国際的な人道支援、開発援助の現場で
必要な「理論」と「共感力」
石川 幸子国際関係学部 教授
国際関係も人と人との関係
相手がどう考えているかを
理解する姿勢が大切
「共感力」とはどのような力のことなのでしょうか?
石川私の人生は、学生時代に参加した「東南アジア青年の船」によって大きく変わりました。東南アジアの青年と共に船で2カ月間を過ごし、ASEAN諸国を回る中で、自分の価値観を一度すべて壊し、再構築するという「るつぼ体験」をしたのです。船の中で、最初は英語がよくできる人の周りに人が集まる傾向がありました。しかし最終的に多くの人を集めていたのは、英語力ではなく、「共感する力」でした。その人の立場に立って考えられる人、相手が何を感じ、考えているのかを理解しようとする人、異文化に大きな敬意を払い、受け入れる感覚を持っている人、そういう人格のもとに人が集まるということを目の当たりにしたのです。
その後、私は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際協力事業団、現在、独立行政法人国際協力機構(JICA)でASEAN域内の人道支援や開発援助に携わってきたのですが、その現場でも「共感力」の大切さを実感しました。上から目線で援助すると、援助を受ける側はそれを敏感に感じ取ります。その人が自分の価値観を上からおしつけようとしているのか、それとも「共感力」を発揮して、相手がどう考えているかを理解しようとしているのかはすぐに見抜かれてしまいます。国際関係も、結局は人と人の関係。相手が信じるのは目の前にいる一人の人間なのです。
「共感力」を身につけるにはどうすればよいのでしょうか。
石川「共感力」を身につける一つの方法として、学生たちには「若いうちに途上国に行ってほしい」と伝えています。留学先は先進国だったとしても、それとは別に、途上国の難民キャンプでボランティアをしたり、学校で小学生に教えたりすることを通して、自分の価値観をもう一度考えてみるような経験をしてほしいのです。もちろん、先進国への留学も異文化へ飛び込む貴重な経験です。しかし、途上国での経験がない人は、途上国に対して拒否感を持ったり、「あなたたちはよくわかっていないんですよ」という感覚で上から目線の言動をすることが少なくないというのが私の実感です。若いうちに途上国に行き、友達をたくさん作ってください。そうすれば、現地で台風の被害があったと聞けば、自分のこととして心配したり何かできることはないかと考えたりするようになるでしょう。その感覚が大切です。
難民の人に人生を教えられ
ASEAN大使との議論で
「交渉術」を身につけた
UNHCRやJICAではどのような経験をされましたか?
石川UNHCRでは、難民の人に人生を教えられることが多かったですね。バンコクの難民キャンプ事務所で働いていた中学生くらいの男の子は、両親がどこにいるかわからず、弟と二人で暮らしていました。すごく英語が上手だったのですが、聞くと「カナダで人生をやり直すために英語を学ぶんだ」と言っていました。生きるために必要だから2、3年でペラペラになるんですね。そんなしなやかな強さには驚かされました。一方で、難民条約に入っていないタイでは、難民は不法滞在者となるため、一時的に保護はしても最後まで助けることができなかったという悲しい経験もあります。
JICAではASEANに関わることが多く、ASEANの大使たちと丁々発止の議論を重ねました。ASEAN域内の格差を是正するため、JICAとASEANがタッグを組んで一つの国に特化したプロジェクトを立ち上げようとすると、他の加盟国から猛反発に合い、大使たちを説得するのが大変だった記憶があります。「交渉」とは何かを理解したのもこの時でした。
私自身が助けられたこともありました。東日本大震災の直後、ASEAN大使の会議の一部へ参加した時に、議長を務めるラオスの大使が呼びかけ、全員で日本の犠牲者へ黙祷を捧げてくれたのです。感謝の気持ちでいっぱいになった私は、援助を受ける側の気持ちを身にしみて理解することができました。支援する側、される側、そこに上下関係はありません。目の前の人が困っている、悲しんでいる時に「共感力」を持って接することが大切だということを改めて実感しました。
自覚をもってアンテナを張り
「理論」と「共感力」を
身につけてほしい
国際機関で働きたい人はどのような勉強をする必要がありますか?
石川まずは、大学で国際関係の基礎的な知識をしっかり学ぶ必要があるのは当然のことです。国際機関で働くには修士号が必須ですから、大学院にも進学して、世界を見るための「理論」というツールをしっかりと身につけてほしいですね。でもそれだけでは十分とは言えません。状況が許せば、海外での経験を通して「共感力」を身につけてほしいと思います。若ければ若いほど吸収力は大きく、人生の根幹になるような経験ができると思います。大学はさまざまな機会に恵まれているところですから、自覚をもってアンテナを張り、4年間、もしくは6年間でどれだけ「自分育て」ができるか、それが大切だと思います。
国際機関に就職するための王道は、外務省の「JPO派遣制度」に応募することです。国際機関に派遣されて2年ないし3年間の勤務経験を積み、その間に人脈を作ってポストを得るという方法です。社会経験をしてから空きポストが出た時に応募するルートもありますが、かなりの狭き門だと言っていいでしょう。
私が担当する科目「プロフェッショナルトレーニング」では、国際機関で働きたいという高い志望を持つ人のために、国際機関の職員、外交官、青年海外協力隊員など、国際的な仕事をしているさまざまな人をゲストとしてお招きしてお話をしていただいています。仕事の内容はもちろん、どのような勉強をすればよいのか、どのように応募すればよいのか、といった情報も得られますので、当初の志望を持ち続け、努力してほしいと思います。
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