失明疾患の“見えないチラつき”の発生機構を特定
‐網膜疾患で見られる視覚ノイズを抑える治療開発へ道‐
立命館大学薬学研究科の4年制博士課程大学院生の堀江翔さん、薬学部の小池千恵子教授、総合科学技術研究機構の立花政夫教授、情報理工学部の北野勝則教授らの研究グループは、網膜疾患モデルの神経節細胞に生じる周期性自発発火(病的振動)の発症要因として、網膜ON型双極細胞のカチオンチャネルTRPM1の欠損/低下が関与することを明らかにしました。本研究成果は、2025年10月16日(日本時間)に、米科学雑誌「Journal of General Physiology」にオンライン掲載されました。また11月号紙面と巻頭のResearch Newsで紹介され、11月号の表紙にも掲載されました。
本件のポイント
- 電気生理学・薬理学・組織学・数理モデルを統合し、TRPM1の欠損/低下に伴う最小限の変化のみで病的振動の発症が説明可能であることを世界で初めて実証
- 先天性停止性夜盲症(CSNB)と網膜色素変性症にまたがる共通の発生機構を提示
- 光視症(チラつき)の病態理解を前進させ、QOLの改善を目指す症状緩和戦略に道
研究の背景
網膜神経節細胞(RGC)は、視覚情報を脳へ伝える重要な役割を担っています。網膜色素変性症などの失明疾患では、このRGCに病的振動と呼ばれる異常な電気活動が現われることが知られており、これが視覚ノイズとして情報処理を妨げ、光がなくてもチラツキを感じる「光視症」などの症状を引き起こします。これらの症状は、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させる要因となっています。
従来の研究では、網膜色素変性症モデルにおいて視細胞の変性や神経回路の再編が並行して進行するため、病的振動の根本的な原因特定が困難でした。
本研究では、先天性停止性夜盲症(CSNB)の原因遺伝子であるTRPM1 チャネルとこれを制御するmGluR6に着目。両者の欠損マウスを比較したところ、Trpm1欠損マウスでは病的振動が観察された一方、mGluR6欠損マウスでは観察されないという明確な差異が確認されました。この違いが、病的振動の発生メカニズムを解明する鍵になると考えました。
研究の内容
本研究では、先天性停止性夜盲症(CSNB)の原因遺伝子であるTRPM1 チャネルとこれを制御するmGluR6に着目。両者の欠損マウスを比較したところ、Trpm1欠損マウスでは病的振動が観察された一方、mGluR6欠損マウスでは観察されないという明確な差異が確認されました。電気生理学的解析により、病的振動の発振源が、AIIアマクリン細胞を介する回路である可能性が示されました。TRPM1は先天性停止性夜盲症の原因遺伝子であり、その遺伝子欠損網膜では網膜色素変性症のように視細胞の脱落などは見られません。しかしながら、明らかとなった病的振動の性質や発振機構は、網膜色素変性症モデルマウス網膜で報告されてきた病的振動と一致していました。そこで両者の共通点について解析を行ったところ、共に杆体双極細胞の樹状突起先端のTRPM1が欠損ないし、局在が失われており、軸索終末が縮小するという構造異常が確認されました。さらにシミュレーション解析により、TRPM1欠損に由来する最小限の特徴のみで、病的発振を再現することが確認されました。
また、病的振動が検出されないmGluR6欠損網膜では、TRPM1の消失や構造異常といった変化は観察されませんでした。Trpm1欠損やmGluR6欠損以外の夜盲症のモデルマウスについての報告も横断的に精査することにより、病的振動が観察されているモデルマウスでは、TRPM1の局在が低下ないし消失しているという共通点があることを確認しました。
社会的な意義
光視症は、光がない状況でも視界にチラつきが現れる症状で、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させます。近年、先進的な網膜疾患治療法が進み、視力回復の可能性が開かれますが、視覚ノイズが残ると本来の視覚体験が妨げられ、QOLの向上に限界が生じてしまいます。本研究は、長年不明だった「病的振動」の発生機構を明らかにし、原因の異なる網膜疾患の病態の進行に従って発生する病的発振のメカニズムが共通している可能性を示しました。得られた知見は、疾患横断的な標的治療の設計への貢献が期待されます。
論文情報
- 論文名:A mechanism for pathological oscillations in mouse retinal ganglion cells in a model of night blindness.
- 著者:堀江翔、作田木南、多田圭吾、徳本瑶己、西本健人、北野勝則、立花政夫、小池千恵子
- 発表雑誌:Journal of General Physiology
- 掲載日:2025年10月16日(木)(日本時間)(オンライン公開)
- DOI:10.1085/jgp.202413749
- URL:https://doi.org/10.1085/jgp.202413749
用語説明
- ※1 TRPM1 チャネル温度感受性チャネルで知られるTRPチャネルファミリーに属するカチオンチャネル。網膜ON型双極細胞の樹状突起に局在し、視覚情報伝達チャネルとして働く。(Koike,et al.,PNAS2010)
- ※2 先天性停止性夜盲症進行しない夜盲のうち、眼底に異常をきたさないもの。
米科学雑誌「Journal of General Physiology」11月号表紙
J. Gen. Physiol. Vol 157, No 6 cover courtesy of Rockefeller University Press



