アジア・マップ Vol.01 | 北朝鮮

《総説》
北朝鮮(North Korea)という国

張瑛周(立命館大学大学院国際関係研究科)
監修者 中戸 祐夫(立命館大学国際関係学部・教授)

基本データ
北朝鮮は、日本列島の北西に位置する朝鮮半島の北緯38度以北を領土とする国家である。日本では「北朝鮮」という略称が一般的だが、正式名称は朝鮮民主主義人民共和国であり、英語表記はThe Democratic People’s Republic of Korea (短縮:the DPRK/ North Korea)となる。1948年9月9日に平壌(ピョンヤン/ Pyongyang)を首都とし、金日成を国家元首とする政権が樹立された。使用言語は朝鮮語であり1)、構成民族は朝鮮民族である およそ12万平方キロメートルの国家面積を有し、2,588万人の人口を抱え2)通貨は北朝鮮ウォン(KPW)となる. 行政区域は上から道、市・郡、邑・里の3段階構成となっており、これとは別に直轄市と特別市が設けられている。 現在は1直轄市(首都の平壌市)、3特別市(羅先市、開城市、南浦市)、9道(平安南道、平安北道、黄海南道、黄海北道、咸鏡南道、咸鏡北道、江原道、慈江道、両江道)の構成となっている3)

基本概要
【国内政治】
・最高指導者と主要国家機関の関係図4)
最高指導者と主要国家機関の関係図


・政治形態:
 金日成の血統を国家の最高指導者とする一党領導制 (現在は三代目となる金正恩が国家の最高指導者。過去の主席は金日成、金正日)である。最高指導者の思想や領導を朝鮮労働党が各国家機関に対し指導し実行させる。北朝鮮の憲法第十一条において「朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮労働党の領導の下で全ての活動を行う5)」と記されていることから、朝鮮労働党があらゆる国家機関の上位に位置し、国家運営において中枢的な役割を有することが示される。

・経済状況:
 政権樹立後は一貫して中央管理型の社会主義経済システムを堅持しているが、その水準は途上国の中でも下位にあると指摘できる。 近年は北朝鮮政府がデータを公表していないため正確な情報の把握は困難だが、韓国銀行の推計によると2021年の名目GNIは36兆韓国ウォン、貿易額は7億ドルとされており、韓国の名目GNI2,094兆韓国ウォン、1兆2,594億ドルの貿易額と比較すると、その規模が非常に小さいことが窺える6) 。主な貿易相手国は中国であり、特に国連の経済制裁が強化されていった2010年以降の依存度は、貿易全体の9割を超えるとされている。

 2020年からは新型コロナの感染拡大を警戒し国境を封鎖していたため、物資の流入が滞り経済状況はさらに悪化しているとされ、経済制裁に加えコロナ禍と自然災害による「三重苦」に直面している。 このため当局は自立的な経済改善策として、金属・化学工業の発展を中心に農業技術の現代化と生産性の向上を目指し、電力部門や軽工業などのあらゆる部門を改善する目標を打ち立てた。 また、2021年1月5日から12日まで行われた第8回党大会では「人民大衆第一主義」を基本政治方式とするなど、その達成度は別として経済改善を強く意識する政策が目立つ。 金正恩政権となり特に顕著な取り組みが観光地区の開発である。 以下は2019年にオープンした陽徳(ヤンドク)温泉観光地区と、建設途中で未操業の元山葛麻(ウォンサンカルマ)海岸観光地区の写真である。

写真1. 陽徳温泉観光地区

写真1. 陽徳温泉観光地区

(出処:朝鮮中央通信)

写真2. 元山葛麻海岸観光地区

写真2. 元山葛麻海岸観光地区  

(出処:聯合ニュース)

・新型コロナ禍の対応:
 新型コロナについては防疫策実施の早さと内容の厳しさが他国のそれよりも目立つ。北朝鮮はウィルス流入防止措置として2020年1月22日から中国からの観光客の入国を停止した。 その後中朝間の航空便や露朝間の旅客列車の無期限停止を決定し、事実上鎖国状態となった。 対入国者の隔離期間は30日とし、国内で濃厚接触者となった場合は40日間の隔離期間を設けた。 2年以上感染者ゼロが続いていたが、2022年5月12日に国内でオミクロン株の感染者が出たことを発表した。 その後7月末までで約477万人が発熱し74人が死亡したと報じ、国内での感染者数がゼロとなったことから感染の終息と防疫戦争に勝利したと発表した。7)2022年8月末時点でも表向きは感染者ゼロを維持している。

・脱北者について:
 韓国統一部の統計によると、韓国が受け入れた脱北者は2022年6月現在で累計33,834人であり、その7割が女性である。金正日政権であった2000年代から増加し2009年にはピークの2,914人を記録した。 その後金正恩政権に入ると減少傾向に転じ、コロナ禍の2022年6月における年間の入国者数は63人まで減少している8)

・軍事力:
 北朝鮮は諸外国と比較しても兵力が多いとされ、韓国国防部の2020年国防白書による、通常兵力が128万人(陸軍110万、海軍6万、空軍11万、戦略軍1万)で韓国の55万人、日本の12万人と大きく差をつけている9)。 現在国際的な問題であり脅威となっているのは、核兵器開発と核兵器運搬技術にあたるミサイル開発である。北朝鮮は段階的に核兵器製造技術とミサイル飛行技術を蓄積し、核実験とミサイル実験を経て軍事力を強化している。 詳細は「安全保障問題」の項目で紹介する。

【対外関係】
・国交樹立数:
 北朝鮮は2016年8月時点で159カ国1地域と国交を有する。 冷戦期は共産圏やアフリカ諸国との国交が盛んだったが、冷戦後に国交樹立の数が増加、2000年以降からは全方位外交を展開しイギリス・イタリア・カナダなどの西側諸国や、クウェート・バーレーン・アラブ首長国連邦などの中東諸国とも国交を樹立した10)。2016年時点で平壌には24カ国の駐朝大使館があり、北朝鮮は47カ国に大使館を設置している。 この他、ニューヨーク・ジュネーブ・パリに北朝鮮の国連代表部が拠点を据えている。 特異な政治体制を維持する孤立した国家というイメージが非常に強い北朝鮮だが、このようなデータから見ると、諸外国と同様に国際的地位を確立している通常の国家という、異なる北朝鮮像が浮かび上がるかもしれない。

(出処:Bennett et al., 2016, p.2)
(出処:Bennett et al., 2016, p.2)

・日朝関係と拉致問題11)
 日本と北朝鮮はまだ正式な外交関係がない。 日本は韓国とは1965年の日韓基本条約により外交関係樹立を果たしたが、北朝鮮とは戦後補償問題を含め白紙状態である。 しかし冷戦後に日本からの呼びかけに北朝鮮が応じる形で国交正常化交渉が1991年から1992年の間に8回行われた。 その後交渉が停滞し2000年4月に再開されたが同年10月の交渉で再び停滞した。 この間、拉致疑惑が日本社会で広く報道され、かねてからの核開発疑惑やミサイル開発も相まって世間の関心レベルが一気に高まった。 その後日本は小泉政権となり2001年から水面下の交渉を続け、2002年9月17日に史上初の日朝首脳会談が行われ、日朝平壌宣言が合意された。 北朝鮮政府は拉致実行を正式に認め謝罪し、5人の日本人拉致被害者の一時帰国を承諾した12)

 拉致問題は2002年の日朝首脳会談以前までは疑惑の範囲だったが、首脳会談で金正日国防委員長が認めたことで外交問題となった。 日本政府が認めている拉致被害者は17名で、2002年に帰国した5名を除く12名の帰還を日本政府は繰り返し要求している。 しかし北朝鮮政府はこの12名の内8名は死亡したとの調査結果を提示し、4名については入国履歴がないとした。 日本政府は現在に至るまで一貫して拉致被害者は生存しているという前提に立ち、拉致問題の全容解明と日本への即時帰還を要求している。 拉致問題は拉致が戦後に行われたこと、何の罪もない一般市民を対象としたことから日本の国民感情を強く刺激した。 従って拉致問題はしばしば核・ミサイルの安全保障問題や戦後補償問題以上の重要性を持つ問題として位置づけられる。

・安全保障問題(核・ミサイル問題)
 北朝鮮の核・ミサイル開発は1990年代初期の第1次核危機から表面化した。 現在に至るまで米朝二国間や6者協議など多国間の形で非核化を目指した合意文書がいくつか採択されたが、いずれも成果を得られておらず脅威は現在も続いている。 北朝鮮は2006年10月9日の最初の核実験から2017年9月3日まで6度の核実験を行った。 実験を経るごとにその爆発威力は高まり、2006年の実験では0.5~1Ktの威力だったものが2017年の核実験では250Ktと推定され、これはソウル市内に投下されれば多い場合63万人の死傷者が出る規模である13)。なお、精製プルトニウムと濃縮ウランの推定貯蔵量から算出する核兵器の推定保有数は、2017年当時で米情報機関の間では30から60発とされている14)。さらに北朝鮮の現在の核物質製造能力をあてはめ算出した場合、2020年時点で67から116発の核兵器を保有すると結論づける研究もある15)。ミサイル開発については、短距離ミサイルのScudから長距離の大陸間弾道ミサイル(ICBM)火星15など他種にわたり、ミサイルに核兵器が搭載されニューヨーク市あるいはソウル市に投下されれば、それぞれの市でおよそ290万人と320万人の死傷者が出ると見込まれている16)

 近年では2018年に史上初となる米朝首脳会談がシンガポールで行われ、両国関係と安全保障問題について共同声明が採択され、翌2019年にはハノイと板門店でも非核化プロセスの交渉が継続された。 しかし交渉は決裂し、米政権がバイデン大統領に移った現在も交渉再開の目処は立っていない。 南北関係でも安全保障問題が最重要課題であり、文在寅政権の2018年4月27日に11年ぶりとなる南北首脳会談が行われ,板門店宣言が採択され非核化の意思を確認した。 同年9月には平壌で南北首脳会談が再開され共同宣言が発表された。 しかし緊張緩和は長くは続かず、コロナ禍もあり尹政権となった現在でも米朝関係同様、やはり対話の糸口が掴めない状況である。 核とミサイルの脅威を受け、 国際社会は経済制裁を中心とした対北朝鮮圧力を段階的に強化しているが、開発を継続している点を鑑みるとその効果は限定的であると考えられる。

1)日本植民地時代までは朝鮮半島全土において使用される言語として「朝鮮語」と示されていたが、終戦解放後の国家分断のため北朝鮮で使用される言語は朝鮮語、大韓民国(韓国)で使用される言語は韓国語と示されるのが一般的である(日本外務省HPの「国・地域」のサイト参照)
2)国連統計部(2021) https://data.un.org/en/iso/kp.html.
3)政権樹立以降、北朝鮮は60回を超える行政区域の改編を行い現在に至る。直轄市と特別市は道と同等の位置づけである。 平壌市は1946年9月に平安南道から分離され特別市に格上げとなり、1952年12月の改編で直轄市となった。 特別市である羅先市と南浦市は2000年代の直轄市への改編を経て特別市となり、開城市は南北交流の象徴でもあった開城工業団地があることから、経済活動の要所とされる市が特別市に指定されると考えられる。 詳細は以下を参照。 ナム・ソンウ他(2018).「北韓行政区域改編の含意と行政統合に関する研究」統一政策研究27巻(1)、 pp.113-142。
4)日本外務省HP https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/data.html#section1, 韓国統一部北韓情報ポータル https://nkinfo.unikorea.go.kr/nkp/theme/getPowerStructureDang.doを基に筆者作成。
5)朝鮮通信「朝鮮民主主義人民共和国 社会主義憲法」 http://www.kcna.co.jp/honbeb/honbeb%202019.htm.
6)韓国銀行「南北間における主要経済指標の比較」 https://www.bok.or.kr/portal/main/contents.do?menuNo=200090.
7)上杉洋司 (2022年8月12日)「北朝鮮、コロナ死者の低さ自賛『空前絶後の低さ』 防疫指揮の正恩氏『一瞬も横になれず』」 読売新聞オンラインhttps://www.yomiuri.co.jp/world/20220811-OYT1T50186/.
8)韓国統一部.「近年の現況『2. 北韓離脱住民の入国者数の現況』」 https://www.unikorea.go.kr/unikorea/business/NKDefectorsPolicy/status/lately/.
9)北朝鮮と韓国の兵力については韓国国防部国防白書2020、 p.291, https://www.mnd.go.kr/user/mnd/upload/pblictn/PBLICTNEBOOK_202102040549325290.pdf; 日本の兵力については防衛省防衛白書2022、 p.5, https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2022/pdf/wp2022_JP_Full_01.pdf.
10)Wertz, D., Oh, J.J., & Kim, I. (2016). DPRK diplomatic relations. The National Committee on North Korea. https://www.ncnk.org/sites/default/files/issue-briefs/DPRK_Diplo_Relations_August2016.pdf.
11)詳細は日本外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/abd/rachi.htmlを参照。
12)この一時帰国者5名は北朝鮮へ戻ることを拒否し、現在は日本で定住している。
13)Bennett, B.W., Choi, K., Go, M., Bechtol Jr., B.E., Park, J., Klingner, B., and Cha, D. (2021). Countering the risks of North Korean nuclear weapons. RAND Corporation, pp.27-28.
14)CFR.org Editors. (2022, June 28). North Korea's military capabilities. Council on Foreign Relations, https://www.cfr.org/backgrounder/north-korea-nuclear-weapons-missile-tests-military-capabilities.
15) Bennett, 前掲書, p.37.
16)Bennett, 前掲書, p.28.

書誌情報
張瑛周「《総説》北朝鮮(North Korea)という国」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, KT.1.01 (2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/north_korea/country/