国際関係学を成り立ちから問い直し
西洋と非西洋を架橋する
安高 啓朗国際関係学部 教授
西洋中心主義に立つ国際関係学を
批判的に見て
西洋と非西洋を
どう架橋するかを考える
「グローバル国際関係学」とは何ですか?
安高従来の国際関係学に疑問を持ち、学問の成り立ちから改めて考えようという一種の運動から生まれたアプローチです。
国際関係学は、国と国との関係をとらえる学問ですが、英米で生まれたものであることから、そのとらえ方には西洋的なバイアスがかかっていました。西洋の常識を世界基準とする視点に立って発展した学問だと言えるでしょう。ところが約30年前、さまざまな学問の間で西洋を世界基準とすることへの疑問が広がり、国際関係学においても、西洋的視点を唯一のものとする伝統的な国際関係学に対する批判的なアプローチが始まったのです。
例えば山奥で他のコミュニティとの交流を絶ち伝統的な風習を守り続けている人々は、西洋視点の国際関係学からは切り離された存在でした。しかし彼らが伝統的な生活を守るためには、国の施策はもちろんのこと、国際的な枠組みの中で周辺環境を保護するスキームなども必要になります。国際社会の現実の中で、彼らが彼らだけで完結して生きるのは不可能なのです。彼らの世界を理解するところから始め、異なる二つの世界をどのように結びつけられるか、どのように共存できるかを考えようとするのが、非西洋的な視点にも立つグローバル国際関係学の立場です。
先生の研究について教えてください。
安高西洋中心主義の上に成り立ってきた国際関係学の中で、西洋と非西洋をどのように架橋するか、そもそも架橋は可能なのかどうかを検証し、グローバル国際関係学の理論構築につなげようとする研究です。現実の国や国家間の関係を見るだけではなく、こうした理論研究も国際関係学の一分野なのです。
今取り組んでいることの一つは世界の学問史、学説史の研究です。これまで顧みられなかった学説の中に、西洋中心ではない国際関係の見方がなかったかを検証するもの。例えば南アフリカでは国の成り立ちにも関わる人種的な側面の強い国際関係学の考え方が存在していました。トルコや日本にもその国特有の考え方が存在しています。これらを整理していく中で、共通する概念が見いだせれば、西洋と非西洋を架橋できる理論の構築につなげられるのではないかと期待しています。社会学、哲学、人類学など他の学問分野の理論や方法論からもアイデアを得ながら、単なる二項対立に陥ることなく西洋主義を乗り越えることが、グローバル国際関係学の課題。その意味で、まだまだ発展途上の分野だといえるでしょう。
先生が理論研究をされるようになったのはどうしてですか?
安高私はイギリスの大学院で批判的な物の見方と出会いました。それまでに聞いたことも考えたこともない理論や考え方を展開される先生の話を聞き「このような見方があるのか」と、目が開かれたように感じました。常識だと思ってきたことが、実は大国にとって有利な「常識」だったということ、こう考えないとおかしいよねと思ってきたことが、実はこう考えないとおかしいと思わされていたということに気づいたのです。それ以降、批判的な見方をする国際関係学の理論に興味を持ち、自分の「常識」をもう一度考え直すために理論的な研究をするようになりました。
「それって本当は
どういうことだろう?」
と考える姿勢を身につけてほしい
先生のゼミについて教えてください。
安高国際学生が多く、4月入学生と9月入学生の両方がいる上、留学する学生も多いので、セメスターごとにどんどんメンバーが変わり、一般的なゼミとは少し雰囲気が違うかもしれません。しかし中身は、メンバーの研究テーマにあわせて選んだ本の中から学生自身が読みたいものを読み、毎週誰かがプレゼンテーションをするなどオーソドックスなスタイルのゼミです。先日は、英国の有名なシンクタンクが出しているジャーナルの最新号を読み、議論しました。アメリカの軍事文化の特徴は、AIを使ったピンポイント攻撃などに見られるテクノロジーへの信奉だとする論文です。発表者はインドネシアの学生だったので、自国の独立時に今のアメリカのテクノロジーがあればどうであったかという考察が発表されました。それに対して違う国の学生からはまた別の見方が示されるわけです。それぞれが自分のバックグラウンドや経験にひもづけて考え、どんどん発言しています。私は見方が偏らないように交通整理をする役割を担っています。
国際関係学部でどのようなことを学んでほしいと思っておられますか?
安高やはり「疑うこと」ですね。「それって本当はどういうことだろう?」と考える姿勢を身につけてほしいと思います。私たちの日常生活は、好むと好まざるとに関わらず世界の動向と密接に関わっているもの。例えばハンバーガーが値上がりしたのはどうしてだろう? そこには日本国内の事情よりも世界情勢がより大きく影響していることが理解できるかどうか。「本当のこと」を知るためには国際社会の理解が欠かせません。生きるために必要な、世界を知るための道具として、国際関係学を学んでほしいと思っています。
国際関係学部ではたとえ短期であっても海外留学に行く人がほとんどです。自分が圧倒的マイノリティになる状況に身を置いて初めて経験することも多いでしょう。「どうしてそんなことを言われなければならないのか」と感じ、考え込むこともあると思います。国際学生との交流の中で気づかされることもあるかもしれません。そうした経験を通して身についたセンシティビティが、国際関係学部での学びを通してよりシャープになっていくことを期待しています。
「グローバル国際関係学」に興味を持った方へ:BOOKS
酒井啓子 編
グローバル関係学とは何か
岩波書店(2020)
Amitav Acharya, Barry Buzan
The Making of Global International Relations:
Origins and Evolution of IR at Its Centenary
Cambridge University Press(2019)
Arlene B. Tickner, Ole Wæver, eds.
International Relations Scholarship Around the World
Routledge(2009)