アジア・マップ Vol.01 | イスラエル/パレスチナ

読書案内

鈴木 啓之(東京大学中東地域研究センター・特任准教授)

一般向け
高橋真樹. 2017.『ぼくの村は壁で囲まれた:パレスチナに生きる子どもたち』現代書館.
200ページ、ISBN-13:978-4768458020
 パレスチナ問題に初めてふれる読者が手にする入門書として相応しく、事例と歴史がバランス良く説明されている。少し刊行年は古くなるが、高橋和夫著『なるほどそうだったのか! パレスチナとイスラエル』(幻冬舎、2010年)や奈良本英佑著『君はパレスチナを知っているか:パレスチナの100年』(ほるぷ出版、1991年)も、中高生から読み進められる。
高橋美香・皆川万葉. 2019.『パレスチナのちいさないとなみ:働いている、生きている』かもがわ出版.
96ページ、ISBN-13:978-4780310269
 高校世界史で扱うような歴史の概要を押さえた読者には、この一冊をお薦めしたい。色鮮やかな写真が印象的な書籍で、人びとの暮らしぶりから、パレスチナ社会の姿を浮かび上がらせる。この他にも、小林和香子著『ガザの八百屋は今日もからっぽ:封鎖と戦火の日々』(めこん、2009年)や奈良本英佑著『14歳からのパレスチナ問題:これだけは知っておきたいパレスチナ・イスラエルの120年』(合同出版、2017年)、南部真喜子著『エルサレムのパレスチナ人社会:壁への落書きが映す日常』(風響社、2020年)、臼杵陽・鈴木啓之編『パレスチナを知るための60章』(明石書店、2016年)も、「二冊目の入門書」として推薦できる。
ジョー・サッコ. 2007.『パレスチナ』(小野耕世訳)いそっぷ社(2023年1月に増補版が刊行予定).
285ページ、ISBN-13:978-4900963375
 パレスチナ/イスラエルの歴史と地理の学習が進んだ読者には、少し変化球だがこの「コミック」にチャレンジして欲しい。日本語訳はないが、著者にはガザ地区を扱ったFootnotes in Gaza (2009) という作品もある。他にジャーナリストによる良著として、川上泰徳著『シャティーラの記憶:パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店、2019年)、渡辺丘著『パレスチナを生きる』(朝日新聞社、2019年)、アミラ・ハス著(くぼたのぞみ訳)『パレスチナから報告します:占領地の住民となって』(筑摩書房、2005年)がある。
エミール・ハビービ. 2006.『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』(山本薫訳)作品社.
237ページ、ISBN-13:978-4861821080
 幻惑的な文章が続くが、学習の進んだ読者には、訳者による緻密な脚注が道しるべになるだろう。同じくパレスチナ人による文学作品として、ガッサーン・カナファーニー著(黒田寿郎・奴田原睦明訳)『ハイファに戻って/太陽の男たち』(河出書房新社、2017年/叢書版の初版は1978年)がある。また、最近はエトガル・ケレットやウズィ・ヴァイルなど、イスラエル人作家の著作も日本語で手軽に手に取れるようになってきた。作品の読み解きでは、岡真理著『ガザに地下鉄が走る日』(みすず書房、2018年)が手がかりになるだろう。
臼杵陽. 1999.『原理主義』岩波書店.
127ページ、ISBN-13:978-4000264242
 タイトルからは想像しにくいが、現代イスラエルの宗教と政治を論じた一冊である。パレスチナ問題の入門書は多いが、現代イスラエルを扱う書籍は数が限られる。他に菅瀬晶子著『新月の夜も十字架は輝く:中東のキリスト教徒』(山川出版社、2010年)、鶴見太郎著『イスラエルの起源:ロシア・ユダヤ人が作った国』(講談社、2020年)、澤畑剛著『世界を動かすイスラエル』(NHK出版、2020年)、土井敏邦著『沈黙を破る:元イスラエル軍将兵が語る"占領"』(岩波書店、2008年)も、現代イスラエルの政治や社会を良く論じている。
エリアス・サンバー. 2002.『パレスチナ:動乱の100年』(飯塚正人監修、福田ゆき・後藤淳一訳)創元社.
198ページ、ISBN-13:978-4422211633
 入門書の体裁をしているが、紛れもなく中級~上級書に位置づけることができる一冊である。巻末の資料も手厚い。他に、臼杵陽著『中東和平への道』(山川出版社、1999年)・同『世界史の中のパレスチナ問題』(講談社、2013年)、立山良司著『イスラエルとパレスチナ』(中央公論社、1989年)・同『中東和平の行方:続・イスラエルとパレスチナ』(中央公論社、1995年)、エドワード・W・サイード著(島弘之訳)『パレスチナとは何か』(岩波書店、2005年/初版は1995年刊行)も、揃えておきたい一冊だ。
研究書
エドワード・サイード. 2004.『パレスチナ問題』(杉田英明訳)みすず書房.
440ページ、ISBN-13:978-4622070849
 歴史、思想、文化、政治の多方面に目を配った、完成度の高い一冊である。パレスチナの歴史とポストコロニアリズムの概要を押さえてから挑戦すると良いだろう。他にも、パレスチナ問題を歴史的、思想的に掘り下げるサイードの著作として、社会情勢を扱った評論集『オスロからイラクへ:戦争とプロパガンダ 2000–2003』(中野真紀子訳、みすず書房、2005年)や自伝『遠い場所の記憶:自伝』(中野真紀子訳、みすず書房、2001年)が刊行されている。
Farag, Joseph R. 2017. Politics and Palestinian Literature in Exile: Gender, Aesthetics and Resistance in the Short Story. London and New York: I.B. Tauris.
270ページ、ISBN-13:978-1784536558
 イスラエルと西岸・ガザ情勢に注目されがちだが、各国に残されたパレスチナ難民にも改めて注目したい。こちらは、比較的若い著者が揃ったSOAS Palestine Studiesシリーズの一冊。扱う主題は藤田進著『蘇るパレスチナ:語りはじめた難民たちの証言』(東京大学出版会、1989年)や錦田愛子著『ディアスポラのパレスチナ人:「故郷」とナショナル・アイデンティティ』(有信堂、2010年)に近接するが、改めてパレスチナ問題に対する歴史的視座を問い直すような内容になっている。
Shafir, Gershon, and Yoav Peled. 2002. Being Israeli: The Dynamics of Multiple Citizenship. Cambridge: Cambridge University Press.
412ページ、ISBN-13:978-0521792240
 イスラエル社会の成り立ちを論じた一冊であり、刊行から20年が経っても一読の価値がある。内容の詳細については『イスラエルの政治文化とシチズンシップ』(東信堂、2002年)の著作がある奥山眞知による書評(『アジア経済』第46巻第5号)に詳しい。現代イスラエルを扱った最近の研究書としては、他に赤尾光春・早尾貴紀編『シオニズムの解剖:現代ユダヤ世界におけるディアスポラとイスラエルの相克』(人文書院、2011年)、浜中新吾編『イスラエル・パレスチナ』(ミネルヴァ書房、2020年)、今野泰三著『ナショナリズムの空間:イスラエルにおける死者の記念と表象』(春風社、2021年)がある。また、イスラエル併合下のエルサレムに暮らすパレスチナ人については、山本健介著『聖地の紛争とエルサレム問題の諸相:イスラエルの占領・併合政策とパレスチナ人』(晃洋書房、2020年)が詳しい。
イラン・パペ. 2017.『パレスチナの民族浄化:イスラエル建国の暴力』(田浪亜央江・早尾貴紀訳)法政大学出版局.
446ページ、ISBN-13:978-4588603501
 パレスチナ問題の起源を改めて問い直す一冊。パペの著作は、近年ますます盛んになっているSettler Colonialism(入植型植民地主義)に関連した議論を理解する上でも重要だろう。同様にアヴィ・シュライム著(神尾賢二訳)『鉄の壁』上下巻(緑風出版、2013年)やユージン・ローガン著(白須英子訳)『アラブ500年史』上下巻(白水社、2013年)も、本棚の一角を占めるに値する訳書である。
Khalidi, Rashid. 2020. The Hundred Years' War on Palestine: A History of Settler Colonialism and Resistance, 1917–2017. New York: Metropolitan Books.
319ページ、ISBN-13:978-1627798556
 米国籍パレスチナ人で研究者のラシード・ハーリディーが、自らの半生とともにパレスチナ問題の100年を論じた一冊。特に1982年のベイルート包囲下での生活や1991年から始まるマドリード和平プロセスへの参加に関しては、歴史的な証言としても読み応えがある。他に当事者による歴史の証言としては、ハナン・アシュラウィ著(猪股直子訳)『パレスチナ報道官:わが大地への愛』(朝日新聞社、2000年)やGabi Baramki, Peaceful Resistance: Building a Palestinian University under Occupation (New York: Pluto Press, 2010) がある。
Meiton, Fredrik. 2018. Electrical Palestine: Capital and Technology from Empire to Nation. California: University of California Press.
324ページ、ISBN-13:978-0520295889
 委任統治期パレスチナを主題にした研究の発展が、近年とくに目覚ましい。この一冊は、電送網の発展から植民地主義と近代化を論じたもので、2019年北米中東学会(MESA)アルバート・ホーラーニー出版賞受賞作。他にも、委任統治期のラジオ放送を主題にしたAndrea L. Stanton, This Is Jerusalem Calling: State Radio in Mandate Palestine (Austin: University of Texas Press, 2014) など、研究の可能性を感じさせてくれる書籍が揃っている。MESAのウェブサイトやJournal of Palestine Studiesの巻末書評を見ると、さらに最新の研究を見つけることができるだろう。

書誌情報
鈴木啓之「イスラエル/パレスチナの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, IL.5.03(2023年3月23日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/israel/reading/