宗教との「三つの関係」から
国際関係をより深く理解する
ダヌシュマン・イドリス国際関係学部 准教授
人は、信仰心の有無に関わらず
宗教的な様式を利用し、
宗教的に行動している
近年の世界情勢を見ていると、宗教という要素を抜きに国際関係を考えることはできないように感じます。
宗教と国際関係について先生はどうお考えですか?
ダヌシュマン 国際関係と宗教の間には、三つの関係があると私は考えています。一つは「新しい関係」です。国際関係学は、第一次世界大戦後、再びこのような戦争を起こさないようにとの目的で西洋において、世俗主主義的な文脈において成立した学問です。そこでは国家がメインアクターで、宗教は研究対象ではありませんでした。ところが、1970年代~80年代のオイルショック、イラン革命など、宗教が絡む多くの出来事によって、国際関係学の理論の中に宗教をとらえ直そうという動きが起こりました。これが「新しい関係」です。
二つ目は「マイナスの関係」です。宗教が悪用されるテロや運動、例えば中東のアルカイダ、ISIS、欧州のカトリックとプロテスタントの紛争から生まれたアイルランドのIRAなど、日本でもオウム真理教の事件がありましたね。
三つ目は「プラスの関係」です。宗教が国際社会に与える良い影響、例えば東欧や南米で民主主義のシステムが導入される際、ポーランド出身のローマ教皇が与えた影響もその一つです。中東では「アラブの春」と呼ばれる民主化運動もありました。政治以外でも、問題の解決に宗教が貢献する例は多くあります。日本でも、東日本大震災の際、宗教団体が支援物資を被災地に届けたり炊き出しを行ったりしました。宗教に関わる教育機関もたくさんあります。
私は、国際関係と宗教について、こうした三つの関係を合わせて考える、つまり、これまでに見てこなかった角度から新たに見ることが大切だと思います。
地域と時代をずらして考えることも重要です。今の日本では、主にメディアによって、宗教は問題を起こす存在とされがちですが、今も宗教を大切にする地域はありますし、例えば聖徳太子の時代は、仏教の考えが社会に大きく役立っていました。16世紀にキリスト教が伝来した際には、さまざまな文化や学問も一緒にもたらされました。違った角度から見ることによって、宗教と社会との関係をより深く考えることができるのではないでしょうか。
先生はトルコでイスラーム学を学んだ後、2000年に来日されました。
どうして日本で研究しようと思われたのですか?日本人の宗教観についてどう感じますか?
ダヌシュマン トルコはイスラームという一神教の社会です。近隣のヨーロッパもキリスト教という同じ一神教の社会。どこか違う社会は?と考え、同じアジアで、歴史的にトルコとの関係も良好な日本で、宗教文化の比較研究をしようと思いました。
一神教の社会では、人々は常に神の存在を意識しながら行動しています。社会のために良いことをする、弱者へ施しをするなど、すべては神のために行うのです。
一方、日本の人々は、特定の宗教に対する帰属意識は薄いものの、一神教の信者と同じような行動をとっていると感じます。唯一神のために行うのか、神様や社会ルールを意識して行うのか。心の中は違っても、結果として現れる行動は同じ、良い行いによって得られる精神的な満足感も同じなのです。
宗教学的な見方では、人間は誰もが宗教的な存在です。社会のあらゆる場面で宗教的な様式を利用しているからです。聖書の代わりに憲法があり、聖歌の代わりに国歌があるのです。社員旅行はある種の巡礼であり、プロジェクト完遂後のパーティーはラマダン明けのお祭りのような感覚です。大昔から人々によって繰り返されてきた宗教的な様式が、信仰のない社会においても気づかないうちに利用されていると言えるでしょう。
今後、世界経済の中心は、その大半が
イスラ―ム世界に属する
新興国にシフトする
先生の授業「宗教と国際関係」はどのような内容ですか?
ダヌシュマン 毎回の授業で、宗教と国際関係をめぐる個別のテーマ、例えば「宗教と偏見」「宗教と国際平和」「宗教と国家」などについて学びます。また、宗教を「非国家主体」と見て、それがどのような活動を行っているか、例えば暴力、政治への影響、社会貢献など、プラスとマイナスの両面から客観的に考えます。
国際関係と宗教の関わりについての知識を増やすことによって、国際社会で起きている宗教に関わる出来事の背景が理解できるようになりますし、メディアを通して知らされる情報の正確さについても判断できるようになります。
宗教について、あるいは宗教と国際関係について学ぶことは、社会でどのように役立つとお考えでしょうか。
ダヌシュマン 今後発展が予想される新興国として経済学者などが挙げる国々、例えばMINTと呼ばれるのはメキシコ、インド、ナイジェリア、トルコ。NEXT11と呼ばれるのはイラン、インドネシア、エジプト、トルコ、ナイジェリア、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、メキシコ、大韓民国です。今後、世界経済の中心は、その半数以上がイスラ―ム世界に属するこれらの新興国へと大きくシフトすると見られています。
人口が多く、資源があり、野心があり、自国の発展に関心が高い若者が多いので、うまく導けばみるみる台頭して、新しいアイデアやビジネスチャンスに恵まれた、国際社会の重要な国になっていくでしょう。
高校生や大学生の皆さんが社会のリーダーになる時期の話です。宗教とは何か、イスラームとはどういうものかを理解していることは、それらの人々との良い関係構築につながり、ひいては自国社会への貢献にもつながるのではないでしょうか。
「宗教と国際関係」に興味を持った方へ:BOOKS
小杉 泰
イスラーム文明と国家の形成
京都大学学術出版会(2011年)
Haynes, Jeffrey
An Introduction to International Relations and Religion
Pearson(2013年)
Bellah N. Robert
Imagining Japan: The Japanese Traditions and Its Modern Interpretation.
University of California Press(2003年)