資本主義

経済システムに視点を置いて
人の生活や国際関係を見る

森岡 真史

森岡 真史国際関係学部 教授

日常生活に大きな影響を与えている
経済活動の原理から国際関係を見る

資本主義の視点から国際関係を見るのはどうしてですか?

森岡 国の首脳が集まって大事なことを決めたり、さまざまな紛争が起きたり。国際関係といえばこうした大きな出来事が注目されがちです。けれども、世界で起きる出来事を理解するためには、それぞれの国で生活している人のふだんの行動やその背景にも目を向ける必要があります。

人の生活は多面的で、さまざまな要素から成り立っています。その中で、私が資本主義あるいは市場経済というシステムに視点を置くのは、それが、人々の日常生活において大きな部分を占める、働いたり、消費したりするという経済活動を動かす原理だからです。

利潤を追求する企業はもちろん、例えば大学のように利潤追求を目的としていない機関であっても、収支のバランスをとらなければならない点では、市場の原理に沿う存在です。ものを買うこと、お店でアルパイトすること、大学で勉強すること、今、この記事を読んでいることを含めて、日々の生活の多くの部分に、市場の原理が入り込んでいます。どんな仕事をすればどれだけのお金が手に入り、どれだけの種類の商品の中からどんなものが買えるのか、という問題は私たちの感情や意識、幸福感を大きく左右する要因です。

冷戦終結後、世界の多くの国で資本主義が選択されていますね。

森岡 資本主義には不平等、格差、失業などマイナスの側面もあります。そこで、20世紀に入ると、平等な社会を目指し、国が計画的に生産と分配を管理する社会主義経済が生まれ、20世紀の終わりまで、世界が東西のブロックに分かれる冷戦時代が続きました。しかし今、多くの国が資本主義を選択しています。その根底には、冷蔵庫からスマートホンまで、新たな生産物が次々と現れて生産物の多様化が進むこと、そして、多様な商品の中から自分の好きな(必要な)ものを選んで買うことへの、人々の強い欲求があります。これは国際関係を見る際にも、たいへん重要な要素と言えるでしょう。

というのも、そうした欲求は、長い目でみると、体制の転換を引き起こす力になることもあるからです。社会主義体制と東西冷戦の終結をもたらしたのは、政治的な自由が制限されていることへの怒りだけではありません。それに加えて、東側の人々はまた、生産物の種類が乏しく質もよくないこと、西側にはあるものがここにはないことや、ものを買うのにひんぱんに行列や待機が必要であることに、不満をつのらせていました。

シンガポールや、改革後の中国の事例が示すように、経済活動の自由がもたらす豊かさは、政治的な自由が制限されていることへの批判をある程度まで和らげることができます。一方、中東諸国の一部では、消費生活への埋没によって宗教的な求心力が低下することへの警戒がみられます。このように、人々が消費の豊かさ、経済活動の自由に人々が引き寄せられていく傾向の中で、それを利用したり、抑え込んだりしながら政治が行われているという視点を持つことが大切です。

資本主義のプラスとマイナス
を理解し、歴史に学ぶ

先生のご研究の具体的な内容を教えてください。

森岡 私の専門分野は、企業がものやサービスを生産・販売する市場の仕組み、メカニズムです。今は、買い手が欲しいものを欲しい時に買える仕組み、そして、買い手が欲しいものを次々と創り出していく仕組みに関心を持ち、研究しているところです。こうした資本主義のプラスの側面は、市場での競争が、販売をめぐって行われていることと深く関わっており、販売競争はまた、仕事を見つけることの難しさ、仕事そのものの厳しさ、仕事に対する報酬の格差の原因でもあります。

現在、格差や気候変動問題などを契機に、資本主義の限界が語られることが増え、違うシステムを作り出そうという議論も活発になっています。そうした議論を行ううえで私が大切だと考えているのは、資本主義のマイナの側面を根本的に乗り越えようとした社会主義がどのように生まれ、どのような結果に終わったのか、その歴史を改めて振り返ることです。資本主義を批判するさまざまな思想、またそうした思想に基づく革命や改革がもたらした結果について考えることも、研究テーマの一部です。

「経済成長と人間の幸福」をテーマに
より絞り込んだ問題設定で研究を行う

先生のゼミについて教えてください。

森岡 ゼミ全体のテーマは「経済成長と人間の幸福」です。高度経済成長期は、所得が増え続けることを前提として、個人がそれぞれの価値観のもとに幸福を追求できた時代でした。しかし成長が減速した今、何を大切にすべきかが社会全体で議論され、国際機関でさまざまな「幸福度」の指標が作られるようになっています。ゼミ生は、このテーマを共通の軸としながら、自分の関心にあわせて自由に設定したテーマについて研究し、卒論にまとめています。ゼミ生の設定するテーマは多様です。例えば「インドのサプライチェーン」をテーマに、輸送・ロジスティック ・IT活用など、特定の地域の特定の仕組みに焦点をあてる、ベーシックインカムに関連して「生存権と労働」という理論的なテーマを設定する、ジェンダーギャップの視点から「女性の洋装化の歴史」について調べる、などです。

卒業論文については、国際関係学部らしく広い問題意識を持ちながら、より絞り込んだ問題設定を行うことの大切さを皆さんに伝えています。

国際関係学を志す方へ

森岡 真史

森岡 真史国際関係学部 教授

人間の活動の中で、経済活動は大きな部分を占めていますが、すべてではありません。国際関係学部では、経済そのものだけでなく、それが人間の活動の中でどんな位置を占め、どんな役割を持っているのかについても、相対化して学ぶことができます。
世界のさまざまな地域のこと、そこで起こっていることを広く学んだうえで、経済や政治など自分にとって関心のある部分領域について深く学ぶことによって、そのつながりを大きく見ることができるのが国際関係学部の強みです。
知的好奇心が旺盛で、いろいろなことにアンテナを張り、個別的・部分的な要素が全体としてどのようにつながりあっているのかを、糸をたぐるように探っていきたいという人に、国際関係学部の学びはとりわけ適していると思います

「資本主義」に興味を持った方へ:BOOKS

塚本 恭章

経済学の冒険

読書人(2023年)

ウィリアム・バーンスタイン

「豊かさ」の誕生:成長と発展の文明史

日経ビジネス文庫(2015年)

ブランコ・ミラノヴィッチ

資本主義だけ残った

みすず書房(2021年)

コルナイ・ヤーノシュ

資本主義の本質について

講談社学術文庫(2023年)

猪木 武徳

戦後世界経済史 自由と平等の視点から

中公新書(2009年)