【知の拠点を訪ねて】先進のロボティクス技術で社会課題を解決する ロボティクス研究センター
人間の役に立つロボットを創造するロボティクス(ロボット工学)は、AIなど情報技術の進展に伴って社会実装の範囲をますます拡大している。介護や医療、災害救助、警備、農業、観光、エンターテインメントまで。さまざまな業界で、労働力不足、業務の効率化、生活の質向上などさまざまな課題を解決する、期待の技術である。立命館大学ロボティクス研究センターは、1994年にその前身が設立されてから30年、最前線でロボティクス研究にまい進する。その活動内容やビジョンについて、センター長の平井慎一(理工学部ロボティクス学科教授)に伺った。
現場に存在する課題や問題を起点とした技術研究
ロボティクス研究センターは、1994年、理工学部がびわこ・くさつキャンパス(BKC)に移転した際に受託研究・共同研究の受け皿として設立された6つのセンターのうちのひとつ「ロボティクス・FA研究センター」を前身とする。当時、理工学部は、企業に共同研究を呼びかけるとともに拠点となる研究棟建設への寄付を募集し、先陣を切って「ロボティクス・FAセンター棟」が竣工した。産業界のロボティクス技術、そして本センターへの期待の大きさがうかがえる。
センター設立当時について、平井センター長は次のように振り返る。
「当時の大学には、産学連携をあまり歓迎しないという風潮がまだまだありました。そんな中、学部として大学として広く産学連携に取り組んでいこうという姿勢を打ち出したのは革新的だったと思います。
『ロボティクス』という言葉もまだあまり一般的ではありませんでした。そこで、実際の生産現場に活かす研究をしていることを明確にするため、産業界を席巻していたロボット技術『フレキシブルオートメーション』の略である『FA』をセンター名に冠しました」
ロボティクス研究センターとして10年、前身の時代から通算すると30年もの歴史を刻む研究機関に継承されてきたのは、「社会に存在する実際の問題や課題を起点に技術研究を行う」という姿勢である。平井センター長は、社会や企業の課題、つまりニーズを起源とした研究を重視する意味を次のように話す。
「まず、工学はそもそも課題を解決する学問なので、社会の課題を解決する研究開発を重視するのは当然だという認識があります。さらに、実験室や自分の頭の中でだけ考えていると、視野が狭まり行き詰ってしまうこともありますが、いろんな業界の人に会って困りごとを聞き現場に出かけて情報を収集することで違う視点が提供されるのもメリットです」
平井センター長は、学生時代に企業と連携してエアコン組み立てラインのFA化に取り組だという。次の研究テーマを探しているときに思い出したのが、エアコン工場で目に入ったコードやチューブなどの配線。それを機に、硬い素材から軟らかい素材へと関心を移し、現在は柔らかい素材を用いて新たな機能を発現させるロボット技術、ソフトロボティクスを専門分野とするようになった。このほかにも、連携が研究活動の刺激になった経験は多いと話す。
強みを生かして国家プロジェクトに取り組む
また、連携研究をセンターのメンバーと協力して取り組む意義も大きいという。「ロボティクス分野は幅広い技術の集積が必要とされます。本センターには機械系はもちろん情報系、電気系、生物系、薬理系、スポーツ健康系など多彩な専門分野の人材が揃っており、企業のニーズに応じたソリューションを提供できる点が強みだと思います」
多士済済の本センターの強みを生かすことになった事例の一つが、2018年から実施された国家プロジェクト「戦略イノベーション創造プログラム(SIP)第2期」である。製造などの現場(フィジカル空間)の情報を高度・高効率に収集・蓄積し、仮想空間(サイバー空間)と融合させるサイバーフィジカルシステム(Cyber Physical Systems:CPS)の構築を目的としたプログラム。本センターは、その一環として、フィジカル空間のデジタルデータ処理について研究するプロジェクトに参画した。
従来のロボットによる自動化が遅れている、多品種少量生産や、対象物が多様な形状や柔軟性・摩擦などの特性を持つ製造現場を対象とした自動化を研究。AI技術を活用した力や触覚の認識、高分子材料を利用したソフトハンド、多次元データを入手するための高分子材料センサなど多くの要素技術を統合し、CPSの構築につながる大きな成果を上げた。
食品からインフラまで多様な領域の課題に対応
本センターの研究領域は、非常に幅広い。水中・空中など人の作業が困難な場所で活躍するフィールドロボット、生体信号や運動機能計測を利用して医療・看護・福祉などの分野で働く生体ロボティクス、画像処理・センサ技術、ハンドリング技術を活用して生産現場で働く生産ロボティクスのほか、知能ロボットティクス、インタラクティブロボット、ロボットの機構・デバイスなどの研究も行われている。社会と連携した研究開発について、具体例を紹介していただいた。
王忠奎(理工学部ロボティクス学科准教授)が研究するのは、食品加工など軟らかいものを扱う業界共通の課題となっていた自動化システムである。カキフライ製造工程において、衣をつけたカキをロボットハンドでつかむのは難しく、トレーに入れる作業は人手に頼るしかないという食品加工企業の課題から共同研究をスタートした。王研究室は、素材と構造に工夫した今までにないタイプのソフトなロボットハンドを開発。カメラとAIで対象のカキフライを認識して位置を確認し、軟らかく不定形で量もまちまちな半冷凍カキフライをつかんでトレーに運ぶ工程の自動化に成功した。このプロジェクトは、農林水産省の食品産業労働生産性向上技術導入実証事業にも採択された。
平井センター長も、ソフトハンドの開発による食品マニピュレーション(操作)システム、農産物の選果場システムなどを研究する。また、導電布や導電糸、エストラマーなど柔らかい素材を用いたセンサやセンサアルゴリズムの開発を進めている。
加古川篤(理工学部ロボティクス学科准教授)は、人間が作業することが不可能な場所で働くフィールドロボットの開発を手がけている。最近では、企業や自治体と連携し、下水道などインフラ用の埋設管などを点検するロボットの開発プロジェクトを推進。ジグザグの形で動き配管内の複雑な曲がりやT字分岐を通過することが可能なM字連結車輪型管内検査ロボット「AIRo」や、万一電源系統をすべて失っても緊急脱出可能な機構を備えた配管内検査ロボット「Xbot」など、ユニークな技術開発で大きな評価を得ている。
下ノ村和弘(理工学部ロボティクス学科教授)は、視覚・触覚センサを中心にロボットのセンシング・知能化技術をテーマとする。カメラを用いて触覚情報を画像として取得する技術を研究。ローラー状のセンサ面を転がしながら広い範囲を連続してカメラでとらえセンシングする技術を開発し、エビの殻や魚の骨、ミンチ肉中の骨など、柔らかい食品中の硬い異物を検出する技術などに応用している。
本センターでは、研究成果から蓄積した設計・エンジニアリング技術などを提供するスタートアップ企業の設立をめざす動きもある。企業化は、特許収入などの収益につながり、民間企業からの投資なども含めて資金調達の多様な道を拓く。
「研究資金が安定的に確保されることで、特に若い研究者にとっては研究環境の整備による実績の蓄積につながります」と平井センター長。将来有望な研究者を育てる基盤の確立が、企業化の一番のねらいのようだ。
シーズとニーズを車の両輪に技術研究を展開
本センターは学生の教育にも力を入れており、研究室単位でさまざまな取り組みを行っている。平井センター長の研究室で例年開かれている、ロボットハンドによるマニピュレーション(操作)の能力を競うコンテストもその一例だ。研究室の主な研究テーマの一つである食品マニピュレーションをテーマに、「ワインを注ぐ」「いくら丼の盛り付け」など毎年課題を決めて学生が挑戦する。実際に課題に取り組みながら発想力を磨き、身につけた知識や技術を応用する学びの場だ。上位入賞者は、国際会議で発表するチャンスが与えられるなど、学生の学びや研究に対するモチベーションを高める機会にもなっている。最近では、学外で行われるコンテストへの参加も奨励しているという。
近年、力を入れているのは情報発信力の強化である。ロボティクス関連の展示会などに参加して産業界への情報提供に努めるとともに、アカデミアについても国際会議などで研究者との交流を深め海外の研究者を招いた講演会やシンポジウムを開催している。接点を増やすなかで、共同研究などさまざまな協働のチャンスを広げていきたいと考えている。「学外の人から『そんなこともやっていたの』と言われることが多い。今まで以上に、しっかり情報発信をしていきたい」と平井センター長は話す。
また、国内外の研究機関との連携も積極的に進めている。2024年9月には、立命館大学総合科学技術研究機構が京都府農林水産技術センターと連携および協力に関する協定を締結。農林水産業の研究機関との協働により、農業分野に応用するロボット技術の新たな展開が期待される。
「大学の研究というと、シーズありきというイメージがあったと思いますが、やはりニーズに応える研究との両輪が大事だと考えています。企業などから困りごとや課題をどんどん相談していただいて、その解決に向けて一緒に取り組んでいける研究センターでありたいと思っています」と平井センター長。技術的ブレイクスルーを実現して事業活動をサポートしつつ、先進的なロボティクス技術を先導する存在として、本センターの進化は今後も止まりそうにない。