アジア・マップ Vol.01 | 台湾

《総説》
台湾の概要

若松大祐(常葉大学外国語学部・准教授/
立命館大学BKC社系研究機構社会システム研究所・客員研究員)

<目次>
はじめに
一、法理と事実:忘れがちな大前提
二、民族構成:来歴の異なる台湾住民
三、言語:多文化社会ゆえの多言語
四、対日関係:50年間も国交のないままの友好関係

はじめに
 台湾という国家はない。台湾には国家がある。このように概括できる台湾を、4つの論点から解説しよう。なお本稿は、拙編著『台湾を知るための72章』(明石書店、2022年)に所収の拙稿を大きく改編したものである。

【表1】台湾に関する基礎知識

名称 台湾、中華民国、チャイニーズタイペイ(Chinese Taipei、中華台北)など。
面積 3万6,197平方キロメートル(2022年8月)。
人口 23,194,554人(2022年8月)。(人口密度640.79人/ km2)
主要都市 台北、高雄。
言語 中国語(北京語)、台湾語、客家語、原住民諸言語など。
文字 漢字(正字、繁体字、旧字体)。例:台湾→臺灣。
宗教 仏教、道教、キリスト教など。
政治体制 三民主義に基づく民主共和制。五権分立。
総統(元首) 蔣介石→厳家淦→蔣経国→李登輝→陳水扁→馬英九→蔡英文
主要産業 電機・電子、化学品、鉄鋼金属、機械。
GDP(名目) 217,106億新台湾ドル(7,749億米ドル)。1人あたり924,796新台湾ドル(33,011米ドル)(2021年)。経済成長率(yoy) 6.57%。
外交関係 14ヶ国と国交がある(2022年9月)。
日本との関係 国交を持たず、非政府間の実務関係を採る。

* 主に日本外務省(https://www.mofa.go.jp)、中華民国行政院(https://www.ey.gov.tw)、行政院主計総処(https://www.dgbas.gov.tw)などから関連情報を集めて、筆者が整理した。

一、法理と事実:忘れがちな大前提
 現在の正式国名は、中華民国である。ただし、このように言うためには大前提がある。それは、「台湾という国家はなく、台湾には国家があり、その国家の名称が中華民国である」という大前提である。大前提を表2のように示すこともできるものの、たいていの人は余計に混乱するだろう。とはいえ、我々は最近半世紀の東アジア情勢の展開とともにあるこの大前提を無視するわけにいかない。台湾が新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延以降、国際的な存在感をますます強めながらも、国家として扱われないのは、この大前提ゆえである。

【表2】台湾≒中華民国


台湾は中華民国なのか? 台湾は国家なのか? 中華民国は中国なのか?
法理上 (de jure) 台湾≠中華民国 台湾≠主権国家 中華民国=主権国家=中国
事実上 (de facto) 台湾=中華民国 台湾=主権国家 中華民国=主権国家≠中国

 乱暴に言ってしまえば、一方で現在の地球上に台湾規模の排他的なエリアがあり、このエリアは実際に主権国家として機能している。いま一方で、台湾規模のエリアを主権国家に位置付ける取り決めや説明が国際社会に存在しないから、このエリアは主権国家ではないのである。
 中華民国はそもそも中国全土を統治する国家として、1912年に南京で成立した。その後、紆余曲折を経て、1945年以来、台湾を統治している。日本が自らの北方領土や竹島や尖閣諸島の領有を主張するように、中華民国は固有の領土の領有を今なお主張し続ける。しかし、中華民国のいう固有の領土のほとんどは1949年以降、中華人民共和国が統治し、中華民国の実行統治は「台澎金馬」(台湾、澎湖諸島、金門島、馬祖列島)にしか及ばない。したがって、中華民国の面積や人口には法理と事実の両面で大きなずれが生じていた。
 1991年に憲法修正が始まり、法理よりも事実を重視し、台湾規模のエリアをほぼ主権国家のようにみなす考え方が、台湾の内外で定着していく。こうした考え方を本土化(台湾化)と呼ぶ。本稿が以下で解説するのは、中華民国の事実上の姿である。

二、民族構成:来歴の異なる台湾住民
 台湾では、そこに住む人々を総称して台湾住民という。台湾住民を構成するのは、四大族群(四大エスニック・グループ)であり、それぞれ原住民、閩南人(福佬人)、客家人、外省人である。全人口に占める割合は、原住民が2%強(約58万人)、閩南人が約70%、客家人が10数%である。それぞれのエスニック・グループにはそれぞれの歴史的背景があり、そのことが台湾を多文化社会たらしめてきた。ただし、エスニック・グループ間で通婚が進んだ現在では、誰がどのエスニック・グループに属すのかをもはや特定しづらい。
 まず、原住民とはオーストロネシア語族に属し、16世紀に漢人が移住してくる以前から、台湾に住んでいた人々である。「原(もと)からの主人」を意味する、1980年代以来の自称である。現在は16の民族が原住民として公認されている。
 続いて、閩南人や客家人は16世紀以来移住してきた漢人であり、福建省(閩)の南部からの移住者を閩南人、広東省からの移住者を客家人と呼ぶ。1895年から1945年には、原住民とともに日本の植民地統治を経験している。
 最後に、外省人は第二次世界大戦での日本の敗戦と台湾放棄に伴い、1945年から1950年代初頭にかけて台湾へやってきた中国人(主に漢人)である。とりわけ、1949年に中国大陸での国共内戦に敗れた中国国民党(蒋介石)が中華民国の中央政府を引き連れて台湾へ逃げ込み、その際に来台した人々である。彼らは台湾での全人口の1-2割でしかないのに、日本に代わって台湾の支配者(支配層)となる。例えば近代以降の北海道のアイヌ部落において、和人は実際の人数の上ではマイノリティーなのに、日本国全体でマジョリティであることを理由に、日本語を標準語に位置づけ、自らを強く優位なマジョリティとして振る舞う。同じように外省人は強く優位なマジョリティとして振る舞ったから、本省人(本省すなわち台湾省に戸籍のある人々)である閩南人および客家人、さらには原住民と対立し、省籍矛盾(出身省の違いによる衝突)という社会的対立が生まれ、長らく続いてきた。
 以上が、四大族群についての解説になるものの、実は5つ目のエスニック・グループがある。新住民(かつての新移民)である。そもそも四大族群という言葉自体が、1990年代初頭に定着し出したものである。同時期に、少し遅れて東南アジアや中国大陸からの労働者(主に家事労働者や工場労働者)や配偶者(主に女性)が来台し、21世紀になると彼ら/彼女らのみならず、その子女たちが台湾住民の中で存在感を持ち始めた。今や労働者は約70万人、配偶者は約50万人に及び、その人口は原住民を優に上回っている。

三、言語:多文化社会ゆえの多言語
 台湾で使用されている言語は、たくさんある。台湾が複数のエスニック・グループの織りなす多文化社会だからである。主要な言語には、中国語(北京語)、台湾語(閩南語、福佬語)、客家語、原住民諸語がある。原住民諸語はオーストロネシア語族に、そのほかはシナチベット語族に属す。人々は公的な場面では国語として中国語を使い、意思疎通を行う。私的な場面では、自らの属すエスニック・グループの言葉を使ってきた。しかし、現在の若者の多くはエスニック・グループに関わらず、公私ともに中国語を使う。
 2019年には「国家言語発展法」が公布され、台湾における全てのエスニック・グループの自然言語と台湾手話とが一律平等になった。(ただし、この法律は具体的な言語の名前を挙げていない。)20世紀末以来、マイナー言語の復権が行われ、使用が推奨されてきた結果であろう。同時に、2017年ごろから英語を第二公用語にしようとする政策が進んでいる。
 文字は漢字(繁体字、旧字体)を使う。なお、中国語以外の言語においては、漢字で表記しきれないという考えもあり、正書法として台湾語や客家語の教会ローマ字が、原住民諸語には原住民族語ローマ字がそれぞれ存在する。

四、対日関係:50年間も国交のないままの友好関係
 世界中に台湾と国交のある国は一つもない。ただし、14ヶ国(いずれも太平洋、中南米、アフリカの小国)が中華民国と国交を持つ。この14ヶ国は、台湾にある中華民国政府を、世界中で唯一合法の中国政府だと承認している。日米を含む世界の多くの国々は、世界中で唯一合法の中国政府は北京にある中華人民共和国政府だと承認しており、中華民国(≒台湾)と国交を持たない。
 中華民国の外政は、外務、大陸事務(中華人民共和国との事務)、僑務(華僑事務)に三分できる。特に外務は国交のある国家との外交関係と、国交のない国家との実務関係に分かれる。日本との関係は実務関係であり、国交を持たないため、民間団体が窓口機関になって事実上の外交を行う。日本人が台湾へ渡航する際のビザは、台北駐日経済文化代表処などの駐日機関で申請し、また日本人が台湾で邦人保護を求める際は、台北や高雄の日本台湾交流協会に求める。

【表3】日台関係民間団体(窓口機関)


名称 日本において 台湾において
日本側 公益財団法人日本台湾交流協会 東京本部 台北事務所、高雄事務所
台湾側 台湾日本関係協会 台北駐日経済文化代表処(東京代表処)があり、
横浜分処、那覇分処、札幌分処を管轄する。
大阪弁事処があり、福岡分処を管轄する。
台北本部

 台湾は日本の九州より小さい島である。台湾島の近代史を振り返ると、19世紀後半に清朝が積極的に台湾を統治し始め、1895年には下関条約で日本へ割譲した。日本による植民地統治は50年に及ぶ。1945年に日本の敗戦に伴って日本が台湾から去ると、中華民国が台湾を統治する。サンフランシスコ講和条約(1951年)に関係する日華平和条約(1952年)締結後は、日本と中華民国に国交があった、つまり、日本と台湾には国交があった。そして、1972年に日華両国が断交すると、日本と台湾には国交がなくなる。
 日本は長らく台湾に関心を持ってこなかった。しかし、1990年代には政治や経済のハードな領域とグルメや観光のソフトな領域で、台湾への関心が高まっていく。2011年3月の東日本大震災に対し、台湾から68億5000万台湾元(約264億円)の義援金が届いた。日本と台湾の関係は深まる一方である。同時に、国交のない非公式の実務関係が今年(2022年)でちょうど50年を迎えた。

台湾という国

(写真1) 台湾民主国(1895年)は台湾住民を主権者とする国家であり、その国旗には虎が描かれた。2022年はちょうど寅年。(出典:赤松美和子、若松大祐(共編)『台湾を知るための72章』明石書店、2022年の表紙) https://www.akashi.co.jp/book/b604018.html

台湾という国

(写真2) 2002年台湾の衛生地図(出典:米航空宇宙局(NASA)) https://visibleearth.nasa.gov/images/63673/taiwan 

台湾という国

(写真3)中華民国総統府(かつての日本の台湾総督府)(出典:中華民国総統府公式website) https://www.president.gov.tw/Page/89

書誌情報
若松大祐「《総説》台湾という国」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, TW.1.01(2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/taiwan/country/