国際政治学の学び方
1. 国際政治学とは
国際政治学とは、一体いかなる学問なのでしょうか。「国際」とは、もともとは国と国とが出会うところを意味します。英語のInternationalという語も、同様に国(nation)と国(nation)の間(inter)のという意味です。そして、「政治」とは、秩序の形成・維持に関わる営みのことを指すことが一般的です。つまり、国際政治学は、国と国が出会う場所における、秩序の形成・維持に関わる営みを考察する学問、ということになります。一般的な政治は、複数の人間が集まった集団内での秩序の形成・維持に関わる営みを指します。それに対して、国際政治学は、複数の人々が集まって形成された国家と国家とが出会う場所の、秩序の形成・維持に関わる営みを考察しようとするものです。
社会契約説は、人々が契約によって国家を作ることで秩序を形成・維持することを試みるという考え方です。実際、世界中に国家が存在し、その領域内の秩序の形成・維持にあたって中心的役割を果たしています。国と国が出会う場所では、いかに秩序を形成・維持すればよいのでしょうか。この難題に取り組むのが国際政治学です。当初は、世界政府が存在しない中で、いかに国家間の戦争を防ぐのか、という点が国際政治学の中心的な課題でした。しかし、国家間の戦争を防ぐことは容易なことではありません。未曽有の被害をもたらした第一次世界大戦が勃発するに及び、国際政治学が学問として本格的に発展し始めました。しかし、依然として戦争はなくなっていません。
また、国と国が出会う場所において秩序を形成・維持するためには、国家間の戦争を防ぐだけでは十分ではありません。2001年のアメリカ同時多発テロで明瞭に認識されるようになったように、国際的なテロリスト集団が世界の平和と安全を揺るがすこともあります。環境に配慮しない企業の生産活動が、世界中の人々の命を脅かすこともあります。あるいは人口増加が、世界的な食糧不足を引き起こす恐れもあります。グローバル化が進展・深化する中で、国と国が出会う場所、つまりは国境を超えた領域において、容易に解決できない上記のような問題が次々と発生するようになりました。そうした問題が、我々の生活・安全に与える影響は大きくなり続けています。そして、これらの問題解決に当たっては、国家と国家で交渉・協力するだけでは対応できません。問題の原因となるテロ組織、企業はいずれも国家ではありません。また、非国家主体が引き起こす問題に対しては、国家よりも非国家主体の方がうまく対応できることもあります。国家に注目するだけでは、国境を超える領域における秩序の形成・維持は考察できないのです。
2. 学習の方法
以上のような国際政治学を学ぶ上で重要になってくるのは、国家の枠組みにとらわれずに、実際にいかなる問題が発生しているのか、そしてそれに対応するためには何が必要か、を考察する姿勢です。一方で、国家の重要性が低減する一方かというとそういうわけでもありません。世界政府が存在しない中にあっては、国家は正統な集合的決定をなしうる重要な組織の一つであることに変わりはないからです。また、グローバル化が進展する中で、人々が、宗教や民族、あるいはナショナリズムにアイデンティティのよりどころを求めることも増えています。グローバル化が進展する中で、かえってナショナリズムに基づく対立が強まっているようにみえる地域があるのにはそうした背景があります。
こうした複雑な状況を理解できるようになっていくためには、二つのアプローチをあわせて学んでいくことが大切になります。その一つは、依然として重要なアクターである国家に注目し、国家間で、これまでいかに秩序を形成・維持しようと試みてきたのかを学ぶことです。より具体的には、いかに国家間で秩序を形成・維持するのかを考察する国際政治学の思想、あるいは実際にいかなる国際政治現象が起こってきたのかを学ぶ国際政治の歴史、そして、そうした現実を踏まえて考察された国際政治学の理論を学ぶことです。
もう一つは、実際の様々な国境を超える諸問題について、実際にどのようなアクターが関与し、いかなる経緯で問題が発生しているのかについて学ぶことです。実際、たとえば地球環境問題であれば、国家だけではなく、多国籍企業やNGOなどが問題の発生、あるいは解決に向けた取り組みにおいて重要な役割を果たしています。そうしたグローバルな問題群を複数学んでいくことで、国境を超えた領域における秩序の形成・維持に共通する特徴や課題が浮かび上がってくるようになります。こうした二つのアプローチを組み合わせて学んでいくことで、国家の重要性を認識しつつも、国家のみにとらわれることなく、複雑な国際政治現象を読み解き、その解決のために何ができるのかを考察する力が身についてくるでしょう。
国際政治学は、国と国が出会う場所、すなわち国境を超える領域において、いかに秩序形成・維持を行うかと考察しようとするものです。グローバル化が深化する中で、国家以外の様々なアクターの重要性が増し、秩序・形成維持に関する方法も大きく変容してきました。そうした中にあって、国際政治学もまた進化を続けているのです。
3. 入門資料
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1)中西寛・石田淳・田所昌幸(2013)『国際政治学』有斐閣
- 国際政治学をしっかりと学びたい学生向けに書かれた教科書。
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2)村田晃嗣他(2009)『国際政治学をつかむ』有斐閣
- 国際政治学の近年の展開も踏まえつつ、歴史、理論の両面から簡潔かつ平易にまとめたテキスト。
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3)山田高敬・大矢根聡編(2006)『グローバル社会の国際関係論』有斐閣
- グローバル化が進む国際社会の現実を理論に基づいて分析・解説するコンパクトなテキスト。
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4)ジョゼフ・ナイ(2017)『国際紛争―理論と歴史』有斐閣
- 国際政治学を理論と歴史の相互作用という観点から概観するアメリカの代表的教科書。
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5)中西寛(2003)『国際政治とは何か―地球社会における人間と秩序』中公新書
- 21世紀国際政治がどうあるべきかを論じるもの。新書だが読み応えがある。
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6)細谷雄一(2012)『国際秩序―18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』中公新書
- 18世紀から現代にいたる国際政治の歴史と、秩序形成・維持の営みを学ぶことができる。
4. 推薦図書
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1)ケネス・ウォルツ(2010)『国際政治の理論』勁草書房
- 1980年代の国際政治学を席巻したネオリアリズムを打ち立てた本の邦訳。いまだにその価値は失われておらず、今なお読む価値がある。
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2)トーマス・シェリング(2008)『紛争の戦略―ゲーム理論のエッセンス』勁草書房
- ゲーム理論を用いて、核抑止、限定戦争、奇襲攻撃といった国際政治現象を分析する本。原書は1960年に出版されたものだが、こうした観点からの研究が再び注目を浴びている今一読の価値あり。
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3)スティーヴン・クラズナー編(2020)『国際政治レジーム』勁草書房
- 世界政府なき国際関係において、いかに秩序を形成・維持するのかについて、国際レジームという概念を用いて考察するネオリベラリズムの代表作。原著は1983年だが、今もレジーム論は廃れていない。
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4)チャールズ・ベイツ(1989)『国際秩序と正義』岩波書店
- 国際秩序がどうあるべきか考える上では、ぜひ読んでおきたい。
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5)ハンス・モーゲンソー(2013)『国際政治―権力と平和』岩波文庫
- 古典だが、国際政治の本質への考察を深めるためには読んでおきたい。
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6)ポール・ケネディ(1993)『大国の興亡』草思社
- 16世紀から20世紀にかけての国際政治、特に大国の興亡とその背景について歴史的に概観できる。
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7)エドワード・H・カー(1996)『危機の二十年』岩波書店
- 国際政治学の土台となる一冊。戦間期と状況が似ているともいわれる現在、ぜひ読んでおきたい。
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8)エマニュエル・カント(1985)『永遠平和のために』岩波文庫
- 戦争をいかになくすことができるかを考察するうえでは読んでおきたい。
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9)高坂正尭(1966)『国際政治―恐怖と希望』中公新書
- 新書だが、今読んでも色あせない、国際政治の本質に迫る書。
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10)高坂正尭(1978)『古典外交の成熟と崩壊』中央公論社
- 19世紀ヨーロッパにおいて安定をもたらした歴史から国際政治の本質に迫ろうとする書。
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11)吉川直人編(2015)『国際関係理論第二版』勁草書房
- 大学院進学を考える人は一通り読んでおくと、国際関係の主要な理論が概観でき便利。
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12)山本吉宣(2008)『国際レジームとガヴァナンス』有斐閣
- リベラリズムの系譜の議論、特に国際レジーム論からガバナンス論へと展開する過程を学ぶのに最適。
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13)大矢根聡編(2013)『コンストラクティヴィズムの国際関係論』有斐閣
- 冷戦終焉以後台頭したコンストラクティヴィズムと、それを用いた様々な分野の事例分析を学べる。
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14)足立研幾(2015)『国際政治と規範』有信堂
- 近年、盛んに議論されるようになった国際政治における規範について学びたいなら読んでおきたい。
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15)イアン・クラーク、アイヴァー・B・ノイマン編(2003)『国際関係思想史―論争の座標軸』新評論
- 政治思想史を、国際政治の観点から学ぶことができる書。
執筆日:2024年1月31日