多くの留学生が、さまざまな困難があってもそれを乗り越え、前向きに学業に取り組んでいる一方で、来日から時間が経っても、日本の生活や学校に適応できない人がいます。その違いがどこにあるのかが分かれば、効果的にモチベーションを促すことができるのではないか。そんな発想から研究をスタートさせました。現在取り組む研究では、日本に留学する前の「動機づけ」が、留学してからの日本での生活の適応にどのような影響を及ぼすかを明らかにしようとしています。今回の渡航は、調査対象となる留学予定の学生を確保し、インタビュー調査を行うことが目的でした。
研究滞在に協力してくださった河南大学の王瑋先生とは、日本心理学会の留学生ネットワークで知り合って以来、これまでメールなどで連絡を取り合ってきました。ご自身も日本への留学経験をお持ちで、私の研究テーマに深い関心を寄せ、今回の滞在中も惜しみなく協力してくださいました。
渡航したのは2022年8月下旬。コロナ禍のためホテルで10日間の隔離期間を経た後、河南大学のある開封市に向かいました。河南省東部、首都の鄭州から1時間余りの場所にある開封市は、数々の都がおかれてきた歴史ある街で、今も随所に寺院や古い建物が残っています。私も訪れたのは、初めてでした。
2008年に日本に留学して以来10数年、日本で暮らしている間に中国は大きく変化を遂げており、母国ながら戸惑うことがたくさんありました。一番の変化は、電子マネーの普及です。街の小さな商店や食堂でも現金を使うことはほとんどありません。渡航前は、クレジットカードがあれば何とかなるだろうと高をくくっていたのですが、カードが使えない店も多く、電子マネーは必須だと感じました。私は自国の身分証を持っているため、容易に銀行口座と連携させることができましたが、日本人の方の場合は、事前に手続きを済ませておく必要があると思います。
もう一つ不可欠だったのが、「電話番号」です。隔離期間を終えて最初にしたのは、現地で携帯電話を確保することでした。というのも、中国で使える電話なしにはインターネットで取引できないからです。インターネット決済の際、日本では多くの場合、メールアドレスを入力してアカウントを作成しますが、中国では「電話番号」の入力が必須です。そのため最初は列車のチケットを取ることも、ホテルを予約することもできず、非常に困りました。
滞在中は、受け入れ教員の王先生に河南大学と提携しているホテルを紹介していただき、そこを拠点に大学や調査に赴きました。河南大学は、非常に規模の大きい総合大学です。キャンパスは驚くほどの広さで、車でしか移動できないほどでした。毎朝、王先生や若手研究者の方々が朝食に誘ってくださり、一緒に食事をしてから大学に向かうのが日課。大学周辺のレストランや食堂で夕食を共にすることもありました。私の出身地は河南省からは遠く離れており、同じ中国でも食文化はかなり違います。皆と食事に行ったレストランで、食べたことのない料理に驚くこともしばしばでした。
新型コロナウイルス感染が拡大したこの3年間で、留学する中国人学生の数は、約10万人も減少したといわれています。その中で調査対象者を確保するのは容易ではありません。留学生を対象に研究する難しさを痛感していた私にとって、海外研究を後押しする本制度は、非常に心強いものでした。来年日本に留学する予定の留学生に協力を依頼するとともに、インタビューを通して情報収集できたのも、日本語学校や留学斡旋機関を直接訪ねられたからこそです。2023年2月には、アンケートを用いた大規模な追跡調査を実施することを計画しています。さらには現地の日本語学校の先生から紹介を受け、帰国後に日本にある複数の日本語学校でも訪問調査を実施するなど、研究が広がっています。
今回の渡航で研究の進展とともに大きな収穫だったのは、王先生を筆頭に、さまざまな分野の若い研究者と親交を深められたことです。とりわけ王先生とは多くの時間を共にし、今まで以上に親睦を深めることができました。他愛のない雑談の中で、時間に限りがある研究会などでの意見交換では得られない貴重なアイデアやアドバイスをいただけたのは、対面だからこそのメリットです。
また王先生を介して、多くの若手研究者の方々とも交流し、人脈を広げることができました。もう一つ幸運だったのが、私に研究において非常に重要な分析指標を開発された研究者ご本人が、偶然にも河南大学に着任され、お話をうかがえたことです。これも、現地に行ったから掴めたチャンスだと思います。現地での研究交流に留まらず、今後この出会いを将来に生かしていくつもりです。