地域編

ラテンアメリカを知る

1. ラテンアメリカについて

ラテンアメリカは、南北アメリカ大陸にまたがり、メキシコ以南の国々を指す。従来は、ラテン系言語を使用する国のことであったが、それ以外の国も含まれるようになった。主な使用言語はスペイン語であるが、国によって表現やフレーズがやや異なる。

ラテンアメリカは美しく豊かな自然と資源を有している。アマゾンのジャングルやガラパゴス諸島のようなユニークな生態系はよく知られているが、それ以外にも起伏に富んだ地形がもたらす多くの動植物や昆虫存在する。洋蘭のカトレアや美しい青色で人気のあるモルフォ蝶などが有名である。馴染みある食べ物では、トマトやとうもろこし、じゃがいもがラテンアメリカから世界に広まった。チョコレートの原料であるカカオもラテンアメリカからもたらされたものである。鉱物資源では豊富な金や銀がスペイン帝国や欧州列強に狙われ、植民地化されたことは歴史で習ったであろう。宝石類の産出も多く、ブランドバリューのあるブラジルのパライバトルマリンやコロンビアのエメラルドの他、ダイヤモンドやラリマー、ラピスラズリなども採掘されている。

豊かな資源、特に金・銀や貴石はスペインなどの列強に搾取された。コロンブスの「新大陸発見」がラテンアメリカに与えた影響は大きい。スペインの侵攻により、それまで存在していた高度な文明、マヤ文明・アステカ文明・オルメカ文明・インカ文明は滅びていく。マヤ暦やピラミッドに関わる数学や天文学の高度な知識、灌漑技術などで知られるこれらの文明は、ヨーロッパの鉄器文化に滅ぼされる。スペインなど欧州の影響の強いコロニアル文化が主流になるが、近年廃れかけている先住民文化を維持・復活させようとする動きもあり、言語や伝統工芸の発展・拡大に力を入れている地域もある。

植民地化により、カトリックへの改宗、白人と先住住民族の混血によるメスチーソが生まれてくる。白人をトップにした支配構造が出来上がるが、現代における白人、メスチーソ、原住民族、アフロ系、移民系の割合は国によって異なる。移民系の民族の中には、日系人も含まれる。日本は南米への移民政策を進めていた。ペルーの元大統領はアルベルト・フジモリ、日系人である。

植民地時代の社会構造は、現代にも大きく影響している。スペイン人による大土地所有制(アシエンダ、エスタンシア)は先住民を低賃金で雇い、場合によっては農民から土地を収奪した。後に、欧米諸国によりプランテーション農業が資本主義経済の一つの形としてラテンアメリカに持ち込まれるが、従来の大土地所有制と類似したものに止まり、富の寡占が続く。このような経済システムは非支配層の反発につながり、メキシコ革命などが起こった。20世紀半ばになって農地改革が行われたところもあるが、いまだに大土地所有制に苦しむ国もある。経済的な自立や政治的民主化の動き、インディオの抵抗、反米闘争などが勃発した。それらの活動のリーダーとして連合国家グラン・コロンビアを作ろうとしたシモン・ボリーバル、キューバ独立運動に貢献したホセ・マルティ、キューバ革命のリーダーであるチェ・ゲバラなどがよく知られている。

1960年代以降、ラテンアメリカは政治的・経済的な重要性を再び持ち始める。しかし、1980年代の新自由主義経済は、ブラジルなど急に国際経済の表舞台に駆け上がってきた国以外は、緩やかに経済力を上げていった。特に2010年代に入るとコロンビアのように経済成長による変化がはっきり見える国も出てきた。一方でベネズエラのように国内の困窮から540万人に及ぶ国外避難民を作り出している国もある。ラテンアメリカにおいても、それぞれの国の中においても貧富の差が拡大している。そのため、平等な社会を目指して社会主義に傾倒するグループによるゲリラ活動とそれに反目する自衛団などの衝突から来る暴力が激化した。それと並行して、麻薬カルテルのような犯罪組織が急激に力をつけ社会に大きな影響を持つようになった。非合法経済活動はグローバル化の進展とともにさらに発展し、他国の犯罪組織と協力体制を構築し、世界中に影響力を持つまでになった麻薬組織もある。

陽気で音楽やダンスが好きなラテンアメリカ人たちは、資本主義経済の価値では測れない豊かさを持っている。しかし、現在国際社会で主流の資本主義経済、民主主義政治の中では後進であり、先進国からの支援のあり方や国の進むべき方向とその手段など様々な問題を抱えている。

2. 学習・研究の方法

大学で学習・研究するにあたり、何が知りたいだろう?好きなことから始めるのも良いし、偶然発見した知らないことから始めてみるのも良い。映画や小説などをみて研究の足がかりを探すのも良いだろう。この世の中のすべてのものに権力と金が関わっているし、歴史に影響を受けている。それらは、一国内のこともあれば、国際社会との関係であったりもする。

例えば、スペイン帝国による金銀の搾取は外交問題であり、国際社会のパワーバランスであり、戦争とその賠償や支配・被支配の問題でもある。そして、スペインとラテンアメリカの関係のみならず、スペインと他の欧州列強との関係でもある。つまり、この問題は、政治・経済・外交(国際関係)の話なのである。さらに、金銀の採掘の際の労働力と労働条件、さらには、採掘の方法と、廃坑になったあとなどを考えれば人権や環境問題についての考察が必要になろう。

もっと身近な話題として、チョコレート(カカオ)やコーヒーなどの食べ物について考えてみてもいい。これは文化であると同時に、政治・経済・外交の問題である。場合によっては、宗教も関わってくる。映画「ショコラ」(2000)にさらっと欧州でチョコレートがどのように捉えられていたのか、が描かれている。『チョコレートの歴史』を合わせて読むと社会構造や身分、商品化・商業化など「大衆の嗜好品」として変化する様を理解できるであろう。文化は政治によって抑圧されも、推進されもするのである。

研究の手順としては、気になる事柄を探し、それに関する資料を探そう。気になる事柄について何冊か本を読めば、現状や問題点、そこから派生する事柄に目がいくようになるだろう。いくつか集まった引っ掛かりポイント(ここでは、問題点や派生する事柄)の中から、自分がより突き詰めて考えたい分野を決めて欲しい。そこが「学術的研究」のスタートである。

3. 参考文献

(1) 入門書

  • オリヴィエ・ダベーヌ,フレデリック・ルオー,オレリー・ボワシエール(著)太田佐絵子(訳)(2017)『地図で見るラテンアメリカハンドブック』原書房
  • 後藤政子・山崎圭一編(2017)『ラテンアメリカはどこへ行く』ミネルヴァ書房
  • 松下冽(2019)『ラテンアメリカ研究入門<抵抗するグローバル・サウス>』法律文化社
  • ラテンアメリカ政経学会編(2014)『ラテン・アメリカ社会科学ハンドブック』新評論
  • 松下冽他編著(2021)『日本の国際協力 中南米編:環境保全と貧困克服を目指して』ミネルヴァ書房

*「〇〇を知るための○章」という国別に概要をまとめた入門書もある。

(2) 発展的な資料

  • 歴史学研究会編(1993)『南北アメリカの500年(全5巻)』青木書店
  • グレッグ・グランディン(2008)『アメリカ帝国のワークショップ』明石書店
  • 歴史的記憶の回復プロジェクト編(2000)『グアテマラ虐殺の記憶』岩波書店
  • 網野徹哉(2017)『インディオ社会史』みすず書房
  • 遠藤十亜希(2016)『南米「棄民」政策の実像』岩波現代全書
  • 国本伊代編(2015)『ラテンアメリカ 21世紀の社会と女性』新評論
  • ジョン・ヘミング著国本伊代・国本和孝訳(2010)『アマゾン 民族・征服・環境の歴史』東洋書林
  • 染田秀藤・関雄二・網野徹哉編(2012)『アンデス世界 交渉と創造の力学』世界思想社
  • 根川幸男(2020)『移民がつくった街サンパウロ東洋街:地球の反対側の日本近代』東京大学出版会
  • 中田秀樹(2013)『トウモロコシの先住民とコーヒーの国民 人類学が描きえなかった「未開」社会』有志舎
  • 幡谷則子(2019)『ラテンアメリカの連対経済 コモン・グッドの再生を目指して』ぎょうせい
  • フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ, エンソ・ファレット(2012)『ラテンアメリカにおける従属と発展−グローバリゼーションの歴史社会学』東京外国語大学出版会
  • ロランド・アルバレス, マルタ・グスマン(2018)『キューバと日本 −知られざる日系人の足跡−』彩流社

(3) 学術ジャーナル

  • ラテンアメリカ・レポート(アジア経済研究所)
  • Latin American Perspectives (SAGE journals)
  • Journal of Latin American Studies (Cambridge University Press)
  • Latin American Research Review (Latin American Studies Association)
  • Bulletin of Latin American Research (Blackwell Publishing)
  • Latin American Weekly Report
  • The Hispanic American Historical Review (Duke University Press)
  • Third World Quarterly (Taylor & Francis)
  • Granma

(4) インターネットサイト

4. おまけの資料

  • 伊高浩昭(2003)『コロンビア内戦−ゲリラと麻薬と殺戮と』論争社
  • 工藤律子(2016)『マラス 暴力に支配される少年たち』集英社
  • ソフィー・D・コウ,マイケル・D・コウ,樋口幸子訳(1999)『チョコレートの歴史』(河出書房)
  • トム・ウェインライト著 千葉敏雄訳(2017)『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』(みすず書房)
  • T・J・イングリッシュ著 伊藤孝訳『マフィア帝国ハバナの夜 ランスキー・カストロ・ケネディの時代』(さくら舎)
執筆者:福海 さやか
執筆日:2022年12月更新