国際経済学の学び方
1. グローバル化する国際経済の現状
現在、国家を一括りとする国民経済を基本とするこれまでの枠組みは、国境を越えたモノ、カネ、ヒト、情報などの基礎的な生産要素や財が頻繁に移動して内外の境目のない経済のボーダーレス化が急速に進行した結果、大きな変貌を遂げている。国際経済のグローバル化はこうした新しい事態を指していうが、これらの様相を分析対象とし、その構造とダイナミックな運動を理論的、実態的に明らかにし、あるべき指針を提示しようとするのが、国際貿易論、国際投資論、国際金融論などを取り扱う「国際経済学」の課題である。もちろん、グローバル経済の浸透は国民国家(nation state)を消滅させることにはならず、従来最大の強国として覇権国として君臨してきたアメリカを中心とし、国際機関がそれに従属する諸国家の国際体制が依然として存続してきた。また、これまで覇権国としてのアメリカの国力の相対的低下は中国・インド・ブラジルなど新興国の政治経済外交面での台頭によって明らかになりつつある。他方で1980年代以降、アメリカを中心とし日本にも影響を与えてきた市場経済を最優先にして経済活動の規制緩和や国家の経済への介入を極力排する新自由主義の考え方のもとに進められてきた世界的な流れは、グローバル化の中で進展してきた所得格差の拡大や貧困率の拡大の現実を生みだしてきた。さらに、途上国や新興国が政治経済外交面でますます台頭するなか、従来のアメリカを中心としてきたグローバル化に対して見直しを迫る動きがでてきた。さらに、2020年に世界を襲ったパンデミックCovid-19は、国際関係とグローバル化のあり方そのものに根本的な変容を迫っている。
第二次大戦後の世界は「パクスアメリカーナ」と呼ばれるアメリカを中心とする世界の政治・経済・イデオロギーの体制が存在してきたが、これを具現化したものが、国際経済に関係する国際機関としての国際通貨基金(IMF)、世銀グループ(IBRD、IDA、IFC、MIGA、ICSID)、WTOなどの国際機関の役割と位置づけに関しても十分な理解が必要になる。また、国連諸機関、たとえば、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国連開発計画(UNDP)、世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)などに関しても、十分な目配りが必要になるし、東南アジア諸国連合(ASEAN)や欧州連合(EU)や米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)や地域包括的経済連携協定(RCEP)のような自由貿易を推進する経済・貿易協定にも関心を持たなければならない。
第二次大戦後の経済のボーダーレス化の主体の一つとして、国境を越えた企業活動の展開があり、これが対外直接投資(FDI)の拡大を支えてきた。その結果、全世界の貿易・投資は急速に拡大してきた。FDIの主役である多国籍企業は複数国に拠点を持ち、海外子会社を通じた統合的な生産を行い、ブランド名を利用して世界で販売活動を展開している超巨大企業が中心になっている。そして多国間に跨る企業組織は、主にFDIを通じて結ばれているので、これが国際生産として展開される場合には企業内国際分業体制と呼んでいる。したがって、今日の多国籍企業はこの二つのルートを駆使してグローバルな企業活動を展開し、生産体制が世界に拡大し、グローバル・バリューチェーン(GVC)が構築されてきた。その結果、製品・中間財、資金、技術・ノウハウ、その他の情報などが国境を越えて、頻繁に移動することになり、各国の経済発展に大きな影響を与えてきた。
こうした国際貿易・投資の拡大に加え、1980/90年代以降各国で資本自由化が進展し、企業活動のグローバル化を助長している背後には、1990年代以降、情報・通信のボーダーレス化、インターネットに代表される「IT化」が急速に進展したことがある。このため、資本・金融自由化の流れと相まって、急速にグローバル経済が一体化しつつある。このことは経済のサービス取引の国際化の進展により旅行、運輸、保険などの伝統的なサービス業務に加えて、特許、商標、実用新案、著作権、回路配置や新品種などのあらゆる知的財産権が売買の対象になっている。さらに最近は物的財貨の生産よりも金融技術の進展により、債務を証券化(セキュリタイゼーション)や資産の金融商品化が進展している。さらに、モノのみならず現在ではカネのクロスボーダーの急速な拡大に伴い、国際貿易を上回る国際金融取引の拡大がみられ、これが、今日の最大の課題の一つとなっている。最近急速に拡大した国際決済の手段として電子的決済手段の拡大により従来の銀行間取引の変革が進み、さらにいわゆる仮想通貨(暗号通貨)の急速な拡大は国際金融の自由化とボーダーレス化が前提となっているが、こうした資金の流出入が各国の経済・市場に大きな影響を与えている。
日本では1997年に金融市場が完全に自由化され(金融ビッグバン)、欧米資本の流出入や金融資本の投資が大幅に拡大した。最近では国際的な資金の移動、とりわけ短期資金の形で頻繁に移動するようになり、それはヘッジファンドと呼ばれる国際的な金融業の活動を活発化し、新興国に資金が流出入することによって大きな影響を受け、通貨下落や金融危機による「資本収支危機」が一般化した。その最たるものがアジア危機(1997/8)であったが、2008年にリーマン・ブラザーズの破たんをきっかけとした世界金融危機はその後、欧州では、南欧諸国(ギリシャ、ポルトガル、スペインなど)の債務の返済が困難となり、それがユーロ危機を深刻化させ2012年まで継続した。
さらに、2000年代以降、市場に大量に資金を供給する量的緩和政策がバブル現象を引き起こし、2008年の世界金融危機を引き起こす要因の一つとなった。それ以降、先進国、途上国・新興国ともに国際資本移動の監視監督や制限などを制度化する動きが一般化しており、特に2010年以降急速な国際金融自由化への見直しが進んできた。一方、多様な金融派生商品(デリバティブ)に加え、「仮想通貨(暗号通貨)」の一般化が急速に進み、実物投資を対象とせず単なる投機を目的とするマネーも登場した。これが国際的な脱税や資金洗浄(非合法に資金を国際的に運用して利益を上げること)のみならず投資家が多大な損失を被る事態も発生するなど問題が深刻化し、国際的にデジタルマネー/通貨が拡大し通貨供給が制御不可能となるリスクに備え、主要国の中央銀行ではデジタル通貨を発行する試みが始まっている。
近年、途上国間でも格差が生じ、より進んだ中所得国、新興市場諸国(新興国、エマージングエコノミー)が急速に発展してきた。最も重要な問題の一つである貧困問題等を解決するため、国連機関は2000年にミレニアム開発目標(MDGs)を設定した。その結果、2015年までに途上国の貧困は減少してきたが、ジェンダーや教育など様々な分野で課題が残されたため、2016年より2030年まで新たに先進国をも含む世界的な問題を包括する「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」が設定された。これは環境問題などを含み、途上国のみならず先進国も積極的に取組む課題を設定している。
2. 国際経済学の学び方
どの分野の学習にもいえることだが、基礎知識を少しずつ蓄積していく努力が大切である。そのためにはまずもって興味と関心を持つことである。世界の経済的出来事に関心を持つための媒体は多くある。テレビや新聞、雑誌のような一般的な媒体・手段を利用して関心を高めるだけでなく、インターネットを通じて国際機関や政府機関のホームページにアクセスして、必要な資料を入手し、読み込む努力が求められる。特に国際貿易・投資問題や国際金融(為替、国際収支、国際資本移動の各国マクロ経済への影響など)に関する情報は常にチェックしておきたい。そして、関心を持ったテーマに関しては必ずメモをとり、スクラップブックや PDFの形でその情報を保存するようにしよう。これは日常の何気ない努力の積み重ねだが、次第に効き目が出てくる。次に関心あるテーマに本格的に取り組むためには、当該テーマに関連するWebサイトなどで情報を収集し、さらに細部にわたり調べる場合は、辞書・事典・用語集を座右において利用する習慣を身につけよう。わからない事項や言葉はわかるようになるまで考えることだが、そのためには参考文献や辞典などは必携であり、これを十分にこなせるようになるまで、使い込もう。三番目は論理的・体系的に考えるための基礎文献の学習である。いきなり難しい専門書を読んでも投げ出すのが落ちだから、概説的な入門書から始めるのが王道である。この場合、きちんとノートするよりは、全体がぼんやりとでもわかるように、最後まで一気に読み通すことが肝心である。そして、特に関心を持ったところ、理解できないところ、深く理解したいところだけを選んで、再度読み直すと、理解は急速に深まる。その場合にはメモをとるようにしよう。四番目には、本格的な専門学習ないしは研究だが、それには自分で文献リストを作り、論文や資料を自分用のファイルにきちんと整理する作業が必要になる。誰のものでもない、自分だけの秘蔵の文献ファイルとそのノートを作り、それを段々と増やしていくようになると、専門学習は本格的になり、研究と呼べるものにまで高まる。その時には、ポストイットやカラーマーカーを使って、立体的でカラフルなノートやファイルが出来上がると、利用しやすいし、見栄えもする。そうなったら、積極的に他流試合を試みよう。積極的に自分の意見を述べ、相手からのコメントを聞こう。いわば、武者修行である。その相手には偉い先生方が入っていてもかまわない。そうなれば、マスターは近い。そして「目から鱗が落ちる」ような体験をして欲しい。これこそ学問、知的創造活動の醍醐味である。
3. 資料・文献ガイド
基礎から応用まで、もっともベーシックで入手可能な重要な文献だけをあげた。
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1)石田/板木/櫻井/中本編『現代世界経済をとらえる ver.5』東洋経済新報社、2010年
- これは対象の広がり、論述、入手易さ、値段などからみて、入門書として手頃であろう。
- 2)清水/大野/松原/川崎『徹底解説 国際金融 理論から実践まで』日本評論社、2016
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3)神田眞人編『図説 国際金融〈2015/16年版〉』財経詳報社
- 国際金融に関する基礎的な知識が分かりやすく図表を使って説明されている。
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4)クルーグマン『国際経済学:理論と政策(上:貿易編、下:金融編)』丸善出版
- 国際経済の理論と実証を最新のケースを含めて世界的標準テキストの日本語版。
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5)経済産業省『通商白書』各年版
- 政府が出している白書類は沢山あるが、貿易、通商に関するもっともベーシックで定評あるものはこれに尽きる。Webから無料でダウンロードできる。
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6)野口悠紀雄『世界経済入門』(2017)講談社
- 現代世界経済の仕組みと課題を分かりやすく解説しており、さらに深い研究のきっかけとなりうる。
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7)スティグリッツ『PROGRESSIVE CAPITALISM(プログレッシブ キャピタリズム): 利益はみんなのために』(2019)東洋経済新報社
- 原題は’People, Power, and Profits: Progressive Capitalism for an Age of Discontent’であるが、本書は新自由主義に基づく政策と結果を批判的に検討し、新しい世界的経済システムを提言している。
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8)ダニ・ロドリック『貿易戦争の政治経済学』(2019)白水社
- 現在進行中の米中貿易摩擦も含めて、グローバリゼーションの問題を批判的に検討する際の必読文献である。あわせて、同『グローバリゼーション・パラドクス』(2014)白水社も推薦したい。
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9)大田 英明『IMFと新国際金融体制』(2016)日本経済評論社
- IMFの基本的な機能・役割に加えプログラムの問題点・課題、今後の国際金融体制について概説している。新書版では大田 英明(2009)『国際通貨基金(IMF):使命と誤算』(中公新書、中央公論新社)も参考になる。
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10)奥田 宏司『国際通貨体制の論理と体系』(2020)法律文化社
- 国際的観点から通貨体制の様々な側面を丁寧に分析・解説している。
執筆日(更新日):2021年1月8日(2023年2月23日)