地域編

アメリカ合衆国・カナダを知る

1. 北米研究(アメリカ研究、カナダ研究)の意義

「北アメリカ」と呼ばれる地域は、一般的には南北に広がるアメリカ大陸の北側の部分を指している。地理的な「北アメリカ(North America)」は、カナダ、アメリカ合衆国(以下、アメリカ)、メキシコ、カリブ海諸国(キューバ、ドミニカ共和国、ハイチ、ジャマイカなど)、中央アメリカ諸国(グアテマラ、エルサルバドル、パナマなど)で構成される。しかし、文化的にはイギリス植民地を主な起源として英語が広く用いられるアメリカ・カナダの二国と、スペイン・ポルトガル植民地を主な起源とするメキシコ以南の地域を分け、それぞれを別の地域研究の対象と考える傾向もある。また、日本の外務省内では、アメリカ・カナダを担当する北米局と、メキシコ以南とカリブ海諸国を担当する中南米局に分かれている。研究を深めるにつれて、このような既存の知や政治の枠組みを批判的に見ていくことは大切だ。例えば、アメリカとメキシコは人や文化の往来が盛んであるから、この二か国を完全に切り離す見方には限界があるとも考えられる。しかし、本論では一旦、以上の動向に従い、アメリカ、カナダを対象とした地域研究の意義や方法を解説する。

アメリカは、20世紀以降の「超大国」として、国際社会の動向を左右する存在であり続けている。アメリカを対象とする地域研究は、その政治的なリーダーシップだけでなく、その政治・経済・文化的な制度や考え方が、現代世界の基本動向や規範を形作ってきた点に注目している。そのため、現代世界が直面する課題を理解するためには、アメリカ社会のなかで起きている変化について深く学ぶことが必要である。たとえば、アメリカ大統領選挙は、アメリカ市民が自分たちの指導者を選択するイベントであるが、それが起こす影響は国際政治・経済・文化にとってきわめて大きい。2016年大統領選挙でドナルド・トランプが当選した際には、トランプが象徴した「自国第一主義」や「ポピュリズム」が世界的な政治動向として盛んに論じられた。また、2020年大統領選挙では、新型コロナウイルス感染症対策や、人種・ジェンダーを含む多様性への向き合い方が問われた。このように、アメリカ国内で生じる変化は国際社会の変化と密接に結びついており、同時に世界の変化がアメリカ国内のあり方も大きく変える。日本も、アメリカとのあいだに緊密な政治的・経済的・文化的関係を持っている。日米関係研究は、アメリカ研究と関連性が高い分野として、学術分野だけでなく、行政やビジネス分野からも大きな関心を集めている。

カナダは、イギリス植民地に起源を持つ北米国家として、アメリカと共通点を持ちながらも、独自の発展を遂げてきた。外交面では、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するなど、アメリカと共通の安全保障体制を構築する一方で、「ミドルパワー(中規模国)」として平和や国際協調について独自の外交路線を確立している。また、フランス語を主要な言語とするケベック州の権利を認め、先住民や移民の多様な文化を尊重する二言語多文化主義を制度化しており、多文化共生や移民・難民受け入れについて先端的な取り組みを多く採用している。日本からの多くの留学生や旅行者を受け入れており、日本での学術的関心も以前より高く、カナダ研究も一研究分野として深化してきた。

近年では、アメリカやカナダの各国研究に加えて、北アメリカという広域的な視点から研究することの重要性も高まっている。たとえば、アメリカ、カナダ、メキシコの三国は、1990年代に北米自由貿易協定(NAFTA)を結成し、相互の経済関係の強化はメキシコからアメリカへの移民を急増させた。いまや、ラテンアメリカにルーツを持つラティーノは、アメリカ最大のマイノリティとしてアメリカの文化や政治に新しい変化をもたらしている。また、アメリカとカナダの広域にわたる天然ガスなどのエネルギー開発事業に対して、両国の先住民から環境破壊や先住権の侵害に対する抗議の声が上がっている。トランプ政権下ではNAFTAの見直しや移民政策の厳格化など、自国第一主義的な志向が強まったが、北アメリカ規模での相互関係の強化や文化社会の変化は、今後も重要な研究課題であり続けるだろう。

2. 北米研究の方法

北米、とくにアメリカについては、学術研究だけでなく、外交・ビジネスから文化・ライフスタイルまで無数の情報が世界に向けて発信されている。学術分野としての「アメリカ研究」に関する成果も、政治・経済・文化・歴史などさまざまな分野にわたって研究書・参考書が出版されているほか、一般書、新聞・雑誌、インターネット記事、ブログ、動画やSNSを通して、多種多様な情報が存在している。日本でも多くの人が、アメリカへの旅行・留学・居住の経験を持ち、その経験にもとづく一次的情報には事欠かない。そのため、アメリカ研究の課題は、稀少な一次的情報の提供だけでなく、メディア上に溢れる膨大な情報を歴史的な文脈や理論的な枠組のなかに位置づけ、アメリカの変化を理解するための方法を提供することにもあると言ってよいだろう。とくに、2020年大統領選挙の後には、選挙結果や政治過程をめぐって、事実にもとづかない「陰謀論」がアメリカ国内だけでなく日本国内でも広がった。「陰謀論」の多くは、学術的検証を経ていない安易な解釈、出所不明の情報、希望的観測、排外主義などによって成り立っている。「陰謀論」を退け、学術的蓄積と歴史的文脈をふまえたアメリカ理解を確立するためにも、アメリカ研究の基本的知識と方法を獲得することが必要である。

日本語で、アメリカやカナダについての学術研究の現状を知るためには、「3」で紹介する入門書のほか、アメリカ学会やカナダ学会などの学会誌やホームページも参考になる。また、東京大学アメリカ太平洋地域研究センター、立教大学アメリカ研究所、上智大学アメリカ・カナダ研究所、同志社大学アメリカ研究所など、いくつかの大学はアメリカ研究を専門とする研究機関を持っており、そこで開催されるセミナーやシンポジウムなどで最新の学術状況に触れることができる。

さらに、アメリカ・カナダの公式情報や資料の入手も可能である。アメリカについては、政府の公式声明や外交資料は、大統領府(ホワイトハウス)、国務省や国防総省のホームページで確認できる。カナダ政府は、公用語である英語・フランス語の二言語で情報発信を行っている。米国センサス局(U.S. Census Bureau)やカナダ統計局(Statistics Canada)は、人口、産業、社会の動態に関する幅広い統計情報をインターネット上で提供している。さらに、アメリカ国務省は、日本国内でも「より良き日米関係」の構築を目的とした情報提供施設を開設している。関西地域では、在大阪・神戸米国総領事館に「関西アメリカンセンター」が設置されており、留学についての情報提供、セミナーや講演会が行われている。

また、世界的な影響力を持つアメリカやカナダのメディア情報を、インターネットや動画閲覧サイトなどで直接入手することができる。立命館大学図書館のデータベース(ProQuest)を利用すれば、『ワシントン・ポスト(Washington Post)』『ニューヨーク・タイムズ(New York Times)』『ウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)』『グローブ・アンド・メール(Globe and Mail)』など、アメリカやカナダの主要新聞の最近数十年の記事を検索し、全文を読むことができる(図書館データベースは図書館内のPC、学内から接続したPC、VPN接続を用いた学外のPCから利用可能)。24時間ニュース専門テレビ局であるCNNの報道番組も、ホームページやYouTubeを用いた動画配信やケーブルテレビ・CS放送などで視聴可能である。SNS時代の現在、大手メディアの影響力が批判的に言及されることもあるが、綿密な取材と厳格なルールのもとで発信される記事の質は総じて高く、現在進行形の出来事について知る上で、信頼性の高い、優れた情報源であることに変わりはない。そのほか、多岐にわたるテーマの世論調査を実施するギャラップ(Gallup)とピュー研究所(Pew Research Center)は、アメリカだけでなく世界の世論動向の変化を知る上でも有用である。経済・環境・人権などの課題について政策提案や情報提供を行うシンクタンクや非政府組織(NGO)が発表する報告書や提言書も、重要な情報源となるだろう。

以上のように、アメリカ・カナダに関しては多岐にわたる情報が比較的容易に入手できる。しかし、これらの膨大な情報を適切に位置づけ、関連づけ、解釈するためには、アメリカ・カナダ研究の学術的な基礎知識が必要である。北米地域研究についての学術的動向を知り、そのなかで発展してきた理論的枠組の射程をふまえて、「いま起きていること」を理解し、その意味を明らかにすることが求められる。

3. 北米研究についての文献紹介

北アメリカについての専門的研究書は毎年多く出版されており、そのテーマや分析対象も細分化される傾向がある。ここでは、北アメリカ社会の基本的な成り立ちとその変化を、一定の学術的知識にもとづいて知ることができる入門書・基本図書を中心に紹介する。各分野の研究動向や最新文献については、各学会の学術雑誌や各図書に記載されている文献紹介などを参考にするとよい。

(1) アメリカ研究の入門書・基本図書

  • 小田隆裕ほか編(2004)『事典・現代のアメリカ』大修館書店.
    現代のアメリカの政治・社会・文化・経済など全110項目について、各分野の専門家がわかりやすく解説している。
  • アメリカ学会編(2018)『アメリカ文化事典』丸善出版.
    最新の研究成果を反映し、アメリカの文化、社会、地理、思想など幅広い分野をカバーした事典。
  • 明石紀雄監修(2021)『現代アメリカ社会を知るための63章【2020年代】』明石書店.
    社会や文化の新しい動向も反映させつつ、現代アメリカにおける様々な重要なトピックを解説している。
  • 和田光弘編(2014)『大学で学ぶアメリカ史』ミネルヴァ書房.
    先住民・植民地時代から現代までのアメリカ史のスタンダードを学べる通史。
  • 久保文明編(2017)『アメリカ政治(第三版)』有斐閣.
  • 岡山裕・西山隆行編(2019)『アメリカの政治』弘文堂.
    現代アメリカ政治をテーマやトピック別に学べる。
  • 『シリーズ アメリカ合衆国史①〜④』岩波新書.
    • ① 和田光弘(2019)『植民地から建国へ19世紀初頭まで』岩波新書
    • ② 貴堂嘉之(2019)『南北戦争の時代 19世紀』岩波新書
    • ③ 中野耕太郎(2019)『20世紀アメリカの夢 世紀転換期から1970年代』岩波新書
    • ④ 古矢旬(2020)『グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀』岩波新書
    アメリカ史の最新研究動向をふまえて一線の研究者が書き下ろしたシリーズ本。
  • スティーヴン・S・コーエン、J・ブラッドフォード・デロング(2017)『アメリカ経済政策入門:建国から現在まで』みすず書房.
    植民地期から2000年代の金融危機まで、アメリカ経済政策の変化を解説している。
  • 五百旗頭真編(2008)『日米関係史』有斐閣.
    ペリー来航から21世紀までの日米関係の通史。日米関係を、二国間だけでなく、国際政治の文脈のなかで考える。
  • 貴堂嘉之(2018)『移民国家アメリカの歴史』岩波新書.
    アメリカ移民史をグローバル・ヒストリーの観点から概説。
  • 梅﨑透・坂下史子・宮田伊知郎編(2021)『よくわかるアメリカの歴史』ミネルヴァ書房.
    アメリカ史の基本トピックを項目別に紹介。
  • 南川文里(2022)『アメリカ多文化社会論[新版]:「多からなる一」の系譜と現在』法律文化社.
    アメリカの人種的・民族的な多様性についての基本的な考え方について解説する。

(2) カナダ研究の入門書・基本図書

  • 日本カナダ学会編(2009)『はじめて出会うカナダ』有斐閣.
    やや古く、2010年代以降の情勢が反映されていない点に注意が必要だが、内容が充実した入門書である。
  • 細川道久編(2017)『カナダの歴史を知るための50章』明石書店.
  • 飯野正子・竹中豊(2021)『現代カナダを知るための60章(第2版)』明石書店.
    カナダ研究の主要な論点をテーマ別にまとめた入門書。
  • ヴァレリー・ノールズ(2014)『カナダ移民史:多民族社会の形成』明石書店.
  • 加藤普章(2018)『カナダの多文化主義と移民統合』東京大学出版会.
    カナダの移民や多文化主義をめぐる歴史や論点を議論する。
  • 櫻田大造(2006)『カナダ・アメリカ関係史』明石書店.
    カナダの「ミドルパワー外交」の実践について、加米関係から論じる。
  • 上智大学アメリカ・カナダ研究所編(2015)『北米研究入門:「ナショナル」を問い直す』上智大学出版;
    同編(2019)『北米研究入門2:「ナショナル」と向きあう』上智大学出版.
    アメリカとカナダを一つの地域社会と位置づけて論じる入門書

(3) アメリカ研究、カナダ研究の学術雑誌(日本国内で発行されているもの)

  • 『アメリカ研究』 日本アメリカ学会
  • Japanese Journal of American Studies 日本アメリカ学会
  • 『アメリカ史研究』 日本アメリカ史学会
  • 『立教アメリカンスタディーズ』 立教大学アメリカ研究所
  • 『アメリカ太平洋研究』 東京大学大学院アメリカ太平洋地域研究センター
  • 『同志社アメリカ研究』 同志社大学アメリカ研究所
  • 『カナダ研究年報』 日本カナダ学会
  • The Journal of American and Canadian Studies 上智大学アメリカ・カナダ研究所
執筆者:南川 文里
更新者:松坂 裕晃
執筆日:2021年3月8日(2022年2月25日改訂、2024年2月22日更新)