アジア・マップ Vol.01 | 台湾

読書案内

三須 祐介(立命館大学文学部・教授)

赤松美和子・若松大祐編著『台湾を知るための72章【第2版】』明石書店、2022年
本書は、歴史、政治・経済、社会、文化、対外関係、人物の多岐にわたる方面から72章で構成された台湾の贅沢な入門書である。執筆陣は台湾研究を牽引する若手・中堅・ベテランの研究者が中心で、台湾の複雑で多様な面貌が簡潔かつ的確に解説されており、信頼性も高い。台湾のことを学ぶなら最初に手に取りたい本ではあるが、台湾を既によく知っていると思う読者にとってもじゅうぶんに読み応えのある内容となっている。
游珮芸・周見信作、倉本知明訳『台湾の少年』1~4巻、岩波書店、2022~23年
日本統治時代に生まれたひとりの少年、蔡焜霖が歴史や社会に翻弄されながら歩む人生が繊細なタッチの絵と文で描かれている。宗主国の戦争に巻き込まれ、戦後は国民党政権の白色テロの被害者となり、民主化の時代を懸命に生きる主人公の姿は、台湾という場所が背負った歴史そのものを映し出していると言えるだろう。日本時代の「国語」たる日本語、戦後の「国語」たる中国語、そして台湾の人々の大多数が使う台湾語が混じるテクストを見事に訳された訳者の技も味わいたい。
星名宏修『植民地を読む 「贋」日本人たちの肖像』法政大学出版局、2016年
台湾における半世紀にも及ぶ日本の植民地経営は、「日本」や「日本人」の境界を膨張させてゆくと同時に、「日本人」のなかに差別の意識も醸成させていった。副題にもなっている「「贋」日本人」には、まさにその時代の荒波に揉まれた台湾の人々の目に見えない傷痕が刻印されている。差別や境界に翻弄された植民地の人々の声を、文学やラジオドラマから掬いあげようとする本書は、台湾に対する表面的な「親日」イメージを根本から問い直すものだ。
洪郁如『誰の日本時代 ジェンダー・階層・台湾史』法政大学出版局、2021年
『台湾の少年』の主人公・蔡焜霖氏は1930年生まれだが、彼のように日本語教育を受けた世代は「日本語人」として戦後を生き、台湾の「親日」イメージにも一定程度の影響を及ぼしている。本書は、彼らの語りだけでなく、学校教育の周縁や外側にいて文字記録を残せなかった人々の語りや戦後の人生にも注目し、ジェンダーや階層にも留意しながら、これまで看過されてきた日本時代の社会のありようを新たに描き直し、「親日」の語りを相対化しようとする意欲的な著作である。
陳芳明著、下村作次郎他訳『台湾新文学史』上・下、東方書店、2015年
台湾における文学の歴史を学んでいると、「台湾文学」は自明な概念ではないことに気づかされる。「台湾文学」の研究拠点ができるのは、一九八七年の戒厳令解除よりさらに遅れて、一九九〇年代後半まで待たねばならなかった。本書は、戦後の国民党政権時代を日本時代に続く「再植民地化」の時代ととらえる歴史観で書かれた文学史であり、「同志文学(セクシュアル・マイノリティ文学)」をも取り上げた最初の台湾文学史という意味でもその意義は大きい。
張文菁『通俗小説からみる文学史 一九五〇年代台湾の反共と恋愛』法政大学出版局、2022年
戦後台湾の五〇年代は、ニューカマーとして中国大陸からやってきた外省人の書き手による創作が中心で、冷戦構造を反映した「反共」と帰れない故郷(中国大陸)を描く「郷愁」をキーワードに、プロパガンダ的な文学の時代として認識されてきた。本書は、当時の文化政策や読者市場の実態、通俗出版の状況について、一次資料の驚異的な収集を進めたうえで丹念に分析し、プロパガンダの陰で通俗的なラブロマンスの創作が進んでいたこと、そしてそれが六〇年代以降の通俗小説の隆盛を準備したことを実証している。既存の台湾文学史研究に見直しを迫る力作である。
鈴木賢『台湾同性婚法の誕生 アジアLGBTQ+燈台への歴程』日本評論社、2022年
二〇一九年、台湾ではアジアで初めて同性婚が法制化された。多元文化社会を標榜する台湾の象徴的な出来事として記憶に新しいが、法制化までの道のりは容易ではなかった。台湾におけるジェンダー平等教育法の整備をはじめリベラルな制度改革の陰にはじつに多くの悲劇と、それを乗り越えようとする努力の積み重ねがあったのである。本書では同性婚法制化に至るその苦難のプロセスが、この分野の第一人者である著者によって克明に論じられている。その射程は日本の遅れた状況をも映し出しており、そのメッセージは貴重で重い。
白先勇著、陳正醍訳『孽子』国書刊行会、2006年
「同志」という語にセクシュアル・ マイノリティという新義が付与され中国語圏で流通し始めたのは、一九九〇年代以降のことである。その流れの中で「同志文学」というジャンルも誕生した。白先勇によるこの長編小説はそれよりも前、戒厳令下の一九八三年に刊行されたものだが、現在では「同志文学」ひいては台湾文学のカノンと認識されている。同性を恋慕する少年が退学処分となり家も追われ、台北「新公園」のゲイ・コミュニティに支えられ成長していく物語は、一方では性的少数者の周縁化を描きながら、七〇年代に国際社会の孤児になっていく台湾の政治的メタファーともなっている。同じ作家の短篇集『台北人』(山口守訳、国書刊行会、2008年)も併せてお勧めしたい。
徐嘉澤著、三須祐介訳『次の夜明けに』書肆侃侃房、2020年
日本時代から民主化時代の現在に至る親子三代の家族史を描きながら、庶民の立場からの台湾現代史をたどることができる小説であり、『台湾の少年』と併せて読むとまた味わい深い。社会と対話する台湾現代文学のひとつの典型とも言え、実際の社会運動や事件をモチーフにしている。なかでもジェンダー平等教育法推進の契機となった「薔薇の少年」事件を扱った章は印象深い。主人公がゲイであることから「同志文学」として読むことも可能だし、東南アジアの外国籍労働者の過酷な現実も描かれていることから、広い意味でのマイノリティ文学とも言えるだろう。
李玟萱著、台湾芒草心慈善協会企画、橋本恭子訳『私がホームレスだったころ 台湾のソーシャルワーカーが支える未来への一歩』白水社、2021年
マイノリティといえば、この本も衝撃的である。台湾の路上生活者つまりホームレスを、その人生から見つめるノンフィクションである。彼らの内面に迫り、彼らの視点に立って描けたのは、彼らに寄り添い支えるソーシャルワーカーの存在が大きい。二〇一六年に台湾で出版されると大きな話題となり、多くの賞を受賞した。台湾における周縁的な存在、弱者に対する援助のしくみの構築は一朝一夕にはなし得ぬものであり、たゆまない努力の無数の積み重ねによるものだとわかる。同性婚と同じく、これは日本の問題としても大いに参照すべき内容を含んでいる。

書誌情報
三須祐介「台湾の読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, TW.5.04(2023年7月25日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/taiwan/reading/