日本国憲法の平和主義

日本国憲法が求める国際秩序とは?
国際関係の中で憲法をとらえる

君島 東彦

君島 東彦国際関係学部 教授

憲法は戦争の結果としてつくられる
だから国際関係の中で
とらえる必要がある

国際関係学部で日本国憲法の研究をされるのはなぜですか?

君島 憲法は国際関係の中に置いて考えるべきだからです。

憲法ができるのはどのような時だと思いますか?世界中どこであっても、新しい憲法ができたり、それまでの憲法が変えられたりするのは、基本的には戦争か革命の結果です。新しい憲法は勝った側の価値観でつくられることになる。だから必ず国際関係の中でとらえる必要があります。国際関係学の知識なしに憲法を的確に理解することはできないのです。

日本国憲法も同様です。第二次世界大戦で日本が連合国に敗北した結果が日本国憲法。私の専門分野は憲法平和主義ですが、憲法9条も、国際関係の中で生まれ、国際関係の変化に伴って解釈が変化してきました。そのことをリアルに見つめなければなりません。

日本国憲法の平和主義について、国際関係学の観点からとらえた先生の見解をお聞かせください。

君島 憲法9条は、憲法前文の第2段落とセットで理解すべきだと考えています。9条の本質は、日本は軍事的主権を放棄するということ。つまり軍隊は持たず、仮に実力組織を持ったとしても自律性は持たない、つまりなんらかの組織に従属するということです。それを前文第2段落の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」と合わせて当時の国際状況から考えると、国連にゆだねる形で「われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことは明白です。非武装、国連による安全保障。それが敗戦後の日本の出発点だったのです。

ところがその後、冷戦が始まったことにより、国連による安全保障は実現しませんでした。そこで日本政府が重要視するようになったのが、米国主導で創設された自衛隊の存在を前提とした1951年の日米安保条約です。しかし私は、憲法前文と9条を活かすためには、実現できなかった国連の安全保障に代わるものを東アジアにつくることが必要であると考えています。憲法は敗戦の結果であると同時に、日本帝国主義の東アジアにおける行動を清算するものでもあるからです。東アジアに軍事同盟ではない包括的な安全保障の枠組み、「共通の安全保障」をつくる方向性が、憲法の正しい解釈だと思います。

憲法9条は違った人々に違ったものとして映ります。ワシントン、大日本帝国、日本の民衆、沖縄、東アジア、世界の民衆という6つの異なった人々、視点から見ることで、憲法9条の全体像が初めてわかります。憲法9条は六面体なのです。

日本国憲法は、国際秩序の変革へ
積極的な行動を求めている

日本国憲法の「平和主義」は、世界の中ではどのようにとらえられているのでしょうか?

君島 まず、できるだけ軍事力に依存せず安全を維持し平和をつくるというのは普遍的なテーマであり、日本国憲法や憲法9条が特殊なものというわけではありません。

平和主義には2つの種類があると考えられています。一つは、今すぐに一切の軍事力の保持と武力行使を認めない絶対平和主義、自衛隊違憲論はこれにあたります。もう一つは、長期的な目標としての軍事力と戦争の廃絶のために国際秩序の変革が必要であると考えるが、暫定的には防衛のための軍事力の保持と武力行使を認める漸進的平和主義です。私は、日本国憲法の平和主義は、後者の漸進的平和主義であると理解しています。

憲法を正しくとらえるなら、軍事力依存を低下させる方向に向かう国際秩序の変革のため、積極的な行動をとることが必要です。

どのような行動が求められているのでしょうか。

君島 国際社会の紛争解決や秩序形成において軍事力の役割を低下させるための行動、そして、先にあげた東アジアの共通の安全保障のような仕組みを作るための行動です。

米国の戦争に加担しない、自衛隊を海外に派兵しないなどの「しない」平和主義は、重要ですがそれだけでは十分ではありません。憲法前文にある、国際的な安全保障を目指すための「する」平和主義が不可欠であり、それが日本国憲法の本意であると私は考えています。

「する」平和主義に重要な役割を果たす主体として、私はNGOに代表される市民社会の活動に注目しています。冷戦終結後の1990年代以降、NGOによる紛争への非暴力的介入が注目されるようになりました。非武装の多国籍の市民チームが人道危機の状況にある地域に入り、現地の非暴力的な活動家に寄り添うことによって国際社会の目を「抑止力」に、殺戮を予防しようという試みです。私自身も、軍事力の役割を低下させるためのNGO、東アジアの共通の安全保障を実現するためのNGOに関わっています。日本国憲法の前文と9条は、私たちにこのような積極的行動、グローバルな市民社会との連携を求めているのです。

私のゼミでは、2011年から中国の復旦大学と、2018年からは韓国のキョンヒ⼤学も加えて、日中韓の学生と「東アジア学生平和対話」を行ってきました。2日間、みっちり英語でプレゼンテーションと討論を行うものです。研究者や学生による相互交流も、緊張を緩和し、平和を準備するための行動の一つだと考えています。

国際関係学を志す方へ

君島 東彦

君島 東彦国際関係学部 教授

私からすれば、「国際関係学部以外のどこで学ぶのですか?」と問いたいです。
私は、今の日本は鎖国状態だと思っています。国際社会の中で生きていかなければならないのに、世界の情報を知らず、内向きになっている。かつて文明の中心だったため自己変革できず滅びた清国の末期に似ていると感じます。いまの日本は世界がいかに大きく変化しているかに気づいていないのです。
たとえば法学は、日本の法律の現状を説明することに重きを置く学びのため、思考が保守的になりがちです。それではつまらないと思いませんか? 私は憲法を国際関係の中で見ていますが、何事もグローバルに見なければ真の理解はできません。一つの国の中で分析していても何もわからないのです。
世界が現在進行形で大きく動いている今だからこそ、常にグローバルに物事をとらえ、自分はどう変わらなければならないのか、社会をどう変えなければならないのか、それを考えることのできる国際関係学部が一番面白いと思います。

「日本国憲法の平和主義」に興味を持った方へ:BOOKS

豊下 楢彦

昭和天皇の戦後日本―〈憲法・安保体制にいたる道〉

岩波書店(2015年)

柄谷 行人

憲法の無意識

岩波新書(2016年)

メアリー・カルドー著/山本 武彦・宮脇 昇・野崎 孝弘訳

「人間の安全保障」論

法政大学出版局(2011年)

「日本国憲法の平和主義」に興味を持った方へ:FILMS

映画

クロムウェル(Cromwell)

ケン・ヒューズ監督/イギリス(1970年)

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アンジェイ・ワイダ監督/フランス、ポーランド(1983年)