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【カンボジアの読書案内】(和書)

京都大学東南アジア地域研究研究所 教授 小林知

一般向け
上田広美、岡田知子、福富友子編. 2023.『カンボジアを知るための60章 第3版』明石書店.
 歴史、人々の暮らし、社会、政治や経済の様子を伝えるエッセイ(短文)を、バランス良くおさめた、現代のカンボジアに関するガイドブック。最初は2006年に出版されたが、今年、内容を一部アップデートして2度目の再版となった。多岐にわたる話題に目を通すなかで、自分が、カンボジアの何に興味を覚えるのかを確かめてみることができる。旅行の際に携行して、現地で読んでみても、発見が多いはず。
リティ・パニュ、クリストフ・バタイユ. 2014.『消去 虐殺を逃れた映画作家が語るクメール・ルージュの記憶と真実』現代企画室.
 大虐殺が生じた、1970〜75年のポル・ポト時代の「革命」の下のカンボジアについては、日本語の本が数多くある。ここではそのなかから、その時代を生き延びて、世界的に活躍するようになったカンボジア人映像作家リティ・パニュの自伝を挙げたい。その時代を生きた人自身の、第三者がまとめた概説にはない心象の記述には、重みがある。カンヌ映画祭での受賞(2013年)で知られる映画『消えた画 クメール・ルージュの真実』もあわせて鑑賞すると、行間に漂う著者の思いについて理解が深まる。
小川哲. 2017. 『ゲームの王国(上、下)』早川書房.
 内戦とポル・ポト時代の惨劇を経験したカンボジアは、漫画『ゴルゴ13』や船戸与一の冒険小説など、フィクションの世界で題材として登場することが多くある。最近でも、戦場であったという過去のイメージをたどって、そこに暮らす人々の貧しさと暴力を印象づける取り上げ方がみられる。本書は、推理SF小説の舞台としてポル・ポト時代のカンボジアを描く。フィクションであるが、惨劇のなか生活を送っていた当時のカンボジアの人々の存在について、喚起を促す力がある。「第38回日本SF大賞」・「第31回山本周五郎賞」を受賞。
森本喜久男. 2015.『カンボジアに村をつくった日本人 世界から注目される自然環境再生プロジェクト』白水社.
 1990年代以降、カンボジアには開発援助の波が国外から押し寄せた。政府関係者やNGO職員であったり、国際機関から派遣されたりなど立場は様々ながら、カンボジアの社会と人々の暮らしの向上のために尽力しようと多くの日本人が現地で活動した。それらの人々が、帰国後に出版した日本語の見聞記・体験記が複数ある。ここではそのなかから、京都・西陣の友禅職人だった森本さんが、タイでのNGO活動を経て内戦後のカンボジアの絹織物の生産の復活に関わり、そのための村までつくった活動の軌跡をたどる本書を挙げておく。
アング・チュリアン、プリアプ・チャンマーラー、スン・チャンドゥプ. 2019.『カンボジア人の通過儀礼』めこん.
 カンボジア人の民族学者による、カンボジアの伝統的な宗教文化の記録。表紙には、初潮を迎えた女性が伝統的に経験したという、「陰に籠もる儀礼」に参加しているあどけない少女の容貌の写真を配する。全体を通して美しく色鮮やかな写真が続き、ページをめくるだけでも楽しい。しかし、その文化では、人の生死がどう考えられてきたのかといった深い問いに、いつの間にか引き込まれる。このような伝統的な宗教文化を保持し、生きる人々の生活は、いまのカンボジアでは徐々に減少している。
北川香子. 2009.『アンコール・ワットが眠る間に カンボジア 歴史の記憶を訪ねて』連合出版.
 歴史研究者がエッセイ調の平易な言葉で著した、カンボジア各地の伝承の世界についての本。もしもカンボジアで時間をもつことができて、地方を旅行することなどあれば、ぜひ本書を手に取ってみて欲しい。ページを開くと、目の前の樹や岩や山がかつて見ていた世界や、仏教寺院などの人による造形物や目の前の人々自身の祖先がつくっていた歴史的な世界が甦ってくるような感覚を楽しむことができる。
研究書
笹川秀夫. 2006.『アンコールの近代 植民地カンボジアにおける文化の政治』中央公論新社.
 カンボジアといえばアンコールワット遺跡、いつかは訪問してみたいと憧れる方も多いはず。よってここでは、アンコールに関連した本を3冊紹介したい。最初は、カンボジア語、タイ語、フランス語に秀でていた歴史学者が著した植民地期カンボジアの文化をめぐる政治の研究書。植民地時代のフランス人学者らのカンボジアへの眼差しの中心には、アンコールがあった。それをどうカンボジア人の知識人が受けとめ、自分たちの文化のものとしていったのか。カンボジアにおける近代の幕開けを知ることができる。
藤原貞朗. 2008.『オリエンタリストの憂鬱 植民地主義時代のフランス東洋学者とアンコール遺跡の考古学』めこん.
 アンコールへ特別な眼差しを注いだフランス人の東洋学者が生きた歴史的な世界を描いた研究書。本書が描き出す、考古学という学問や美術品というモノを通じて東洋と西洋が交錯する様子は、カンボジアを超えた大きな歴史の流れに読者の視線をいざなう。日本の学術界とアンコール遺跡との関わりを扱った章も興味深い。「サントリー学芸賞」(2009年)受賞作品。
三浦恵子. 2011.『アンコール遺産と共に生きる』めこん.
 2000年前後の調査にもとづいて、アンコール遺跡を生活の場として生きていた人々の日常生活と、遺跡をめぐる保全政策や管理の問題との関係性を考察した研究書。アンコール地域は、本書以降の、2010年代に市場経済化の進展によって劇的な変化を遂げた。その前段階に存在した、一昔前の人々の生活の世界を垣間見ることができる。同じころのカンボジアの農村の様子については、『カンボジア村落世界の再生』(小林知、2011、京都大学学術出版会)も手にとってほしい。
明石康. 2017.『カンボジアPKO日記 1991年12月〜1993年9月』岩波書店.
 いまのカンボジアの国家は、1993年に誕生した。その歴史過程に、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の代表として立ち会った明石康氏の日記。複数に分かれて互いに抗争していた政治勢力が同じテーブルに着いて、和平の実現について話し合ったこと。国連が中心となって、そのための選挙を準備したこと。こう書くとシンプルな出来事だが、そこには思惑を違えた当事者たちの生々しい駆け引きがあった。その記述からは、当時のカンボジアに存在した熱を確かに感じる。
小林知編.(近刊).『カンボジアは変わったのか? 1993〜2023』めこん.
 1993年に新しい国が樹立されてから今年で30年が経つ。本書は、その後に進んだ「復興・開発」と呼ばれる過程を一望し、その動態の内実を問い直す。長い紛争から立ち上がった新しい国家と社会において、民主化という当初の目標がどう目指され(その後頓挫し)たのか。市場原理を基本とする経済の導入がどう進み、いかなる変化を引き起こしたのか。家族生活や教育、外国人の人権はどのような状況にあるのか。仏教や古典舞踊、文化遺産の保全はどう変容したのか等々。現在のカンボジアについての総合的な理解を提供する。