専門編

国際関係学の学び方

1. 国際関係学を政治領域から学ぶ

国際関係学とは、学問である。学問とは、これまで当たり前と思われてきたことへの「問い」から始まる。学問なる営みは、今まで自明のことと思われていたことの「虚構」を暴き、「真理」を探究することにある。

では、国際関係学とはどのような学問なのか。端的に言えば、国際社会において現れる様々な事象を政治・経済・法・文化など諸領域から多面的に捉え、総合的に理解しようとする学問である。それゆえ、具体的に起っていること具体的に解説したり理解したりするものではない。

仮に、ある同一の事象について分析したとしよう。政治的領域から見た場合に得られる知見と、経済領域、法領域、文化領域から見た場合に得られる知見には、それぞれ違いが生じる。だからと言って、どの領域の分析方法が良いのかどうかを問い争うことはない。それは事象を見る視点や分析の方法の違いを反映したものであり、その対象は同一のものなのである。したがって、国際関係学の立場は、そうした多面的な視点から得られた知見を結び付け、それぞれの知見の関係性を踏まえ、分析対象である事象の全体像を解明しようとするところにある。

国際関係学は、およそ戦間期(Between the Wars:第1次世界大戦終結から第2次世界大戦勃発までの時期)に、第1次世界大戦をなぜ生み出したのか、またなぜ防げなかったのかという課題から生み出されたと言われている。それゆえ、いかに武力対立という状況を回避し、紛争を平和裏に処理するのかという問題意識を背景に持つ実践的な学問である。その草創期は、政治および法領域に重点をおいた研究が中心であったと言えるが、代表的な研究者に、E・H・カー(Edward Hallett Carr)、ハンス・J・モーゲンソー(Hans Joachim Morgenthau)、フレデリック・シューマン(Frederick Lewis Schuman)らがいる。また、日本における国際関係学研究について見ると、創成期においては、主に国際政治学からのアプローチが主流であったが、その代表的な研究者に、永井 陽之介、高坂 正堯、神谷 不二、蝋山 道雄、衞藤 瀋吉、花井 等、坂本 義和、武者小路 公秀、関 寛治、鴨 武彦、岡倉 古志郎らがいる。

従来、国際関係学というと、米国で見られたように、国際政治領域、国際法領域、国際経済領域から構成されるものと考えられてきた。しかしながら、人間の行動やその背景にある価値観へのアプローチという点で弱さが存在した。本学部では、この課題に向き合い、これを乗り越えるために、1988年の開設時より(今や、当たり前のことであるが)、文化・社会領域を組み込んだ三位一体ならぬ四位一体のものとして国際関係学を創り上げてきた。その意味で、本学部は、今日の国際関係学の発展の先駆をなす教育・研究機関と言えよう。

さて、国際関係学の特徴は、①現代国際社会を「総体」として理解すること、②日々変化する国際社会の実態をとらえること、③「受容」ではなく、自ら自発的に問題を発見し、それを解き明かしていくことにあると言えよう。そこで、国際社会の全体像、つまりその構造とダイナミズムを理解する上で必要となるのが、「理論」と「歴史」である。様々な諸事象は、突然発生したものではなく、その背景として歴史的な経緯を持つものである。そして、かかる事象に意味を与え、普遍化する理論が必要となる。

国際関係学は現代の国際社会を「総体」として理解するところから出発するが、だからと言って、個別の存在を無視しても良いと言ことにはならない。「国際社会の全体として構造とダイナミズム」と「個人や人間集団、国家、地域、地方などの個別の存在」がどのような関係にあるのか(国際社会と自己、国家と自己などの結びつき方、関係性を意識すること)という観点からアプローチすることが大切である。つまり、「全体」と「個」の関係から国際社会を「総体」として見ることが必要なのである。

かくして、国際社会において発現する様々な問題に対して、①政治と経済との関係、②当該する問題に至る歴史過程、③その背景にある独自の価値観や文化的要素への視点をもって向き合い、その関連性を問うことに国際関係学の醍醐味がある。

国際関係を政治領域から捉える場合、まず注目すべき点は、国内社会と国際社会の違いである。国内社会の特徴は、統治機関としての政府が国内に居住するすべての人々に対して、統一的なルールを適用し、これに従わせ強制することが可能な世界である。一方で、国際社会は、主権国家の総体であることから、国内社会のように統一的なルールを強制する統治機関を持たない。つまり、主権国家に対してこれを強制する実体的な上位の統治機関は存在しないがゆえに、国際社会は、主権国家間の力関係によって左右されるアナーキー(無政府)な世界と考えられている。ここが政治領域から国際関係を見る出発点となる。

だが、国際社会はアナーキーであるからと言って、国際社会において築かれた規範やルールを国益と称して、それを勝手に破っても良いということにならない。

こうしたアナーキーな状況は所与のものでも自然発生的なものでもない。国家に体現される政治権力と政治権力の関係の中で構築されてきたものである。つまり、国際社会における共通の利益は、発見されるものではなく、国際社会を構成する様々なアクター(国家、機関、運動体、企業体、個人など)が知恵を出し合うことを通じて生み出されてきたのである。

例えば、仮に、あるいくつかの国家や国際社会を構成するアクターのリーダーたちが、現代において核兵器の使用は許されないと考えるようになったとしょう。これは一部のリーダーたちの主観的な考えではあるが、他の国々のリーダーたちもそうした考えを持ち、共鳴するようになったとすれば、ここに共通認識が成立することになる。この共通認識の成立が政策決定などに対する具体的な行動規範となり、国家をはじめとする国際社会を構成するアクターのリーダーたちの行動を制約する(=国際秩序の形成)ことになる。

そうした意味で、国際関係を政治領域から見た場合、こうした国際秩序を具現するものとして国際法が存在し、そのルールのものとで、国家やその他のアクターがどのように行動するのか(または、しているのか)、そして未来に向けてどのような秩序を創り出していくのかが問われることになる。すなわち、国際秩序がどのように形成され、それをどのように運用し、そのもとでどのように行動するのかについて学び考え、国際秩序形成の主体者の一人として関わることが、政治領域から国際関係を見ることの意味なのである。

政治領域から国際関係を捉え、そこに意味を与える理論として、主な潮流に、リアリズム(Realism、現実主義)、リベラリズム(Liberalism、理想主義、国際協調主義:相互依存論、国際レジーム論、グローバル・ガヴァナンス論につながる理論的潮流)、コンストラクティビズム(Constructivism、社会構成主義)などがある。

かくして、国際関係学を学ぶ上で大切なものは、「理論」と「歴史」をしっかり踏まえることと、具体的な事象を抽象化する思考力である。

最後に、本学部で開講されている「国際関係学A」(政治領域/経済領域)と「国際関係学B」(文化領域/国際法)は、国際関係学を学ぶ出発点であり、基礎となる講義である。そしてまず、「国際関係学A(政治領域)」の講義では、(1)国際関係に関わる諸概念と上記した諸理論、(2)国際秩序の構造とその歴史的変遷について、その大枠を学び取ってほしい。

参考文献

  1. 1)足立研幾、板木雅彦、白戸圭一、鳥山純子、南野泰義編(2021)『プライマリー国際関係学』ミネルヴァ書房
    • 国際社会における諸課題を通して、現在の国際関係を学ぶためのテキスト。本学部の基礎演習テキスト。
  2. 2)明石欽司(2009)『ウェストファリア条約:その実像と神話』慶應義塾大学出版会
    • 近代国家や主権国家体系の形成過程を問い直した専門書。
  3. 3)E.H.カー(2011)『危機の二十年:理想と現実』(原 彬久訳)岩波文庫
    • 戦間期の国際政治に展開した理想主義と現実主義との相克を分析した古典的な研究書。
  4. 4)ジョゼフ・ナイ、デイビッド・ウェルチ(2017)『国際紛争:理論と歴史』有斐閣
    • 理論と歴史の相互作用という観点から概観するアメリカの代表的教科書。
  5. 5)岡 義武(2009)『国際政治史』岩波現代文庫
    • 国際政治の構造と歴史的変化について描き出した必読の古典的名著。
  6. 6)高坂正尭(1966)『国際政治:恐怖と希望』中公新書
    • 現代の国際関係の現実を冷静に検討し、現代的課題を分かりやすく論じた入門書。
  7. 7)田中明彦・中西寛編(2018)『現代国際政治の基礎知識』有斐閣
    • 国際関係の勉強を進めて行く上で重要な用語、出来事を解説するハンドブック。
  8. 8)佐渡友 哲、信夫隆司、柑本英雄編(2018)『国際関係論』弘文社
    • 国際関係の歴史と構造/国際関係理論について包括的にまとめられたテキスト。
  9. 9)島村直幸(2019)『国際政治の「変化」を見る目』晃洋書房
    • 国際関係に関わる理論動向をたどり、その歴史と現状について解説した入門書。
  10. 10)進藤 栄一(2001)『現代国際関係学:歴史・思想・理論』有斐閣
    • 国際関係学の展開と到達点を、歴史・思想・理論の面から論じたテキスト。
  11. 11)山田高敬・大矢根 聡編(2006)『グローバル社会の国際関係論』有斐閣
    • グローバル化が進む国際社会の理論に基づいて解説したコンパクトなテキスト。
  12. 12)山影 進(2012)『主権国家体系の生成:「国際社会」認識の再検証』ミネルヴァ書房
    • 主権国家体系の生成とその展開過程について、社会秩序変動との関係から分析した専門書。
  13. 13)吉川直人、野口和彦編(2015)『国際関係理論』勁草書房
    • 国際関係の主要な理論をわかりやすく解説した入門書。
  14. 14)日本の外務省ホームページ:https://www.mofa.go.jp/mofaj/

2. 国際関係学を経済領域から学ぶ

国際関係学について、経済の分野ではどのような問題が存在しているだろうか。前パートで言及された「国際関係学A・B」のうち、経済領域では以下の諸問題について基本的な理論・概念と歴史的変遷を取り扱う。

  • 国際経済体制の基本設計、国際金融機関と制度・課題
  • 国際貿易の合理性、多国間貿易制度、地域主義(統合)
  • 多国籍企業と海外直接投資
  • 南北問題と国際開発・国際協力
  • 地球環境への取り組み

国際関係論で頻繁に言及されるグローバル化は、技術の発展による時間と空間の「圧縮」によってもたらされた様々な現象の束である、という考え方がある(Harvey, D., 1990, The condition of postmodernity: an enquiry into the origins of cultural change)。上記にあげた諸問題は、グローバル化現象のうち経済的側面の一部を構成する、あるいは基盤となるもので、国際関係を説明するうえで他の領域と同様に重要な視点を提供するものである。

ただしグローバル化の諸現象は独立して発生するのではなく、政治、経済、社会などの要因が相互に影響を及ぼし合っている。たとえば地域統合は、貿易の自由化や投資促進など経済的な連携を加盟国間で推進することを直接の目的とする。しかしその設立動機や交渉過程は、世界貿易機関(WTO)の多国間主義の停滞、東西冷戦やその終結に代表される安全保障環境、覇権国の政策、同盟関係の象徴、各国内の多様な階層の利害といったものを反映したものである。換言すれば、地域統合は勝れて政治的なプロセスといえる。

国際関係学を学んでいくうちに、個々の領域で扱ってきた事象が他のそれらと深くつながっていることを感じると思う。これは国際関係学の醍醐味の一つである。こうした国際関係学における経済分野を学ぶうえで、国際経済学の理論や諸問題へのアプローチを理解することは重要な示唆を与えてくれる。その考え方や方法、理論を含む基礎文献はこのIRナビ専門編「国際経済学の学び方」で紹介されているので、本パートと併せ、ぜひ読んでもらいたい。このパートでは他との重複を避け、理論というよりは課題に関わるいくつかの文献を紹介する。

参考文献

  1. 1)マーク・コヤマ、ジャレド・ルービン(2023)『「経済成長」の起源:豊かな国、停滞する国、貧しい国』秋山勝(訳)草思社
    • 世界はいかに豊かになったか?という問いを掲げ、これに対してイギリスの例をひきながら、地理、制度、文化、人口動態、植民地などの要因から検証している。さまざまな研究をバランス良く紹介している。
  2. 2)ダロン・アセモグル, サイモン・ジョンソン(2023)『技術革新と不平等の1000年史』上・下、鬼澤忍、塩原通緒(訳)早川書房
    • 2010年代半ば以降、国内外の経済格差・不平等がテーマとする言説が多く見られるようになった。本書は歴史的、政治経済的な観点から生産性の向上による格差の拡大を論じている。
  3. 3)ロバート・C・アレン(2012)『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』 グローバル経済史研究会(訳)NTT出版
    • 経済の発展経路を国、地域レベルの視点で論じている。次のアセモグル・ロビンソン(2013)と読み比べてほしい。
  4. 4)ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン(2013)『国家はなぜ衰退するのか : 権力・繁栄・貧困の起源』(上・下)鬼澤忍(訳)早川書房
    • 国家、世界の繁栄と衰退を制度の違いから論じている。特に中国の発展の評価について、ロバート・C・アレン(2012)とは異なる見解。
  5. 5)石川城太・椋寛・菊地徹(2013)『国際経済学をつかむ』第2版 有斐閣
    • 国際経済学のテキスト。理論は紹介しないと書いたが、類書のなかでは比較的読みやすいので紹介しておく。
  6. 6)ブランコ・ミラノヴィッチ(2017)『大不平等 : エレファントカーブが予測する未来』立木勝(訳)みすず書房
    • 国内と各国間のそれぞれの不平等の拡大と縮小の要因を実証的に説明。米国中間層の没落、アジア諸国の発展の解説も含む。
  7. 7)中川淳司(2013)『WTO―貿易自由化を超えて』岩波新書
    • GATT/WTOの歴史と課題を論じている。新書だが情報量は多い。
  8. 8)飯田泰之(2023)『財政・金融政策の転換点 : 日本経済の再生プラン』中央公論新社(中公新書 2784)
    • これまでの日本経済の状況を踏まえ、財政・金融政策の伝統的な運用に疑問を掲げ、それらの意義や機能、新たな運用のあり方を提起している。初学者にも分かりやすい説明。
  9. 9)ポール・コリアー(2008)『最底辺の10億人 : 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?』中谷和男(訳)日経BP社
    • 出版年は新しくないが、最貧国の低成長の構造的問題を論じる4つの軸は依然として有効。
  10. 10)世界銀行(各年)『世界開発報告』(各年)
    • 世界銀行の年次報告書。各年一つのテーマで開発課題を多様な側面から論じる。
  11. 11)ダレル・ハフ(1968)『統計でウソをつく法 : 数式を使わない統計学入門』高木秀玄訳、講談社ブルーバックス ; B-120
    • データ恣意的に加工することで、事実を捻じ曲げてミスリードすることができてしまう。出版年のとおり非常に古い本だが、ミスリードの「手口」は現在でも変わっていないことがわかる。
  12. 12)経済産業省「白書・報告書」https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/index.html(2024年2月28日閲覧)
  13. 13)国際通貨基金(IMF、日本語)https://www.imf.org/ja/Home(2024年2月28日閲覧)
  14. 14)世界銀行(日本語)https://www.worldbank.org/ja/country/japan(2024年2月28日閲覧)
  15. 15)日本貿易振興機構HP https://www.jetro.go.jp(2024年2月28日閲覧)

3. 国際関係学を文化領域から学ぶ

国際関係学の文化の領域には、どのような問題が存在しているだろうか。例えば今日、グローバル化が進む中で人の移動はさらに活発化し、仕事を求める人(外国人労働者、移民)、安全を求める人(難民など)、学びを求める人(留学生など)、家族を求める人(国際結婚や家族の呼び寄せ、家族の再結合)等々、国境を越えて移動する人がますます増加している。それに伴い、多くの国、地域において多文化・多民族化が進んでいる。また先住民や少数民族など、マイノリティの権利回復運動も高まりを見せている。少数言語、文化の保護政策を取る国が増加する一方で、少数民族が抑圧を受けている国家も未だ多く存在する。このように複数の文化が共存する「多文化社会」が増加するなかで、「文化」(の違い)に起因した差別、排除、抑圧(レイシズムやヘイトクライム、マイクロアグレッションなど)も深刻化している。文化は「平和」をイメージさせる言葉だが、実は複雑な権力関係を反映し、このような差別や抑圧を生み出す源ともなる。国際関係学を文化の領域から学ぶ時には、そのことを常に意識する必要がある。「多文化社会」をめぐる問題は一国内で起こりつつ、さまざまな形で他国、他文化と関係し合っており、国際社会が共に解決に向けて協力しなければならない。

その他にも、ジェンダー、セクシュアリティ、宗教、障害、ナショナリズム、アイデンティティ、メディアなど、国際関係の文化領域には取り組まなければならないトピックが数多くある。文化の様々なあり方(考え方や価値観、習慣、信仰、エスニシティなど)や個々人の複雑で多様なありようを尊重し、人権を守り、差別や抑圧のない多文化社会を育てていくことは、国際関係学の重要なテーマなのである。

さらに、文化外交(パブリック・ディプロマシー)、文化産業(コンテンツ産業)など、国際関係学のなかには、文化と政治、経済が深く結びつくテーマも多く存在する。また、例えば開発援助という問題に関しては、援助する国の文化(価値観や習慣、宗教、そして歴史)に関する知識が不可欠である。その一方で文化領域の問題、例えば上記の移民やレイシズムについて学び、考える時にも、過去の、あるいは現存する植民地主義や、それに関連して途上国が現在抱える問題に関わる政治、経済の知識が必要となる。これこそが、国際関係学が学際的な知識と取り組みを必要とする理由なのである。

以下の文献を参考にしながら、国際関係学の文化の領域について学んでほしい。

参考文献

  1. 1)平野健一郎(2000)『国際文化論』東京大学出版会
    • 文化の面から国際関係を論じた書。文化の接触と変容から国際関係を考える。
  2. 2)西川長夫(2001)『増補 国境の越え方』平凡社
    • 「文化」の語の来歴を辿りながら、「自文化」とは何か、「異文化」との境界とは何なのかを問う書。
  3. 3)S・カールズ/M・J・ミラー(2011)『国際移民の時代(第4版)』東京大学出版会
    • 「国際移民」の理論、歴史、課題について、幅広く解説した書。
  4. 4)ミシェル・ヴィヴィオルカ(2007)『レイシズムの変貌』明石書店
    • レイシズムの歴史と現状を、理論と現象の両面から時系列に沿って辿った書。
  5. 5)チャールズ・W・ミルズ(2022)『人種契約』法政大学出版局
    • やや難解だが、西洋近代の哲学や政治体制がレイシズムによって根本的に下支えされてきたことを指摘している名著。
  6. 6)エドワード・W・サイード(1993)『オリエンタリズム(上下)』平凡社
    • 西洋の文化、文芸の中に存在するオリエントへの「偏見」の歴史を明らかにした書。
  7. 7)本橋哲也(2005)『ポストコロニアリズム』岩波書店
    • ポストコロニアリズムについて、日本/アジアにおいてそれに取り組む意味合いを問いながら考えることのできる入門書。
  8. 8)ジュディス・バトラー(1999)『ジェンダー・トラブル』青土社
    • ジェンダーの問題を権力、言説との関係から論じた、フェミニズム理論の書。
  9. 9)ジョニー・シーガー(2020)『女性の世界地図:女たちの経験・現在・これから』明石書店
    • 世界の女性をめぐる様々な問題が、地図という形で可視化されている。
  10. 10)ジョン・トムリンソン(2000)『グローバリゼーション-文化帝国主義を越えて』青土社
    • グローバリゼーションの諸理論を検討し、文化帝国主義の危機とコスモポリタニズムの可能性を示した書。
  11. 11)小熊英二(1995)『単一民族神話の起源』新曜社
    • 「日本は単一民族国家である」という言説が戦後の「新しい伝統」であることを明らかにした書。

4. 国際関係学を国際法から学ぶ

国際法International Lawは、読んで字のごとく、「国家間の法(規則、ルール)」である。従って、私たち個人には関係ない(役に立たない)と思うかもしれない。その第一印象は、半分は当たっているが、半分は誤りである。そしてその「残り半分の誤り」を正していくことが大学の学びの中で重要になる。詳しくは、国際関係学Bおよび国際法Ⅰ~Ⅳの授業で説明されるが、ここでは、いくつかの事例を挙げて国際関係学を学ぶ上で国際法を理解することの重要性について説明する。

まず、「国際法=国家間の法」の「国家間」という部分について、確かに国際法の担い手は主権国家であるが、今や国際社会に登場するアクターは国家だけにとどまらない。現在の国際社会には、主権国家はもちろん、国際連合をはじめとする国際機関(例えば新型コロナウイルス問題に対処するWHOなど)が数多く存在する。これら機関の権限や役割を定めるのは国際法である。

また、私たち市民の基本的人権(例えば「移動(旅行、留学)する自由」)なども国際法によって規律されている。日常生活を眺めても、小麦やガソリンなど日本が外国からの輸入に頼っている産品のほとんどは、WTOという国際機関やTTPなどの国際条約によって安定的な供給が保障されている。安全保障(ウクライナ紛争など)や外交関係のような秩序維持の問題だけでなく、最近流行のSDGs、通商・貿易などの経済問題、気候変動などの環境問題、ジェンダーや難民といった人権問題など、国際関係学におけるほとんどのテーマは、全て国際法で取り扱われていると言って良い(必要な国際法が存在しないことも、「国際法上の問題」である)。

次に「法」の部分についても見ていこう。私たちを直接規律し、その結果、身近に感じる「国内法」と「国際法」は、どちらも「法」であることに相違ないが、存在する社会基盤や規律する対象が異なることから、両者には様々な違いがある。その中でも、最も大きな相違点は、紛争解決方法である。国内法が妥当する国内社会では、様々なトラブル(近所づきあい、離婚や相続、刑事事件等)は、最終的には裁判所によって紛争を解決する体制が整備されている(ただし、民主主義国に限られる)。それに比べて、国際社会は、国境紛争、人権侵害、武力衝突などの国際的な紛争について、最終的な解決手段としての裁判手続は完備されていない。この違いは、国際関係学を学ぶ上でも重要なポイントなので、「なぜ違いが生じるのか」「ではどのように国際紛争を解決すべきか」も併せて考えてほしい。

最後に、国際関係学を学ぶ上で、最低限覚えておくべき国際法の基礎知識を挙げておく。国際法は、その成立形式として、主に2つの種類が存在する。一つ目は、諸国が文書の形で合意した「条約」である。日米安全保障条約や児童の権利条約などの名前は聞いたことがあるだろう。なお、誰もが知っている国連憲章やパリ協定は、語尾が「条約」ではないが正真正銘の「条約」である。「条約」の特徴の一つとして、参加の意思を表明した国のみがその条約に拘束される(=そこに明記された権利と義務を持つ)。もう一つは、「慣習国際法」であり、国際社会で諸国がある行為(発言や不作為を含む)を継続し、その行為について「これを守るべき」という意思が形成されると誕生する。国際慣習法は、文章化されていない「不文法」だが、原則として全ての国家を拘束する一般法としての効力を持つ。例えば、日本のような島国が、周辺の海をどこまで「自分のもの(領海)」と主張できるかと言えば、12カイリ(約22km)と慣習国際法で決まっている。実は、この「領海12カイリ規則」は、国連海洋法条約でも規定されているが(第3条)、慣習国際法なので、条約非当事国(米国など)もこの規則を守らなければならない(実際にこれを破る国は皆無である)。条約だけでなく慣習国際法の存在も意識しておくと、国際関係学の学びの奥行きが広がる。

国際関係学を学ぶ上で、国際法は、国際社会の現状を理解するためのガイドラインであり、課題にたどり着くための道標である。国際法を知らずして国際関係学を学ぶことは、スマホの地図アプリを使わずに知らない街を歩くようなものである。正確にかつスムーズに目的の場所(国際関係学の課題とその解決策)にたどり着くために、是非「国際法」というツールを活用してほしい。

より詳しく知りたい場合は、IR ナビ専門編「国際法の学び方」を参照すること。

参考文献

基本的な教科書として、IR ナビ専門編「国際法の学び方」の「3.資料・文献(1)基本的文献B教科書(初級)」に掲載されている初学者向けの基本書を手に取ってほしい。ただし、2回生以降で国際法を本格的に学びたいという意欲のある学生は、国際法Ⅰ~Ⅳのテキストでもある「(中級)教科書」のB⑭浅田正彦(2022)『国際法(第5版)』東信堂 を購入し、予め読み進めることを薦める(B⑦松井芳郎(2007)『国際法(第5版)』有斐閣 でも良いがかなり古くなっている)。同様に、条約集についても、「A条約集」の①または②を手元に置いておくと、国際法を身近に感じることができる。

その他初学者向けの文献は以下参照。

参考文献

  1. 1)大沼保昭(2018)『国際法』ちくま新書
    • 新書版としては唯一の国際法の解説本。手早く国際法の概要を理解する人向け。
  2. 2)阿部浩己『国際法を物語るⅠ~Ⅳ』朝陽会
    • 国際法に関する四分冊のブックレット。「Ⅰ国際法なくば立たず」(2018)は、国際法の基本構造、「Ⅱ国家の万華鏡」(2019)は、国家主権と国際法違反に対する対応、「Ⅲ人権の時代へ」(2020)は、筆者の専門分野である国際人権法、「Ⅳ難民の保護と平和の構想」(2021)は、難民問題など武力紛争や暴力に対応する国際法を取り扱う。
  3. 3)申惠丰(2020)『国際人権入門-現場から考える』岩波新書
    • 日本国内の人権に関する諸問題を国際人権法という国際基準から実践的に検証する。
  4. 4)最上敏樹(2006)『いま平和とは-人権と人道をめぐる9話』岩波新書
    • 人権法・人道法の観点から平和の問題をわかりやすく解説する講演録。
  5. 5)石本泰雄(1960)『条約と国民』岩波新書
    • 半世紀以上昔の書籍で既に絶版だが、図書館等で是非手に取ってもらいたい一冊。国際法のエッセンスが凝縮されている。
  6. 6)公益財団法人日本国際連合協会(2019)『新わかりやすい国連の活動と世界』三修社
    • 国連の活動や機能について説明したガイドブック。国連の役割や組織構造など基本事項が理解できる。国連英検指定テキストでもある。
  7. 7)国際法学会ホームページ:https://jsil.jp/
    • 特に「エキスパート・コメント」は、最近の国際問題を国際法の観点から見る際に参考にしてもらいたい。

以上、本学部において国際関係学を学ぶことの意味、これを構成する主たる学問領域の核を示した。立命館大学での学びのポイントは、①「問う」、②「考える」、③「課題を見つけ出す」、④「課題解決の方向性を探求する」というところにある。是非、ここに書かれた内容をステップに、自由で、かつ叡智に満ちた「学び」を実現し、未来を切り開いてほしい。

執筆者:南野 泰義、渡邊 松男、中本 真生子(改訂:松坂裕晃)、西村 智朗
執筆日:2023年2月23日/更新日:2024年3月1日