8つの学域

東アジア研究学域

東アジア研究学域

EAST ASIAN STUDIES PROGRAM

東アジアの過去・現在を学び、
東アジアの未来を創る

今や日々の生活の中で中国・台湾あるいは韓国から来た人々と出会わない日はありません。このような状況は、日本社会が既に東アジアと不可分の社会となっていることを示しています。これは、最近に始まったことではなく、日本は古代から常に東アジアの中の一国として自国の文化を発展させてきました。そのような日本に住む私たちは、日本のことだけでなく東アジアのことも同じように深く学ぶ必要があるのではないでしょうか。
東アジア研究学域では、中国・朝鮮半島を中心とする東アジアの諸言語、古代から現代までの歴史・文学・思想・文化などを幅広く学ぶことを通して東アジアの今を見つめ、東アジアのより良い未来を創造する人材を育成することを目指しています。

COLUMN

教育・研究の“リアル”を発信、教員コラム

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唐宋時代のポップス「詞」から当時の人の思いを知る

私が研究しているのは、中国の唐宋時代に盛んに作られ、歌われた「詞」です。皆さんは小学校のときから、「詩」を国語の授業で読んだり書いてきたと思います。基本的に「詩」は朗読するものであるのに対し、作詞作曲というように「詞」は音楽に乗せて「歌う」ものです。西暦618年〜907年まで続いた唐の時代、シルクロードを通じた交易が盛んとなり、唐の都には青い目をした西洋の人々がたくさんいました。やがて彼らが持ち込んできた音楽に合わせて中国の詩人たちの「詩」が歌われるようになり、歌謡として大流行したのです。

当時歌われた詞は、いまで言うところの「ポップス」でした。堅苦しい内容は少なく、ラブソングもあればセンチメンタルな気持ちを歌ったものもあり、酒場での宴会を盛り上げました。宋の時代になると知識人が作った詞を専門の歌手が歌うようになり、お金持ちたちは歌妓を家において客人をもてなしました。メロディに乗せて歌いやすくするため、詞はそれまでの「五言絶句」などの伝統的な中国の詩型から離れて独自に発展し、さまざまな工夫がこらされていきました。詞に歌われた内容を読んでいると、当時の人々の暮らしぶりや考えていたことが目に浮かんできます。国も時代もまったく違う現代の私たちでも、彼らの思いに共感することができ、そこにこの研究の面白みを感じています。

萩原 正樹

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