比較政治学

民主主義の後退とどう戦うか?
成功/失敗例の国際比較で考える

本名 純

本名 純国際関係学部 教授

民主主義を回復させるために
権力エリートたちの話を聴き、
その思考回路を探る

先生は比較政治、特に東南アジアの政治について研究されているのですね?

本名今、世界中で民主主義の後退が懸念されています。スウェーデンのある研究機関で2022年に行われた調査では、自由で民主的といえる国は世界中で34か国にまで減少した一方、権威主義・専制主義の国はどんどん増えています。

民主主義が後退するのはどうしてか、以前は民主主義だった国が権威主義になるのはどうしてか、自由を求める市民はそれにどう抵抗しようとしているのか?私はそういう視点から、アジア、主に東南アジア、とりわけインドネシアの政治を見てきました。近年、アジアでは、香港、ミャンマー、フィリピン、タイなどで、権力の暴走による民主主義の後退が起きています。それぞれ歴史も文化も違う国ではあるのですが、比較してみると、共通した傾向も浮き彫りになります。一方で、市民が戦うことによって民主主義を回復できた事例から、成功の秘訣も浮き彫りになります。私はこういう比較研究によって、民主主義の重要性を改めて認識し、アジアの民主主義が健全であり続けることに知的貢献したいと考えています。

どのような調査を通して比較研究されるのでしょうか。

本名民主主義を回復し、力強くしていくためには、独裁者や強権的な指導者などの権力エリートが、何を考えて政治を運営し、民主主義を壊そうとしているのかを知る必要があります。そこで私は、インドネシアを中心とした東南アジアの国々で、国会議員、政党のリーダー、国軍の幹部、警察幹部など、政治に影響力を持つ権力エリートに直接インタビューを行うようになりました。彼らのビジョンや思考回路を理解し、どのような権力欲や既得権益に固執して行動しているのかを知りたいからです。

彼らにも本音と建前があるので、建前も聴きながら、いかにして本音を聴き出すかが駆け引きになります。聞き取り調査は難しいし、失敗も多く、時には怖い思いもしますが、一見「こわもて」の人たちでも意外とチャーミングだったり、「何人殺したことがある・・・」とか平気で自慢するオッチャンたちもいたりして、彼らの話はスリリングで飽きません。私がジャーナリストでないことを彼らも理解しているので、インタビューがメディアに出ることがないという安心感もあって色々語ってくれるのだと思います。私は、彼らのストーリーを学術的に意味のあるものに加工し、「民主政治の変動」を実証的に分析することが自分のミッションだと思って、これまで研究活動をしてきました。

選挙グッズ屋(左)と選挙カー(右)(インドネシア、2019年)

グローバル化が進めば進むほど
ローカルに対する
深い理解が必要になる

民主主義の向上に対して、なにか希望はあるのでしょうか?

本名私は、権力をしっかり監視できる仕組みを整えることが改めて重要だと考えています。現在、その仕組みが、権力エリートによって、気づかないうちに崩されているような事例が多くの国で見られますので、きちんとした制度設計を行うことによって、権力が暴走することなく、市民の自由と権利がしっかり保護される政治に導いていかなければいけないと考えています。

権力を監視する仕組みづくりには市民社会の力が欠かせません。私は市民社会の活動も観察して関係者にインタビューを行っていますが、自分たちで権利を勝ち取るのだという強い思いを持つ人たちが多いことは大きな希望です。東南アジアでは、どの国でも大学生が非常に強い使命感を持っています。大学に進学できるのは社会ではまだ一握りの人たちなので、その意味でエリート意識は高いですが、彼らと話していると、エリート候補だからこそ理念を掲げて社会に貢献しなければという信念や、「社会変革のカタリスト」として期待されているという強い意識を感じます。彼らの熱い訴えと抗議運動に触発されて、権力エリートの内部にも「このままではいけない」と改革志向に転ずる人たちも少なくありません。これが大きなムーブメントになれば政治も変わっていくでしょう。私は彼らの若いエネルギーに希望を持っています。

選挙集会(インドネシア、2019年)

日本の東南アジアに対する取り組みはどうでしょうか。

本名日本の東南アジアへの国際協力は、これからますます地域研究からの政策提言が大事になってくると思います。国際社会は、これまでも東南アジアに対して民主化支援を行ってきました。しかし、その多くは、以前に東欧やアフリカで採用してきた民主化支援のテンプレートを東南アジアでも適応可能だろうという発想で行われてきました。他の地域で成功したから東南アジアでも成功すると考えるのは危険です。実際、権力エリートが巧みにその民主化支援を骨抜きにする実態も東南アジアで多々見られます。政策立案者が、その国の現場の実態を知らないために、こういうことが起きやすいのです。私は、ローカルな政治権力の実態を理解した上で、政策立案に活かせる材料を提供するように努めてきました。例えば、日本政府がインドネシア初の本格的な世論調査機関の設立を支援したときも、アドバイザーとして現地で色々提言をインプットさせてもらいました。また、海上保安庁も東南アジアのコーストガードの能力向上支援を行っていますが、当初の構想から現在に至るまで関与させてもらっています。

外国政府や国際機関が、ある地域で民主化支援や安全保障協力を行う際、彼らには見えない地元の力学があり、その視点を提供できるのは我々のような地域研究者です。そのニーズはますます高まっています。グローバル化が進めば進むほど、各地のローカルに対する深い洞察力が必要になっていると思います。その意味で、地域研究と政策立案の有機的なコラボこそが、今後の日本の東南アジア政策の充実化に貢献すると考えています。

武闘派大衆組織の集会(インドネシア、2022年)

身近な生活と東南アジアの関係
その裏側にあるものを
直視してほしい

先生のゼミについて教えてください。

本名東南アジア地域研究のゼミです。私たちの日常生活と東南アジアの間で、いま急速に人とモノのつながりが深まっています。私たちは、無自覚のうちに、カンボジアで縫製されたTシャツを着て、ボルネオ島の森林で大規模に伐採された木で作られたコピー用紙を大量に使い、ベトナム人技能実習生が作るコンビニ弁当を食べ、インドネシア人乗組員が水揚げするサンマを「日本の秋の味覚だ」と喜んで食べています。

ゼミでは、私たちが当たり前のように購入したり口にしたりしているものが東南アジアからどのようなプロセスを経て届くのか、技能実習生が抱える問題はどういったものかなど、身近な日常と東南アジアとの関係について調べ、考えています。その中で、安いコピー用紙やお弁当や洋服などが手に入る裏側には、劣悪な労働環境や、ずさんな森林管理があるということが見えてきます。もう私たちは、それを見て見ぬふりをしたり、「そんなの関係ねー」と無関心を決め込むことはできません。消費国としての責任を考える世論を喚起し、外交や貿易の在り方を見直す世論の声を高めていかないとだめだと思っています。ゼミでは、そういう議論をよく行っています。

国際関係学を志す方へ

本名 純

本名 純国際関係学部 教授

日本の国際的な立場や、外国の情勢に興味をもって、国際関係について学ぶことは、大学生活4年間をかけるだけの価値があります。学びを通して、当たり前だと思っていた日本の日常や常識に疑問を持ち、その疑問に対して納得できる答えを探すため自分から動ける人になることを期待しています。そうなるための4年間です。大学卒業後も、仕事やバカンスで外国との接点はあると思いますが、他学部出身者より、国際関係学部出身の人たちは、外国を鏡にして日本を振り返る習慣が身についています。人口減少と少子高齢化で、これからもっと本格的で大規模な「国際化の波」が日本を直撃しますが、そういう時代を導き、そして楽しめるのは、皆さんのような国際関係学を志す人たちです。

「比較政治学」に興味を持った方へ:BOOKS

ラリー・ダイアモンド

侵食される民主主義 上・下

勁草書房(2022)

見市 建、茅根由佳 編著

ソーシャルメディア時代の東南アジア政治

明石書店(2020)

本名 純

テキ民主化のパラドックス:
インドネシアにみるアジア政治の深層スト

岩波書店(2013)

「比較政治学」に興味を持った方へ:FILMS

映画

ローサは密告された

2016年、ブリランテ・メンドーサ監督、フィリピン