国際経済学

人間/国家の次の行動を
経済学で予測する

矢根 遥佳

矢根 遥佳国際関係学部 准教授

あらゆる行動には「機会費用」と
いう
見えないコストがかかっている

「行動を経済学で予測する」とは、どういうことですか?

矢根経済学はお金の学問だと思っている人がいるかもしれません。でも実はそうではありません。経済学は「意思決定の学問」です。人がなぜその行動を起こしたのかを追求することによって、次の行動を予測しようとするものだからです。人のあらゆる行動を説明しようとする学問が経済学であると言っても良いかもしれません。

健康保険証の裏面に臓器提供の意思を表す欄があります。提供の意思がある人が丸をつけ署名するものです。これを経済学で考えると、臓器の提供は無料なので、人はあえて行動を起こそうとせず、供給は不足します。では臓器に価格がついた場合はどうなるか?また、提供したくない人だけが署名する方法ならどうか?などを、「需要と供給」「インセンティブ」「現状維持バイアス」など、人の意思決定に関わるさまざまな概念を用いながら考えるのが経済学です。

人権やモラルの視点で考えるなら今のやり方が正しいのかもしれません。でも臓器は無料で提供されるべきだという「正しい」考え方の裏で、供給不足により移植が受けられないという不利益があることもまた事実ではないでしょうか。あることを選択する時、選択されなかったことによって失う価値のことを経済学では機会費用と呼びます。あらゆる行動には機会費用という見えないコストもかかっているという視点は、常識とは少し違った世の中を見せてくれます。それも経済学の面白さです。

グローバルな現代社会の中で、経済学はすでに国際関係の中に組み込まれているものだと思います。また、人と人がそれぞれの意思決定と行動を積み重ねて関係を築いていくことは、マクロな視点で見れば、国と国が関係を築くプロセスと重なります。国と国との関係を見る国際関係学の中で、経済学は一つのツールとして有用です。人の行動や人間関係に興味がある人は、経済学にも興味が持てると思いますし、国際関係学にも興味が持てると思います。

フロリダ大学
公共事業研究センター、
OECDでの経験を経て研究者に

先生の研究の内容を教えてください。

矢根テーマは「国際貿易と労働市場」です。近年、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)と呼ばれる財やサービスの生産工程の国際分業が進み、貿易の形態も進化しています。それが各国・地域の労働者の賃金や失業率や需要にどう影響するかを研究するものです。GVCの進み具合が労働市場にもたらす影響は単純ではありません。国によって、また労働者個人のスキルの高さによっても、受ける影響は異なります。私は計量経済学を用いて変数と変数との関係を推計する方法と、世界をモデル化し、シミュレーションを行う方法の両方を使って、より現状に即した計測や予測を試みています。研究の成果は将来、政策として提言し、途上国の労働環境を良くすることや、日本の国際的な地域連携協定締結への検討材料につなげられればと考えています。

先生は、日本とアメリカの両方で学び、仕事をした経験をお持ちですね。

矢根私は日本で生まれてアメリカで育ち、中学生の時日本に戻りました。日本の大学の国際系学部で学び、就職活動をしたのですが、100社受けても内定がとれなかったんです。そこで日本での就職をあきらめ、アメリカのフロリダ大学の公共事業研究センターで1年間勤務しました。世界銀行と共同で公共事業に関する研究と政策提言をする研究所です。そこで多くの経済学の専門家と接する中で経済学の面白さに触れ、大学院に進学しました。

研究者を志すきっかけになったのは、前期課程でOECD(経済協力開発機構)へインターンシップに行ったことです。そこにはさまざまな国の人と議論しながら自由に研究できる環境がありました。私は就職活動の失敗から各国の労働市場の違いに関心を持っていたので、当時のテーマだった国際貿易に労働市場の問題を絡めた研究をしたいと考えるようになり、後期課程へ進むことにしたのです。修了後、日本経済研究センター(JCER)で経済予測の仕事をしたことは、今の研究につながる貴重な経験となりました。これまでの道のりで、その時に面白いと感じる方向へ行動してきた結果、今があります。

自分の興味と大学の学びを
自在に組み合わせる
国関の学生たちのユニークな発想

先生のゼミはどのような内容ですか? 国際関係学部の学生にどんな印象を持っていますか?

矢根私のゼミでは、研究テーマは自由、どんなものでも大歓迎です。統計ソフトウェアのRを使ってデータ分析を行っています。ゼミ生のテーマも、米中関係、環境問題、仮想通貨、テクノロジー…本当に多岐にわたっています。

ゼミ生に限らず、国際関係学部の学生は、GS、IR、どちらも自主的に学びを広げる学生が多いと感じます。学部での学びと、興味を持っているまったく違う分野のものとをうまく組み合わせて、とてもユニークな成果物を提出することに驚きました。きっと自分なりに考え、努力しているのだろうと思います。

その上で学生の皆さんにあえて言いたいのは「大企業に就職する」「外交官になる」などの大きな夢に縛られないようにしてほしいということです。めざして努力してきたけど、やっぱり違う、やりたいことではないと思ったら、ためらわず他の好きなことにチャレンジしてほしいと思います。それまでに努力してきた時間や労力が惜しいと考えてしまうかもしれません。でも、経済学の世界では、それはもう取りもどせない「埋没費用」であり、判断材料にしてはいけないものだということを伝えたいと思います。

国際関係学を志す方へ

矢根 遥佳

矢根 遥佳国際関係学部 准教授

大学へ進学すると、みなさんは費用を支払うことになります。明示的な学費に加えて潜在的費用、たとえば働いて給料をもらうとか、世界旅行をするなど、大学に進学することによって失う価値の費用を払うことになるわけです。そのことをしっかり自覚して進学することが、学生生活を楽しく、有意義なものにしてくれると思います。

「国際経済学」に興味を持った方へ:BOOKS

ラッセル・ロバーツ  著、沢崎 冬日 訳

インビジブルハート:恋におちた経済学者

日本評論社(2003)

スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・タブナー 著、望月衛 訳

ヤバい経済学:悪ガキ教授が世の裏側を探検する

東洋経済新報社(2006)

ダニエル・カーネマン 著、村井 章子 訳

ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?

早川書房(2014)

「国際経済学」に興味を持った方へ:MOVIES

映画

七人の侍

1954年、日本

映画

素晴らしき哉、人生!

1946年、アメリカ

映画

マネーボール

2011年、アメリカ