新企画 『アジアと日本は、今』(研究者エッセイ・シリーズ)
Asia-Japan, Today (AJI Researchers' Essays)
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第7回「コロナ禍から観た北朝鮮と核」

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崔正勲(立命館アジア・日本研究機構 専門研究員)

 2020年、新型コロナウィルス(COVID19)が世界中で猛威を奮っている。米ソ冷戦体制崩壊から約30年が経ち、グローバルよりもインターナショナルな新しい流れが出来ようとしている感があるが、その輪郭はまだはっきりしていない。今回は現在人類を苦しめているこのコロナ禍を踏まえ、小生の専門である朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)と核兵器に関連するいくつかの事柄について、思いつくままに記したい。

 まず、このCOVID19はいまだ解明されていない部分が多いという点で、北朝鮮と類似している。少し前に金正恩重篤説や死亡説が米・日・韓でまことしやかに報道された。ある韓国の国会議員は5月1日に「金正恩は先週末死亡したことが確認された」とメディアのインタビューに答えてさえいたが、結局元気でいることが判明した。一昔前と比べ、まだ北朝鮮に関する情報が公に出るようになったとはいえ、北朝鮮の内部はまだまだブラックボックス、いくら衛星などからその外部を覗けども、また内部情報を知っていると謳う脱北者から話を聞けどもわからない点が多いのだろう。

 北朝鮮と関連した研究を行う上では、このような現況を十分に踏まえ主観を極力排し、科学的であらんとする、ある種の謙虚な姿勢が必要である。そうでないと、人は自分の見たいものを見るようにできている(いわゆる確証バイアス)。

 新型コロナ対策も同様なのかもしれない。まだまだわからない点が多い未知のウィルスに対抗するにおいて、主導的役割をなすべき科学が、あまりに他の主観的要素(例えば思想、政治、経済)に引っ張られるようなら、人類はCOVID19の本質を見失うことになるであろう。

 北朝鮮におけるCOVID19の死者数は、公式発表上はゼロである。最近、駐朝ロシア大使が「北朝鮮は新型コロナウィルスの遮断に成功した」と述べたが、真偽のほどはまだわからない。ただ、武漢での新型コロナウィルスの大流行が報じられる前から、北朝鮮はすべての国境を封鎖し、ウィーン条約違反を覚悟で北朝鮮に駐在している他国の外交官も含め感染が疑われる人たちを隔離した。その強引とも思えた措置は、今となってはCOVID19を封じ込める上では非常に効果的な方法であったことがわかっている。また、先に行われた朝鮮労働党中央軍事委員会第7期第4次拡大会議に参加した北朝鮮の幹部らは、誰一人マスクをしていなかった。これらを考慮すると、当初の一部北朝鮮ウォッチャーによる予想(COVID19が北朝鮮に大打撃をもたらす)とは反対に、少なくとも北朝鮮のコロナ対策が、ベトナムや台湾と同等の成果を収めているとしても何ら不思議ではないであろう。

 一方、米国のCOVID19による死者は、10万人を越えた(2020年5月29日時点)。これは朝鮮戦争(死者約36,500人)、ベトナム戦争(死者約58,000人)、イラク戦争(約4,500人)、アフガニスタン戦争(約2,000人)の合計とほぼ同数である。結果として、現在米国では社会的、経済的歪みが噴出するに至っている。

 しかしながら、万一核兵器が米国の主要都市で爆発したなら、その死者数と社会的影響はコロナによるそれの比ではない。1945年8月の米国による広島への原爆投下によって亡くなった方は、1945年末までに約14万人、これまでで約30万人に上る。またNukemapによる試算によると、250ktの核爆弾、たった「1発」がニューヨーク上空で爆発した場合、その熱線、爆風などによる推定死者数は、少なく見積もって約95万人に上る(この数字には放射性降下物による被害は含まれていない)。同様の核爆発が東京で生じれば約63万人、ソウルでは約62万人の死者数が推定されるという。いずれのケースも、6月12日時点におけるCOVID19で生じた全世界の死者数の総計約42万人余を上回っている。

 核戦争が勃発した場合、核爆弾による直接の死者に加え、コロナ禍とは桁違いの医療崩壊が起こることも想定しなければならない。かつ北海道胆振東部地震の時のようなブラックアウト(全域停電)が生じる可能性が高く、このコロナ禍では機能しているライフラインを含む社会機能が、核戦争においては著しく麻痺することが予想される。これらによって発生する経済的損失は言わずもがな、であろう。要するに、核兵器に起因する医療崩壊、ライフラインの断絶などの社会・経済機能麻痺によって、死者数がさらに膨れ上がることは、ほぼ既成事実といっても過言ではない。

 さらに細菌兵器を含むその他の大量破壊兵器が北朝鮮にもし存在し、使用されることとなれば、その被害はより一層ひどくなろうことは想像に難くない。そして、北朝鮮をめぐる核戦争(それはおそらく第三次世界大戦となるであろう)の災禍は、米軍基地があり、北朝鮮と国交がない日本にも必ず及ぶ(在日コリアンである小生としては、このような事態に至らないことを願うばかりではあるが…)。

 科学的に見て、核戦争が人類にとって合理的帰結ではないことは明らかである。新型コロナ・ウィルスが現れたこの新しい時代においても、核戦争を起こさないというこれまで守られ続けてきた人類の叡智が引き続き発揮されるよう、これからも北朝鮮と東アジアの安全保障についての研究を通じ、微力ながら貢献していく。

(2020年6月12日)

〈プロフィール〉
崔正勲(チェ・ジョンフン)立命館アジア・日本研究機構専門研究員、立命館大学授業担当講師、学習院大学東洋文化研究所客員研究員(東アジア学共創プロジェクト)。立命館大学博士(国際関係学)。専門は国際関係学、安全保障学(核戦略)、地域研究(朝鮮半島)。主な著書に、『なぜ朝鮮半島「核」危機は繰り返されてきたのか』クレイン(2020年)。最近の論文に、"Advancement of North Korea's Nuclear Weapons and Survivability under the Kim Jong Un Regime: An Assessment based on Nuclear Deterrence Theory", Journal of the Asia-Japan Research Institute of Ritsumeikan University (Vol. l), July 2019, pp.73-94.など。