アジア・マップ Vol.01 | バングラデシュ

読書案内

山形 辰史(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部・教授)

一般向け
ラビンドラナート・タゴール『もっとほんとうのこと』(内山眞理子訳)、段々社、2002年
 タゴールは1913年に、アジアで初めてノーベル賞を受賞した文化人である。バングラデシュが世界に誇るベンガル人と言える。タゴールが、バングラデシュとインドという2国の国家の作詞者であることは、彼がベンガルのみならず南アジア全体から尊敬されていることを表している。タゴールの代表作は『ギタンジャリ』などの詩集とされているが、本書は短編小説集であり、詩集より読みやすく感じられる。本書の末尾に収録された「カブールの人」(「カブリワラ」としても知られる)は、ベンガル人とアフガン人の社会的地位を超えた心の交流を描いて、読む者の涙を誘う。
ビブティブション・ボンドパッダエ『大地のうた』(林良久訳)、新宿書房、2008年
 本書はベンガル人映画監督サタジット・レイが1955年に制作した同名の映画の原作として知られている。原作は1929年に出版されている。映画は3部作となっており、「大河のうた」、「大樹のうた」が続く。貧しいバラモンの家に生まれたオプーの生涯が3部作のテーマであり、「大地のうた」の舞台は、現在のバングラデシュ国境に近いインド西ベンガル州南部に設定されている。ベンガルの自然の中に生きた20世紀初頭の人々の姿が描かれている。
大橋正明・村山真弓・日下部尚徳・安達淳哉編『バングラデシュを知るための66章【第3版】』明石書店、2017年
 本書は2000年代における、日本語による「バングラデシュ事典」である。ちなみに1990年代のバングラデシュ紹介としては臼田雅之,・佐藤宏・谷口晉吉編『もっと知りたいバングラデシュ』弘文堂、1993年がある。本書は、バングラデシュを愛する65人が手分けをして66章を執筆している。本書は第3版であり、第2版が大橋、村山の編集による、初版の微修正版だったのに対して、第3版は日下部、安達という若い編者を加え、執筆陣も若返っている。自然、政治、文化、経済、社会課題、開発、国際関係を広くカバーしている。
日下部尚徳『わたし8歳、職業、家事使用人。:世界の児童労働者1億5200万人の1人』合同出版、2018年
 大きな変化を遂げる只中にあるバングラデシュにおいても、深刻な社会課題が残っている。児童労働はその課題の一つである。バングラデシュにおける児童労働の一つの典型が「家事使用人」である。本書は家事使用人の実態を、実例や写真を用い、想像しやすい形で紹介した本である。1972年に設立されたNGOで、農村開発と共に都市の社会課題に取り組む「シャプラニール=市民による海外協力の会」との協力のもとに編集されている。
松本時代『電車は止まらない』芸術新聞社、2022年
 乗り物の屋根に乗る、というのは男子の多くが好む小さな冒険である。長い間、バングラデシュの鉄道の屋根の上には多くの人が乗っていた。「またあんなことやっているよ」と思いつつ、自分でやってみる勇気や、やってみる機会はなかなかないものである。本書の著者はそれをやった。単純に羨ましい。のみならず、2021年に禁止されたこの「鉄道の屋根乗り」の終焉を、カメラに収め、やったことがない者にもその醍醐味を再現し、記録(写真集)として残してくれたという意味で貴重である。著者に深く感謝したい。
研究書
Sirajul Islam ed., History of Bangladesh, 1704-1971, Vols. 1-3, Asiatic Society of Bangladesh, 1992.
 バングラデシュがパキスンタンから独立したのが1971年だから、本書が対象とする1704年から1971年の期間はバングラデシュ独立前史ということができる。ちなみに1704年は、ムガール帝国時代のベンガル地域の首都をダッカからムルシダバードに遷移した年である。本書は、1952年に設立されたAsiatic Society of Bangladesh(設立時にはAsiatic Society of East Pakistanと称した)が、政治、経済、社会・文化に関する東ベンガル史を3巻にわたる大部な事典として1992年に出版した。新版が1997年に出版され、全3巻に63章が収録されている。政治、経済はもとより、土地制度、教育、都市化、文学、宗教、音楽、演劇、法律、女性、ナショナリズムといったトピックが網羅されている。
Asiatic Society of Bangladesh, Banglapedia: National Encyclopedia of Bangladesh, Asiatic Society of Bangladesh, 2003 (Revised Second Edition, 2012).
 本書は、ベンガル語と英語による、バングラデシュについての百科事典である。2003年に第1版が紙媒体で出版されたが、同時にCD-ROMも販売された。2012年に第2版が公開されており、https://en.banglapedia.org/index.php/Main_Page で閲覧可能である。1450人の研究者が執筆しており、第1版は10巻、第2版は14巻に及ぶ。第2版の紙媒体は、日本では日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館に所蔵されている。
Basil Leonard Clyde Johnson, Bangladesh (South Asia: Selective Studies of the Essential Geography of India, Pakistan, Bangladesh, Sri Lanka, and Nepal), Heinemann Educational Books, 1975 (Second Edition, 1982)(山中一郎・松本絹代・佐藤宏・押川文子共訳『南アジアの国土と経済 第2巻 バングラデシュ』二宮書店、1986年).
 バングラデシュを含む南アジア4ヵ国の1950年代から1970年代にかけての地理、自然条件、経済について、オーストラリア国立大学のジョンソン教授がまとめた著作である。トピックとしては、人口、サイクロン、洪水、農業、緑の革命、灌漑、貧困、工業、都市・農村などが扱われている。写真や地図が豊富に用いられていて、当時のバングラデシュの全体的な理解のために有用である。
K. A. S. Murshid, Minhaj Mahmud and Kazi Iqbal (eds.), Readings in Bangladesh Development, Volumes I & II, Dhaka: Bangladesh Institute of Development Studies, 2012.
 本書は、バングラデシュを代表する社会科学系の研究所であるBangladesh Institute of Development Studies (BIDS) が、バングラデシュの建国の父であり、現首相のシェイク・ハシナの実の父親でもあるムジブル・ラフマンの生誕100年を記念して2012年に出版した論文集である。既に国際的な学術雑誌(BIDSが出版しているBangladesh Development Studiesを含む)に掲載された48本の論文を再録し、読者の利便に供している。
アジア経済研究所編『アジア動向年報2010-2019:バングラデシュ編』日本貿易振興機構アジア経済研究所、2022年
 アジア経済研究所は、1963年から『アジア動向年報』(1963年から1968年までは『アジアの動向』と題していた)を毎年出版している。これは国別の毎年の政治経済動向の記録であり、各国で発行される新聞の記事に基づいている。政治経済社会に関する事件や政策変更等を日付順に整理した詳細な日誌が付されていることが特徴である。ある国の重大事件が、何年何月何日に起こったのかを、正確に記録している。筆者は立命館大学アジア・日本研究所の「アジア・マップ」の「バングラデシュ21世紀年表」を執筆したが、その際にもこの年報を参照した。アジア動向年報は https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Books/Doko.html で全文公開されている。中でも2010年-2019年の10年間の年報のバングラデシュ編は上記のように一冊にまとめられていて、以下のURLからアクセスできる: http://hdl.handle.net/2344/00052967。ちなみに、この10年間の執筆者は長田満江、金澤真美、日下部尚徳、佐藤宏、村山真弓(あおうえお順)である。2020年以降の年報もダウンロード可能である。

書誌情報
山形辰史「バングラデシュの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, BD.5.03(2023年4月26日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/bangladesh/reading/