎや達成感など、個人の精神的豊かさを高めることが、新たな価値になるのではないか」というのだ。

澤口は、第1の機能(使用機能)がユーザーにもたらす価値を「便利」、それを阻害する要因を「不便」と読み替えて横軸に、ユーザーがもたらす効用の質を「益」と「害」として縦軸において、不便益機能を整理している。「AIの進展によって、自動車の自動運転が普及したら、便利にはなるでしょう。しかし運転を楽しみたいドライバーにとっては、自動運転はかえって『害』となる機能かもしれません。全てを自動にするのではなく、使用機能の一部をマニュアル化し、ある程度不便益機能を実現することで、ドライバーは『私だけ感』を味わえる。それによって真の顧客満足=益を高めることが可能になるのではないかと考えています」と言う。

最近の研究で澤口は、この逆転発想の「不便益」の概念を顧客満足のためだけでなく、製造現場に適用する可能性も探っている。「モノづくり現場にもAIやロボットが導入され、製造の自動化が進んでいます。これによって生産性が高まる一方で、製造現場で働く人の働きがいや満足度が奪われるという『害』も発生しています。ここに『不便益』の概念を援用し、例えば熟練の技が必要な工程は、あえて自動化せずに人に任せることで、生産性を下げることなく、現場の作業者のクラフトマンシップや尊厳を高め、やりがいを持って働ける製造現場をつくることにも寄与できるのではないか」と澤口。関連領域の研究者と連携し、検討を進めている。

予測不可能な道のリスクに唱える逆転発想のアプローチ

一方で澤口は、AI時代に求められるリスクマネジメントにも関心を持っている。澤口によると、従来のリスクマネジメントは、危機を避け、損失を回避するための手法とされてきた。具体的には「企業活動を脅かす恐れのあるリスクを発見・分析してそれが及ぼす影響を把握し、合理的で経済的な方法とコストでリスクを管理する活動」であるという。例えば製造現場では、「人間は不注意な動物である」という前提の下、機械や設備面で安全対策を施すことはもちろん、「KYT(危険予知訓練)」や「KYK(危険予知活動)」、「リスク研修」の徹底などが行われてきた。「こうしたアプローチには一定の効果はあるものの、時間の経過とともにマンネリ化、形式化しやすいという課題があります」

2000年代以降、注目されるようになったのが、「失敗学」に基づくリスクマネジメントだ。「過去のさまざまな失敗事例から学び、類似の失敗を二度と繰り返さないように対策を考える」というアプローチだ。「失敗学会」では、過去の不具合事例(失敗事例)をデータベース化して公開し、リスクマネジメントに生かす試みも行われている。「失敗から学ぶというのは重要な考え方で、賛同するところも大いにある」としつつ、澤口は「その反面、過去の事例にだけこだわっていると、未知のリスクには対応できない可能性がある」と指摘する。とりわけAIなど既存にない新しいテクノロジーが普及していく現代にあっては、過去の経験から未来にどのような失敗が起こり得るのかを予測することはできなくなっている。

そうした中で澤口が提唱したのが、「逆転の発想」で行う創造的なリスクマネジメントだ。これは過去の経験に固執するのではなく、デザイン思考で発生の可能性の高いリスクを予測するというアプローチだ。

危険を起こす方法から逆転発想で対策案を考える

逆転発想アプローチの原点は、旧ソビエト連邦で開発された「サボタージュ・アナリシス」という手法にあるという。「サボタージュ・アナリシス」は、主にテロ対策手法として開発されたもので、「最初に自分が破壊工作員になったつもりで、テロなどの危険を起こす方法を考え、その後反転させてその対策案を考える」という非常にユニークな方法である。

澤口は、これまで「TRIZ(トリーズ)」といわれる管理技術について研究してきた。「TRIZ」は、「Teoriya Resheniya Izobretatelskih Zadatch(発明的問題解決理論)」というロシア語の頭文字を英語読みしたもので、旧ソ連で生まれた技術問題解決手法を指す。管理技術やリスクマネジメントに関する知見のほとんどが、アメリカを中心とした欧米で蓄積されてきた。その中で日本ではまだ注目する人の少なかった「TRIZ」の研究から、同じく旧ソ連発祥の「サボタージュ・アナリシス」を知るに至ったという。この手法を参考に、企業のリスクマネジメントに適用できる手法として澤口が再開発したのが、逆転発想による創造的リスクマネジメントだ。

逆転発想アプローチは、過去の経験から不具合(損失)を探索するのではなく、まず不具合を「実現したい事柄」と捉え、「どうすれば、不具合を起こせるか」と、不具合の実現方法を創造的に思考する。その中で導き出した数々の不具合実現方法に対し、対策を講じていくというプロセスを踏む。澤口は、「STEP 1:対象システムの設定」から「STEP 2:リスク(不具合)状況の整理」、「STEP 3:有害機能の体系化」、「STEP 4:リスクネックゾーンの把握」、「STEP 5:リスク発生アイデアの創造」、「STEP 6:リスク発生リソースの把握」、「STEP 7:リスク発生シナリオの作成」、そして「STEP 8:リスク回避対策案の作成」まで、詳細なリスクマネジメントプロセスを構築・提示している。

実際、この逆転発想による創造的リスクマネジメントを実践した日本の企業の事例も報告している。ある大手道路管理会社では、交通管制システムを構築するにあたり、過去の経験則では予測できないリスクがあることを考え、逆転発想によるリスクマネジメントを実践した。「まず危険を達成するためのアイデアを出し、それに基づいて危険シナリオを作成。そこから想定されるリスクとして、武力攻撃やテロリスク、津波などの水害リスクが導き出されました。従来型のリスクマネジメントでは、情報漏洩などの人的リスクが重視されていましたが、逆転発想によるリスクマネジメント手法を用いることで、それ以外の多様なリスクが浮き彫りになりました。その半年後、東日本大震災が発生し、東北地方が大規模な津波の被害に見舞われました。過去の経験によりリスクマネジメントを行っていたら、きっと津波のリスクは想定されなかったでしょう。本リスクマネジメントが功を奏した事例の一つだといえます」と説明した。

AI時代において、新たな価値を創造する、また未知のリスクに備える。その両方に「逆転発想」のデザイン思考が活かされている。

関連サイト

澤口 学SAWAGUCHI Manabu

テクノロジー・マネジメント研究科 教授
研究テーマ

1. “技術進化パターンに着目したシステマティック・イノベーション”の研究
2. “次世代商品企画・開発マネジメント”や“新興国と日本間の効果的なモノづくりアプローチやPBL(Project Based Learning)型授業の最適設計 ”に関する調査研究
3. “AI時代に適したデザイン思考型リスクマネジメントに関する研究”など

専門分野

デザイン学、社会システム工学・安全システム、経営学