異文化に飛び込んで
自分にとっての「当たり前」を問い直す
スミス ナサニエル マイケルSMITH Nathaniel M.
国際関係学部 准教授
新宿歌舞伎町の変化を
フィールドワークで明らかに
先生の研究内容を教えてください。
スミス文化人類学の観点から、日本の市民社会や政治活動について研究しています。文化人類学は、異文化の中に飛び込んで長期間のフィールドワークを行うことによって、社会や文化のあり方を探求するものです。異文化の中で、人々と長い時間を共に過ごして信頼関係を築き、現地社会の観点をベースに観察を行います。フィールドワークで得られた情報と、過去の文献や論文、SNSとメディアをあわせて検討することによって、文化をより深く理解できます。当事者意識を持って、かつての「当たり前」を改めて問い直すこともできるのがこの分野の意義深さです。
2019年から取り組んでいるのが、コミュニティとしての新宿歌舞伎町の変貌に関する研究です。私が交換留学生として初めて日本に来た20年前、東京は治安がいいと聞いていたのに、「歌舞伎町周辺は気をつけろ」と言われるようなイメージの悪い場所でした。性産業やグレーなビジネスがあって、暴力団が活動する眠らない街でした。一方で希望と失望が混ざり合う街でもあったんです。戦前からも台湾や朝鮮半島の移民が暮らすエリアで、戦後に周辺を含め娯楽産業が盛んなエスニックタウンになりました。東京都の浄化作戦や新しい事業に応えたかのように、近年外国人観光客が大幅に増え、歌舞伎町はサムライミュージアムやロボットレストランのある「外向け」エンタテインメント繁華街に生まれ変わりつつあります。この変化する街の姿に興味を持ち、フィールドワークをするようになりました。
街並み、人の流れ、歩く人の仕草、すべてが観察の対象です。さまざまな職業の人にインタビューやアンケートをとり、行政の政策はどのような影響を与えたのか、街の変化に関して人々はどうとらえているのか、などについて考察しています。コロナ禍によって観光客が消え、歌舞伎町はあらたに別の課題を抱えています。今後も様々な視点で研究していくつもりです。
「当たり前」を共有しない人や
社会と出会い
柔軟な視点、新しい視点を得る
文化人類学を研究することの意味についてどう考えておられますか?
スミス私たちは、気づかないうちに自分の経験からくる先入観を持っているものです。自分にとっての「当たり前」が、実は普遍的なものではなかったという経験は、ちょっと県をまたぐだけでもあるのではないでしょうか。違う国、違う言語、違う暮らしぶりならなおさらです。私は、そのギャップから面白いものが見えてくると思っています。
交換留学生として初めて日本に来た時の経験です。私は、高校生の時にバンド活動をしていたので、日本でも仲間を探してバンドに入ったのですが、ギャップを通じて日本における「バンド活動」についていろいろ学びました。たとえばバンドの立ち位置。日本ではだいたい客席から見て右がギター、左がベースです。どんなに小さなライブハウスでも、ギターとベース用のアンプがそれぞれ備えてあるので自然と立ち位置も決まってしまうのです。アメリカではライブハウスに限らずバンド活動を行います。アンプのないハコもあり、各自が私物のアンプを持ち込み、立ち位置も自由に決めていました。このようなささいなギャップにも気付きや発見があるという好例です。
私は、高校生の頃から小津安二郎や小林正樹の映画、日本の音楽が好きでした。日本はなんとなくゆかりのある国だったのです。大学生の時、日本語の勉強を始めたのは軽い気持ちからでしたが、学び始めて1か月後に東京へ1年間の交換留学をするチャンスに恵まれたことが、今につながっています。
インタビューで望む答えは
返ってこない
偏った先入観を捨て、耳を傾ける
先生のゼミについて教えてください。
スミス現在ゼミ生が取り組んでいるテーマはいろいろ、「宗教と商売における精進料理」「京都の宗教とアジアの移民コミュニティ」「ヴィーガンの社会活動」「ダイバーシティと教育環境」などです。ゼミ生にはフィールドワークを通して文化人類学的なアプローチをすることを推奨しています。
私は、文献を紹介し、フィールドワークの具体的な方法論、たとえばどう信頼関係を築くのか、どう話を聞くのかなどを段階的に指導します。よくゼミ生に話すのが、「インタビューをしても望む答えが出ないことが多い」ということです。話を聞く前には文献などから十分な知識を得ていくのですが、実際に研究対象の社会に飛び込んでみると「それは違う」と言われたり、そもそも話すらしてもらえないことがあります。そんな時はひたすら相手の話に耳を傾けます。「質問で相手を束縛しない」「当事者の観点から実態を学ぶ」ことが大切です。思い込みや先入観をくつがえされるのもフィールドワークの面白さだと思います。
「文化人類学〜新宿」に興味を持った方へ:BOOKS
稲葉 佳子、青池 憲司
台湾人の歌舞伎町―新宿、もうひとつの戦後史
紀伊國屋書店(2017)
佐々木 美智子
新宿―ゴールデン街のひとびと
七月堂(2018)
中谷 吉隆
蠢く街 新宿 What 1955-2017
日本写真企画(2018)
「文化人類学〜新宿」に興味を持った方へ:FILMS
映画
さよなら歌舞伎町
2015年、日本
映画
ロスト・イン・トランスレーション
2003年、アメリカ/日本
映画
新宿インシデント
2009年、香港/日本