専門編

戦争と平和の学び方

1. 戦争と平和についての学問とは

「外交史(国際政治史)」「国際法」「国際政治学」「国際機構論」「平和学」「安全保障論」等の学問領域において、戦争と平和の問題が長年研究されてきた。産業革命の開始とともに、①輸送手段の発達、それによる軍隊の機動性の向上、戦域の拡大、②兵器の殺傷能力の飛躍的拡大、③徴兵、徴用に代表される戦争の総動員化等のため、戦争による被害は著しく増大してきた。そして人類はついに二つの世界戦争を経験することとなった。それ以来、いかにして戦争を防ぎ、平和を構築するのかということが最大、最重要の課題となってきた。破壊規模や被害の大きさから従来主に研究されてきたのは、国家間の戦争であった。国益を守りながらも外交努力によっていかに戦争を回避するかという観点から、戦争の歴史を研究してきたのが「外交史(国際政治史)」であり、国家の行動を法的に律することによって戦争を防ごうとしてきたのが「国際法」である。「国際政治学」は、政府が戦争を開始する際の政策決定過程や、戦争が起こりにくく安定的な国際システムとはどのようなものかということについて究明しようとしてきた。

しかし、もとより戦争は領土、民族、経済的利害等の地域固有の原因を背景に発生するものであり、その意味で一般化は容易ではなく、「地域研究」の重要性は否定できない。冷戦後地域紛争が頻発していることからもこのことはますます事実となってきている。

さらに単に戦争を回避することに努力を集中するのではなく、主体(国家)間に信頼関係を築き積極的に戦争を予防するための具体的ステップを提示しようとするのが「予防外交論」であり「信頼醸成措置」である。「人間の安全保障論」は国家の防衛のみに着目してきた従来の研究を批判し、いかにして個人を守るかという観点から戦争と暴力の問題を考え直そうとしている。その意味では、南北間の富の偏在が政治的支配従属の関係を造り、その中で戦争暴力を含む様々な手段を通じ途上国の人々は虐げられて来ているという構造的暴力の存在を訴える「平和学」と通じるものがある。

戦争の歴史の一大転換点を形作ったのが核兵器登場の事実である。以来全面的な核戦争は人類絶滅の可能性を現実のものとし、核兵器をいかに管理するかということが人類全体の課題(グローバル・ガバナンス)となった。とりわけ冷戦後は核保有国の増大が懸念されており安定的なグローバル不拡散体制の構築が叫ばれている。同様に頻発する地域紛争をグローバルな観点から防止する方途の構築が必要となってきている。その点から国連・主要国によるリーダーシップ・地域安全保障機構等による地域紛争の予防・調停・終結・再発防止等の努力が実際にもそして学問上でも課題となっている。同様に武器売買の国際管理にも注目が集まっているが、兵器の種類・生産国・生産企業の多さ、関係各国の利害を考えると作業が急激に進む可能性は低い。グローバルな武器売買ルート、同様にグローバルな富の偏在そして脆弱なグローバル交通・情報通信ネットワーク等を考えると、アメリカを中心とする既存の世界秩序に対して不満を持つ(国家とは限らない)勢力によるテロリズム等の非正規戦が今後一層重要な課題となっていく可能性が高い。なにが抑圧的な支配に対する正当な挑戦で、なにが犯罪的なテロリズムなのか、定義が容易でない以上、テロリズムに対するグローバル・ガバナンスを確立することはきわめて困難といえよう。政治学の古典的課題である「正義とは何か」ということが再び問われている。

2. 学習・研究の方法

自然科学と較べ、一般に社会科学における議論は特定の人命、利害、価値等に直接関わりを持つことが多いため、著者や資料作成者(組織)の立場について注意しながら資料を読むことが要求される。たとえば回顧録などはしばしば政治家の自己弁護となりがちである。また研究者による資料・研究であっても、偏ったイデオロギー傾向を反映していることが少なくない。したがって(同じ問題に関する)立場の違う複数の研究書を読み比べることが望ましいし、事後に書かれたものとその当時に書かれたものとを対比しながら研究を進めることも重要となる。

戦争や暴力の発生を防ぐことがこうした学問領域の目的である以上、紛争の原因を特定しそれを除去するための具体的処方箋を示すことが重要な学問的使命となる。以下では紛争の原因やその解決方法について考えるときに注意する必要があるポイントを数点指摘したい。①紛争は軍事的原因のみならずより広い政治経済的背景を持つことが一般的なため、狭い(オタク的な)軍事技術論に終始することは避けなければならない。逆に、軍事的なものを本質的に邪悪なものと決めつけタブー視し議論しようとしない態度も現実的とはいえない。②紛争はいずれも固有の歴史的文脈の中で発生するため、紛争の歴史的経緯について理解しておくことが肝要といえる。③紛争に関して一般的にもたれているステレオタイプ(既成概念、根拠に乏しい思いこみ)に囚われることも避けなければならない。例えば、傀儡政権論や代理戦争論に見られるような、常に大国が小国を支配、搾取、利用しているという単純な構図である。実際には小国が大国を紛争に引きずり込むという事例も存在する。他の例としては、邪悪で野心的な指導者(権力)が国民の意見に耳を傾けず戦争を起こし民衆を犠牲にするという説明である。今日のようにメディアが発達し民衆も紛争について一定の知識を持つことが可能な時代においては、指導者より民衆の側が好戦的になるという事例も実はたびたび見られるのである。したがって何よりも事実についてよく調査し実証的な議論をすることが重要といえよう。

3. 入門的資料など

ここでは入門的なものとして戦争に関する歴史研究を数冊提示することに止める。国際政治史研究以外に国際法に関するスタンダードな教科書やそれぞれの地域に関する入門書等を読むことを強く勧めるが、具体的にはIRナビ中の地域研究と国際法のセクションを参考にしてほしい。それ以外に、紛争に関する各種のビデオを見たり、各地の戦争(平和)博物館や戦跡を訪問したりし、紛争について視覚的にも理解することが重要である。

  1. 1)ジェームス・ジョル『第一次世界大戦の起源』みすず書房、1997年
    • 改訂を重ねてきた第一次世界大戦の原因に関する名著。
  2. 2)ウィリアム・マクニール『大国の陰謀』図書出版社、1982年
    • 著者の意図とは全く関係ない大国の陰謀という邦題は感心しないが、第二次世界大戦に関する古典的な研究。
  3. 3)入江昭『太平洋戦争の起源』東京大学出版会、1991年
    • 日米両方の立場に精通した権威による研究。
  4. 4)ルイス・ハレー『歴史としての冷戦』サイマル出版、1970年
    • 絶版となっているが、図書館等で利用しやすい、冷戦に関する古典。
  5. 5)神谷不二『朝鮮戦争』中公文庫、1990年
    • 現在から見てもバランスの取れたコンパクトな朝鮮戦争論。
  6. 6)松岡完『ベトナム戦争』中央公論新社、2001年
    • コンパクトなベトナム戦争に関する通史。
  7. 7)ボブ・ウッドワード『ブッシュの戦争』日本経済新聞社、2003年
    • ジャーナリストによるイラク戦争開始までの過程の詳細な記述。
  8. 8)エリック・アリエズ/マウリツィオ・ラッツァラート『戦争と資本━━統合された世界資本主義とグローバルな内戦』作品社、2019年
    • グローバル資本主義が世界の諸戦争を引き起こすメカニズムを歴史的構造的に解明する鮮烈な書。

4. 発展的資料など

以上の入門書は戦争に関する歴史研究で、これらを読むだけでは冒頭に揚げた様々な現在の紛争についての充分な知識や理解を得ることができない。歴史ではなく、他の学問分野や領域別の教科書、研究書としては以下のものを薦める。

  1. 1)ポール・ケネディ『大国の興亡』上下 草思社、1988年
  2. 2)入江昭『二十世紀の戦争と平和』東京大学出版会、1986年
  3. 3)関寛治/ルイス・W・グッドマン他編『地球化時代の日米関係』日本評論社、1992年
  4. 4)前田哲夫編『岩波小辞典 現代の戦争』岩波書店、2002年
  5. 5)最上敏樹『人道的介入』岩波書店、2001年
  6. 6)吉川元編『予防外交』三嶺書房、2000年
  7. 7)ゴードン・クレイグ、アレクサンダー・ジョージ『軍事力と現代外交』有斐閣、1997年
  8. 8)多賀秀敏『平和学入門1・2』勁草書房、2020年
  9. 9)ヨハン・ガルトゥング著/藤田明史編訳『ガルトゥング平和学の基礎』法律文化社、2019年
  10. 10)オリバー・リッチモンド著/佐々木寛訳『平和理論入門』法律文化社、2023年
  11. 11)日本平和学会編『平和学事典』丸善出版、2023年
  12. 12)Nigel J. Young (ed.), The Oxford International Encyclopedia of Peace 4 Volumes, Oxford University Press, 2010
  13. 13)David P. Barash and Charles P. Webel, Peace and Conflict Studies Fifth Edition, SAGE, 2021

邦文によるもので最近の研究動向についてさらに知ろうとする場合は日本国際政治学会による学会誌である『国際政治』や日本平和学会による『平和研究』にあたると良い。また、上記二誌に較べるとより一般的な性格を持つといえるが、日本国際問題研究所が刊行している月刊誌『国際問題』は最近の紛争について知るのに便利である。

上記以外にも、地域研究的性格の強い学会が出している学会誌等も参考になろう。こうした学術誌で紹介されている、例えば書評欄や先行研究紹介等を利用して自分のテーマにふさわしい研究書や論文を探すと良い。卒業論文作成段階では以上のものに加え、英文等の外国語文献についても一定程度の調査が必要といえる。

戦争と平和について研究している研究者が集まっている学会として、上述の日本国際政治学会、日本平和学会に加えて、国際安全保障学会、日本国際連合学会、国際法学会、世界法学会、日本軍縮学会、人間の安全保障学会等の学会がある。これらの学会の研究動向に留意するのは有意義である。

執筆者:中逵 啓示(君島 東彦 加筆修正)
執筆日:2011年2月(中逵)
更新日:2024年2月29日(君島)