地域編

ヨーロッパを知る

1. ヨーロッパとは何か

「もしヨーロッパに固定した境界を与える者がいるとすれば、それは、時間を考慮に入れない劣悪な地理学だけであろう。実際、ヨーロッパの境界線は、おおいに移動してきたではないか。他方、ヨーロッパの宗教・法制・経済・倫理・文化のいずれの分野に関しても、唯一不変の内容をそれに付与するものがいるとすれば、それは、みずからの原則を忘れた歴史学だけであろう。なぜなら、多様な異なる要素、ときには相容れないような要素がつねにヨーロッパには入ってきたのであり、それらの要素のひとつひとつがもつ重み、発現形態、影響力は、時間とともに変容し、空間とともに変化するからである」

この文章は、クシシトフ・ポミアン著『ヨーロッパとは何か』の冒頭に書かれたものであり、「ヨーロッパ」の多様性と可変性が、非常に明瞭な形で言い現わされている。実際、地域としての「ヨーロッパ」が、いったいどこからどこまでを指すのか、またどんな基準によって区切られるのかについては、議論の分かれるところである。「大西洋からウラル山脈まで、ノルウェー北端のノール岬からエーゲ海のクレタ島まで」(F.ドルーシュ総合編集、『ヨーロッパの歴史』)が、いわゆる一般的な見解だとしても、例えばウラル山脈より東のロシアの領土がどう位置付けられるのか、複雑にからまりあう東欧から旧ソ連邦の国々はどこで区切られるのか、また何によって区切られるのか等、議論はつきない。例えばイギリスでは、大陸部をヨーロッパと呼び、自国と「ヨーロッパ」との間に距離を持たせる傾向がある。フランスでは一般的にドイツを「中欧」、それ以東を「東欧」と呼ぶ。ところがドイツではフランスが「東欧」と呼ぶ地域までを「中欧」と呼び、ロシアを「東欧」と見なすという。「ヨーロッパ」という呼称は、地理的にも、政治的、経済的、そして文化的にも、かなりの幅と揺れを持つのである。そこには大きな共通性(例えば古代ギリシャ、ローマ文明、キリスト教、ゲルマン民族の慣習など)と同時に、文化、民族、言語、宗派(カトリック、プロテスタント、正教)等の無数の多様性が存在してきた。

そして20世紀半ば以降、途上国(その多くは西ヨーロッパ諸国の旧植民地)からの移民の増加が、ヨーロッパに新たな「多様性」を生み出している。第二次世界大戦後に「外国人労働者」として(西)ヨーロッパに渡った人々の定住化や難民の受け入れ等により、 現在、EU加盟国内のムスリムの数は 1500~ 2000万人にも達する。ヨーロッパはもはや「白人」「キリスト教徒」だけの場所ではなくなっているのである。これらの人々の社会統合をめぐっては、各国とも問題を抱えており、フランスの「スカーフ問題」に代表されるような文化・宗教問題、さらには9.11後の国際的なイスラーム原理主義の台頭と連動する形での「ホームグロウン・テロリズム」の発生、そして移民排斥を掲げる極右政党の勢力拡大など、21世紀のヨーロッパは新たな「多様性」と「統合」をめぐって、大きく揺れている。

2. ヨーロッパ統合とは何か

かつて西ヨーロッパの国々は広大な植民地を所有し、世界に君臨した。それはヨーロッパによる非ヨーロッパ諸地域の政治的、経済的支配のみならず、文化、知の世界の支配をも意味していた。しかし第二次世界大戦後、かつての植民地の大半は独立し、また冷戦のなかで東西に分断され、国際社会の中でのヨーロッパの地位は大きく後退した。

その状況に対応するため、ヨーロッパは「統合」を進めた。この動きは、まず経済、そして政治、さらには文化の側面において、これまでの国民国家の原理を超え、変容させる試みとして注目されてきた。1951年、独仏間の融和を目指し、「ヨーロッパ石炭・鉄鋼共同体(ECSC)」として始まった経済共同体建設の動きは、1990年代、冷戦の終結とほぼ同時に新たな段階へと突入した。1992年に調印され、翌年発効したマーストリヒト条約は、経済・通貨同盟という経済統合と並んで、共通の外交・安全・保障政策、内務・司法協力を目標として掲げた。つまり加盟国が、それぞれの主権の一部を ヨーロッパ連合(EU)へと委譲することが確認されたのである。こうして誕生したEUは、さらなる拡大、そして統合の深化に向けて動き出した。シェンゲン協定を結んだ国家間では国境を越える際の検問が原則として廃止され、さらに 2002年よりEU内の12カ国で、共通通貨ユーロの使用が開始された(現在使用しているEU加盟国は20ヵ国)。また冷戦終結後の1990年代後半からは、中東欧の旧社会主義諸国も次々とEUに参加し、2007年にはEU加盟国は28ヵ国を数えることとなった。

しかしこのような統合の拡大、深化は、悲願であったユーロ導入以降、逆に軋み始める。域内諸国の経済格差と「人の移動の自由」が生み出す中東欧から西欧への労働力の移動、逆に産業の西欧から中東欧への移転(西欧の産業の空洞化)などが急激に進むなか、統合のさらなる深化を進めようとしたヨーロッパ憲法条約は、フランス、オランダの国民投票で否決された(2005年)。さらに2008年のリーマン・ショックに端を発するユーロ危機、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル等の財政危機が、その軋みに拍車をかける。2014年以降はシリア難民受け入れに対する足並みの乱れが顕著となり、また2015年秋にフランスで起こった同時多発テロは、「人の移動の自由」に対する危機感を高めた。そしてついに2020年、イギリスがEUから離脱した(Brexit)。他の加盟国でも大衆の反EU意識が高まる傾向が見られ、移民排斥や脱EUを掲げる政党が支持を伸ばしている。その原因としては、エリート支配に対する反発、反グローバリゼーション、外国人労働者や難民の増加への不安などが指摘されており、第二次世界大戦後、紆余曲折しながらも進んできたヨーロッパ統合は、加盟国の「国家回帰」「自国第一」現象により、大きな転換点を迎えるかに見えた。さらにイギリスのEU離脱と時期を同じくして始まった新型コロナ新型コロナウイルスの流行に対して、EU諸国は調整する余裕もなく、各々の「国家」単位で国境を閉鎖した。これはある意味象徴的と言えるが、EU内での生活必需品の物流がストップしたことにより、人々の生活に大きな支障をきたした。また、この危機に際して、EUとして何らかの統一した政策を取らなければならない、という声が高まり、2020年夏には、復興基金を柱とした「次世代EU」が(議論は難航したものの)合意に達した。これはEUの「財政の統合」という新たな一歩であると評価されている(ただその一方で、この基金がうまく機能するかどうかを危ぶむ声もある)。

このようにコロナ危機に揺さぶられたEUに、2022年初頭、さらなる激震が走った。ロシアによるウクライナへの武力侵攻である。ウクライナ(およびアルバニア、北マケドニア)のEU(およびNATO)への接近がその背景にあったと見られている。近年、ヨーロッパ統合の過程に、冷戦下のアメリカの思惑が大きく影響していたことが明らかになっており、改めてヨーロッパにとっての「平和の拡大」が、その「外側」にとっては異なる意味を持っていたことを世界に知らしめたと言えるだろう。

3. ヨーロッパの学び方

ヨーロッパに関するアプローチの方法は、それこそ星の数ほどあるだろう。政治的な側面からのアプローチ、経済、社会問題、歴史、文化、地域、言語、移民問題、ジェンダー等々…。それに応じて政治学、経済学、社会学、歴史学、言語学等の基礎的な知識が必要とされる。しかも上に挙げた問題は、往々にしてさまざまな要因が複雑に絡まって生じている。したがって、国際関係学の立場からヨーロッパについて学ぶには、一つの学問領域の知識だけでなく、複数の領域の基礎知識を身に着けることが必要である。またどのような問題を扱うにせよ、重要なのは、EUという大局的な視点を持つこと、そしてヨーロッパが近代以降世界に対して果たしてきた役割や及ぼしてきた影響を念頭に置くこと、この二点である。特に「果たしてきた役割」については現在、その負の側面について、ポストコロニアル研究と呼ばれる領域において様々な形で研究が進んでいる。西洋の植民地主義、帝国主義の継続性について、オリエンタリズム、文化帝国主義といったキーワードを参考に調べてみよう。

最後に、ヨーロッパについてよりよく知るために、ヨーロッパ各国、各地域発のニュースをチェックしてほしい。同じニュースでも、国ごとの違いや媒体ごとの違い、アメリカ経由のものとは異なる視点から論じられている点などに気づくだろう。また映画や音楽、芸術を通して、ヨーロッパを知ることもできる(特に「移民映画」と呼ばれるジャンルは、現在のヨーロッパの多様性を生き生きと、そして切実に伝えてくる)。ヨーロッパを「モデル」、「お手本」とみなす時代は過ぎ去ったが、かつて「国民国家」という「スタンダード」を生み出したこの地域の現状と未来に、大いに関心を寄せてほしい。

4. 参考文献

  1. 1)K.ポミアン『ヨーロッパとは何か:統合と分裂の1500年』平凡社、1993年
  2. 2)J.フォンターナ『鏡のなかのヨーロッパ:歪められた過去』平凡社、2000年
    • 1)、2)とも、過去1500年ないし2000年遡って、ヨーロッパとは何か、ヨーロッパがどのようにしてそのアイデンティティを構築してきたのかを問うている。
  3. 3)トニー・ジャット『ヨーロッパ戦後史(上・下)』みすず書房、2008年
    • 第二次世界大戦後から21世紀初頭までを網羅した、戦後ヨーロッパの通史。
  4. 4)遠藤乾編『ヨーロッパ統合史(増補版)』名古屋大学出版会、2014年
  5. 5)『欧州複合危機:苦悶するEU,揺れる世界』中公新書、2016年
    • 1冊目はヨーロッパ統合の通史。統合の流れを概観することができる。2冊目はユーロ危機、移民・難民問題、テロ、イギリスの脱退等、EUが直面する難問の原因と、それへの取り組みが説明されている。
  6. 6)ロベルト・ポワイエ『ユーロ危機:欧州統合の歴史と政策』藤原書店、2013年
    • ユーロ危機の原因と、ヨーロッパが被った影響について、分析と検証が行われている。
  7. 7)宮島喬『現代ヨーロッパと移民問題の原点:1970、80年代、開かれたシティズンシップの生成と試練』明石書店、2016年
  8. 8)宮島喬『フランスを問う:国民、市民、移民』人文書院、2017年
    • 同じ著者によるヨーロッパ扱った2冊。フランスを中心に、ヨーロッパにおける移民問題の現状を分析している。
  9. 9)宮島喬、佐藤成基編『包摂・共生の政治か、排除の政治か』明石書店、2019年
    • 現在のヨーロッパにおける「排除の政治」の興隆と、それに対抗する「包摂、共生の政治」のせめぎあいの現状を実証する。
    森千香子『排除と抵抗の郊外』東京大学出版会、2016年
    • フランスの「郊外」(移民系の人々の集住地区)を中心に、フランスの主流社会とマイノリティの亀裂を描き出し、「ホームグロウン」テロの背景を探る。
  10. 10)内藤正典編『もうひとつのヨーロッパ』古今書院、1996年
  11. 11)内藤正典編『神の法vs人の法:スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層』日本評論社、2007年
  12. 12)内藤正典『イスラームからヨーロッパをみる』岩波新書、2020年
    • 以上の3冊を通して読むことにより、ヨーロッパの移民問題、そしてイスラーム問題がどのように変化してきたのかを見ることができる。
  13. 13)高橋進他『「再国民化」に揺らぐヨーロッパ』法律文化社、2016年
    • ヨーロッパ諸国における反EU,反移民感情の高まりとナショナリズムの興隆を、「再国民化」というキーワードの元に分析している。
  14. 14)庄司宏『ブレグジット・パラドクス:欧州統合のゆくえ』岩波書店、2019年
    • イギリスのEU離脱について、その背景や離脱交渉の変遷を法、政策の側面から整理、解説している。
  15. 15)工藤庸子『ヨーロッパ文明批判序説 増補新装版:植民地・共和国・オリエンタリズム』東京大学出版会、2017年
    • 近代の様々な言説を通して、ヨーロッパ「文明」観、ヨーロッパのアイデンティティの形成と植民地との関係を問う。
  16. 16)ペーター・ガイス監修『ドイツ・フランス共通歴史教科書[現代史]1945年以後のヨーロッパと世界』明石書店、2008年
  17. 17)ペーター・ガイス監修『ドイツ・フランス共通歴史教科書[近現代史]までのウィーン会議から1945年までのヨーロッパと世界』明石書店、2016年
    • ドイツ・フランス両国で出版され、使用されている、完全に同じ内容の近現代史および現代史教科書。
  18. 18)EUホームページ http://europa.eu/
  19. 19)欧州連合理事会 https://www.consilium.europa.eu/en/
  20. 20)欧州委員会 http://ec.europa.eu/
  21. 21)欧州議会 http://www.europarl.europa.eu/portal/en
  22. 22)駐日欧州委員会代表部 https://eeas.europa.eu/delegations/japan_ja
  23. 23)日本EU学会 http://www.eusa-japan.org/
  24. 24)EUインスティテュート関西 http://www.office.kobe-u.ac.jp/intl-prg/euij-kansai/
執筆者:中本 真生子
執筆日(更新日):2023年2月23日